形だけの妻ですので

hana

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さっさとくたばってしまえばいいのに

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実家に帰る馬車の中は、憂鬱な空気で溢れていた。
窓から見えるいつもの情景が、心なしか黒ずんで見える。

「くそっ……さっさとくたばってしまえばいいのに」

僕は鋭い口調で悪態をつくと、過去の記憶に思いを走らせた。

……侯爵家に生まれた僕は、兄弟の中でもとりわけ不出来な子供だった。
兄たちよりも、物の思えが悪くて、運動も芸術も才能の欠片がないと分かるほどに、上手くいかなかった。

そんな僕を見て、兄たちはいつも馬鹿にしてきた。
「無能」というレッテルを嬉しそうに貼り、時には暴力まで振るってきた。

僕はたまらず両親に相談した。
自分の悲痛な体験を赤裸々に語る僕に、両親は兄たちと同じように失望した目を向けてきた。

「お前が悪いんだよ、ワルツ」
「そうよ、悔しかったらもっと努力なさい」

ああ、そうか。
六歳にして知った、無慈悲な現実。
無能な人間に、生きる価値などなかったのだ。


「くそっ……」

馬車が停車すると、過去の記憶と対峙を終える。
重たい体を馬車から下ろして、父の書斎へ向かうために、屋敷へと足を踏み入れた。

……書斎の前まで来ると、深呼吸をした。
気持ちを整え恐る恐る扉をノックする。

「ワルツです」

少しして「入れ」と不機嫌そうな声が聞こえてくる。

「失礼します」

久しぶりに入る書斎は、記憶のままで、恐ろしいほどに整然としていた。
まるで均等に木々が立ち並ぶ森林のように、あらゆるものが規則正しく置かれている。
ズレているものなど何一つとしてないはずの書斎に入る自分が、とてもズレている人間に思えて、居心地が悪かった。

椅子に座った父は、僕に目を向けることもなく「今月は?」と訊いてくる。

「金貨千枚です」

「は?」

やっと顔を上げた父は、怒りの表情を浮かべていた。
ぞっと緊張が全身に走る。

「先月は千五百枚だったじゃないか。領地を管理することがそんなに難しいのか?」

「あ、いえ……その……すみません」

頭を下げる僕の心は、内心煮えくり返っていた。
エリザベスと結婚してから、領地管理の仕事は彼女に任せている。
こんなに僕が辛い目に遭うのも、あいつが原因だ。
くそっ。

「謝れば済む問題ではない。やはりお前は欠陥品だな。侯爵家の人間に相応しくない」

「……すみませんでした」

ドロドロとした黒い感情が体を支配して、離れない。
昔から何回もやっているはずなのに、未だに慣れない。
無能な人間が謝る、ただそれだけのことだというのに。

「早急に改善が見られなければ、お前を外国へ売り飛ばす。案外、その方がお前の領地管理よりも利益が上がるかもな」

父の声は冗談というには真剣すぎて、それが僕には恐ろしかった。
この人はきっと、本気で僕を売り飛ばす気なんだ。
恐る恐る顔を上げると、父はもう僕を見てはいなかった。

「話は以上だ。帰れ」

「……失礼しました」

書斎を出ると、僕はやっと両こぶしを握った。
ぐっと爪を皮膚にめりこませ、キンとした痛みが手の平に跡を残す。

「エリザベス……あの馬鹿……お前のせいで……お前のせいで……」

荒々しく廊下を歩き、すれ違ったメイドにわざと肩を当てた。
彼女は転び小さな悲鳴を上げるも、僕を見て何度も頭を下げていた。
逃げるように去る彼女の背中がとてもちっぽけにみえて、それが自分の背中のようにも見えた。

無能な僕も、あんなに小さな背中をしているのだろうか。
そんな思いが脳裏をかすめるも、次の瞬間には再び歩を進めていた。

もう何も分からなくなった。
一体自分がどうやってこの残酷な世界で生きていけばいいのか。

ただ分かるのは、僕は選ばれた人間ではないということ。
力を示せなければ、ゴミのように捨てられる、ちっぽけな人間だということだ。
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