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四
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父の書斎の扉をノックする。
程なくして、父の機嫌の悪い低い声が中から聞こえてきた。
「入れ」
僕はごくりと唾を呑み込むと、扉に手をかける。
中に入ると、父は厳しい目を書類に向けていた。
ガチャリと扉を閉めると、その視線が僕へと上がる。
「ロイ。お前に話しがある」
嫌な予感が背中を走る。
特別何か咎められるようなことをした覚えはないものの、自分の想定外の所で何かが動いているようで、うす気味悪かった。
「話とはなんでしょうか?」
無理矢理苦笑を浮かべるも、父は苦笑すら浮かべない厳然とした顔つきで言葉を放つ。
「お前に苦情が殺到している。使用人やメイド、他家の貴族に至るまでな」
「……は?」
殴られたような気分だった。
一体僕が何をしたというのか。
困惑に染まった僕に、父は呆れたようなため息をはく。
「自分より身分が下の人間を馬鹿にして回っているらしいな。皆お前には直接言えないから、秘書を通して私の所まで苦情が届けられているぞ」
「そ、そんな! 誤解です!」
父が疑心に満ちた瞳を向ける。
「お父様。確かに僕は厳しい言葉を使う時もあります。しかし、それは上に立つ者としての務めだと思っております。それをいちいち苦情として捉えられたのでは、身が持ちません。僕は正しい事をしているのですから!」
「ふん、口だけ達者になりおって。お前の嘘など見破れんと思ったか?」
「え……」
急に父の顔つきが残酷さを帯びて、書斎の空気が冷え込む。
父の鋭い瞳に本心を見抜かれたように、僕はその場に固まった。
どうやら取り繕った偽りの言葉は、父には通じないらしい。
「ロイ。私はお前を自由にさせすぎたみたいだ。私が選んだ婚約者とも婚約破棄をするし、自分で選んだ婚約者には逃げられ……お前にはもう少し王子としての自覚が必要みたいだな」
「な、なぜそのことを知っているのですか?」
サラが逃げ出したのはついさっきの出来事。
自分以外の誰も知らないと思っていたのに、父はなぜかそれを知っていた。
父はふんと鼻を鳴らすと、口を開く。
「あの女が廊下を走っていくのを偶然見かけてな。事情を聞いてみたのだ。どうやら彼女にも酷い扱いを強いていたみたいだな」
「あ、いや……それは……あいつが悪いんです……ぼ、僕は悪くありません」
「……本気で言っているのか?」
ギロリと鋭い眼光が突き刺さる。
「そ、その……僕は……」
一生懸命に言い訳を考えるが、頭は真っ白で何も思い浮かばない。
僕の狼狽した様子を見て、父は大きなため息をつくと、冷淡な口調で続ける。
「もうこれ以上くだらんことはするなよ。次はないからな」
「は、はい……」
父の圧に押され、頷く以外の選択肢など取れるはずがなかった。
僕は書斎を逃げるように出ると、扉を閉めて、息をはく。
「くそ……どうして僕がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ……」
確かに僕は周囲を罵倒して生きてきた。
しかし、それは周囲の無能な人間たちが悪いからであって、その事実を僕は告げてやっているだけなのだ。
そんな単純なことでいちいち目くじらを立てられたら、本当に身がもたない。
イラついたように自室まで歩を運ぶ。
すれ違った使用人は顔を伏せ、逃げるように駆けていく。
「ちっ……」
彼女の背中を見つめ、僕は少し大きな舌打ちをした。
程なくして、父の機嫌の悪い低い声が中から聞こえてきた。
「入れ」
僕はごくりと唾を呑み込むと、扉に手をかける。
中に入ると、父は厳しい目を書類に向けていた。
ガチャリと扉を閉めると、その視線が僕へと上がる。
「ロイ。お前に話しがある」
嫌な予感が背中を走る。
特別何か咎められるようなことをした覚えはないものの、自分の想定外の所で何かが動いているようで、うす気味悪かった。
「話とはなんでしょうか?」
無理矢理苦笑を浮かべるも、父は苦笑すら浮かべない厳然とした顔つきで言葉を放つ。
「お前に苦情が殺到している。使用人やメイド、他家の貴族に至るまでな」
「……は?」
殴られたような気分だった。
一体僕が何をしたというのか。
困惑に染まった僕に、父は呆れたようなため息をはく。
「自分より身分が下の人間を馬鹿にして回っているらしいな。皆お前には直接言えないから、秘書を通して私の所まで苦情が届けられているぞ」
「そ、そんな! 誤解です!」
父が疑心に満ちた瞳を向ける。
「お父様。確かに僕は厳しい言葉を使う時もあります。しかし、それは上に立つ者としての務めだと思っております。それをいちいち苦情として捉えられたのでは、身が持ちません。僕は正しい事をしているのですから!」
「ふん、口だけ達者になりおって。お前の嘘など見破れんと思ったか?」
「え……」
急に父の顔つきが残酷さを帯びて、書斎の空気が冷え込む。
父の鋭い瞳に本心を見抜かれたように、僕はその場に固まった。
どうやら取り繕った偽りの言葉は、父には通じないらしい。
「ロイ。私はお前を自由にさせすぎたみたいだ。私が選んだ婚約者とも婚約破棄をするし、自分で選んだ婚約者には逃げられ……お前にはもう少し王子としての自覚が必要みたいだな」
「な、なぜそのことを知っているのですか?」
サラが逃げ出したのはついさっきの出来事。
自分以外の誰も知らないと思っていたのに、父はなぜかそれを知っていた。
父はふんと鼻を鳴らすと、口を開く。
「あの女が廊下を走っていくのを偶然見かけてな。事情を聞いてみたのだ。どうやら彼女にも酷い扱いを強いていたみたいだな」
「あ、いや……それは……あいつが悪いんです……ぼ、僕は悪くありません」
「……本気で言っているのか?」
ギロリと鋭い眼光が突き刺さる。
「そ、その……僕は……」
一生懸命に言い訳を考えるが、頭は真っ白で何も思い浮かばない。
僕の狼狽した様子を見て、父は大きなため息をつくと、冷淡な口調で続ける。
「もうこれ以上くだらんことはするなよ。次はないからな」
「は、はい……」
父の圧に押され、頷く以外の選択肢など取れるはずがなかった。
僕は書斎を逃げるように出ると、扉を閉めて、息をはく。
「くそ……どうして僕がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ……」
確かに僕は周囲を罵倒して生きてきた。
しかし、それは周囲の無能な人間たちが悪いからであって、その事実を僕は告げてやっているだけなのだ。
そんな単純なことでいちいち目くじらを立てられたら、本当に身がもたない。
イラついたように自室まで歩を運ぶ。
すれ違った使用人は顔を伏せ、逃げるように駆けていく。
「ちっ……」
彼女の背中を見つめ、僕は少し大きな舌打ちをした。
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