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 卒業式が終わり、教室へと戻った私は、荷物を鞄に詰めていた。
 と、机の中に紙が置かれているのに気づき、手に取る。
 それは手紙のようで、こっそりと開き中を確認すると、アーロンからだった。

『卒業式後、いつもの場所で待っています』

 彼はこんなにも綺麗な字を書くのかと驚く。
 しかし一体どういうつもりなのだろう。
 私に用事でもあるのだろうか。
 手紙を丁寧に鞄にしまうと、教室にアーロンがいないか視線を走らせる。
 しかし既に彼の姿はなく、きっと今頃あの裏庭にいるのだろうと思われた。

「早く行かなきゃ」

 心がどこか踊るのはなぜだろう。
 疑問を感じながらも、私は鞄を手に、教室を後にした。

 ……裏庭へ行くと、花壇の前にアーロンが立っていた。
 私を見た彼は緊張したように顔を強張らせると、「やあ」と震えた声を出す。

「アーロン。何か私に用事?」

 私が駆け寄ると、彼は「まあ」とお茶を濁すようなことを言う。
 首を傾げ観察するようにじっと見つめていると、恥ずかしかったのか、すぐに目を逸らす。

「じ、実は……君に言わないといけないことがあったんだ」

 そう切り出したアーロンは、再び私の目を見た。
 顔は赤面しているが、瞳には覚悟の色が浮かんでいる。

「私に言わないといけないこと?」

 記憶に意識を走らせるも、心当たりはない。
 アーロンは小さく頷くと、口を大きく開いた。

「エミリア! 君のことが好きなんだ! 僕の婚約者になって欲しい!」

「え?」

 突然の告白に、思考が完全に停止する。
 世界の時が止まったような感覚に陥り、数秒後、再び色が芽吹き始める。
 しかし今度は私の体温は急上昇していて、アーロン以外の物が次第に視界から消えていった。

「ダメかい?」

 いつも自信なさげなアーロンが、珍しくはっきりとそう言った。
 
「えっと……その……」

 胸に手を当て、自分の気持ちを確かめるも、返ってくるのは激しい鼓動だけ。
 それが答えであるような気もするが、認めるのが恥ずかしく、私は口をつぐんでいた。
 
「エミリア。君と話すようになって、君が誰よりも心優しい人だと知れた。僕にとって君以外はあり得ない。僕と婚約して欲しい」

 再び放たれたアーロンの甘い言葉に、堪らず私は下を向いた。
 そこには背の低い草があるだけで、問いの答えなど転がってはいない。

 ロイと婚約破棄をしてから、私はアーロンとここでよく話すようになった。
 私の身の上話を嫌な顔一つせずに聞いてくれる彼に対して、私は少なからず好意は持っているはずだった。
 しかし、それが果たして、婚約者になるほどのものなのか。
 深い海に落ちたように、自分の行くべき場所が途端に分からなくなる。

 私が返答に困っていると、背後で土を踏みしめる音がした。
 ビクッと体を震わして振り返ると、そこにはロイと護衛の兵士の姿があった。
 ロイが一歩前に出ると、私にイラついた声を飛ばす。

「エミリア……どうやらお前はただの尻軽だったようだな」

 彼の目は、世界の悪を詰め込んだように暗く、荒んでいた。
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