7 / 7
七
しおりを挟む
小型ナイフは足で蹴られて宙を舞った。
エリザベスの執事である男はそのまま俺の腹に拳をめり込ませると、川へと落ちたエリザベスを追いかけて走っていった。
「うっ……」
意識が遠のき、俺はその場に崩れ落ちた。
「起きろ! 立て!」
男の荒々しい声で目を覚ます。
目を開けると、甲冑に守られたたくさんの足が見えて、顔を上げて、自分が兵士に囲まれていることに気が付いた。
あの憎き執事に殴られてからそう時間は経っていないみたいだが、あの男とエリザベスの姿は近くにはない。
一緒に連れてきた悪党二人組は兵士に拘束されていて、情けなく俯いていた。
「公爵令息リック。王女エリザベス様の殺人未遂で貴様を国外追放の刑に処す」
一際大柄な兵士が地面に横たわる俺に言った。
「ま、待ってくれ!!!」
慌てて立ち上がろうとするも、足に力が入らず、片膝は地面についたまま。
仕方なしにそのままの姿勢で、俺は兵士を見上げた。
「誤解なんだ! 俺はただ、エリザベスと話をしたかっただけで……」
「異論は認めない」
兵士の声は氷のようにつめたかった。
甲冑の隙間から見える眼光が、獣のように嫌な光り方をしていた。
背筋が途端に寒くなるも、俺は勇気をもって口を開く。
「か、金をやるよ……国仕えの兵士といえどそんなに給料は高くないはずだ……どうだ……?」
「なるほど」
兵士の目がかすかに笑う。
好機だと考えた俺は更に言葉を紡ごうと口を開く。
が、兵士の方が先に声を発した。
「そんなに金を恵みたいのなら、お前の家の財産は全て没収するとしよう」
「え……」
絶望が力を生んだのか、僕は立ち上がった。
「待て! そ、そんなのは許さない! だ、だいたいお前みたいな下っ端兵士なんかに俺を国外追放する権利なんてないだろ!」
「これはエリザベス様のご命令だ」
兵士は淡々と答える。
「金を使って罪を逃れようとするだろうとも予想されていた。私はその命令を忠実に遂行するだけだ。これ以上何か反論するようなら、それは王族のエリザベス様への反逆と捉えるが、よろしいかな?」
「そんな……」
終わった。
何もかもが終わった。
確かに悪いのは俺だ。
怒りに駆られてナイフで刺そうとしたのだから。
だが、国外追放なんてあんまりじゃないか。
「馬車に乗れ」
兵士に強引に馬車に乗せられて、国を後にした。
まだ日は高いが、周囲の森はどんどんと暗さを増していく。
しばらく馬車は走り、夕方に近づいた頃、俺はやっとおろされた。
そこは深い森の中だった。
俺が降りたと同時に、馬車が来た道を引き返していく。
その音が次第に獣の唸り声にかき消され、心が絶望と恐怖に支配された。
重々しい風が吹き、森のくろい木々を揺らす。
依然、獣の唸り声をしていて、心なしかどんどん近くなっている気がした。
それでも国外追放になった者には戻る選択肢はない。
俺はこの地獄の道を進むしかないのだ。
そういえばエリザベスとはどんな話をしていたのだろうか。
今更になってそんなことが気になったが、上手く思い出せなかった。
エリザベスの執事である男はそのまま俺の腹に拳をめり込ませると、川へと落ちたエリザベスを追いかけて走っていった。
「うっ……」
意識が遠のき、俺はその場に崩れ落ちた。
「起きろ! 立て!」
男の荒々しい声で目を覚ます。
目を開けると、甲冑に守られたたくさんの足が見えて、顔を上げて、自分が兵士に囲まれていることに気が付いた。
あの憎き執事に殴られてからそう時間は経っていないみたいだが、あの男とエリザベスの姿は近くにはない。
一緒に連れてきた悪党二人組は兵士に拘束されていて、情けなく俯いていた。
「公爵令息リック。王女エリザベス様の殺人未遂で貴様を国外追放の刑に処す」
一際大柄な兵士が地面に横たわる俺に言った。
「ま、待ってくれ!!!」
慌てて立ち上がろうとするも、足に力が入らず、片膝は地面についたまま。
仕方なしにそのままの姿勢で、俺は兵士を見上げた。
「誤解なんだ! 俺はただ、エリザベスと話をしたかっただけで……」
「異論は認めない」
兵士の声は氷のようにつめたかった。
甲冑の隙間から見える眼光が、獣のように嫌な光り方をしていた。
背筋が途端に寒くなるも、俺は勇気をもって口を開く。
「か、金をやるよ……国仕えの兵士といえどそんなに給料は高くないはずだ……どうだ……?」
「なるほど」
兵士の目がかすかに笑う。
好機だと考えた俺は更に言葉を紡ごうと口を開く。
が、兵士の方が先に声を発した。
「そんなに金を恵みたいのなら、お前の家の財産は全て没収するとしよう」
「え……」
絶望が力を生んだのか、僕は立ち上がった。
「待て! そ、そんなのは許さない! だ、だいたいお前みたいな下っ端兵士なんかに俺を国外追放する権利なんてないだろ!」
「これはエリザベス様のご命令だ」
兵士は淡々と答える。
「金を使って罪を逃れようとするだろうとも予想されていた。私はその命令を忠実に遂行するだけだ。これ以上何か反論するようなら、それは王族のエリザベス様への反逆と捉えるが、よろしいかな?」
「そんな……」
終わった。
何もかもが終わった。
確かに悪いのは俺だ。
怒りに駆られてナイフで刺そうとしたのだから。
だが、国外追放なんてあんまりじゃないか。
「馬車に乗れ」
兵士に強引に馬車に乗せられて、国を後にした。
まだ日は高いが、周囲の森はどんどんと暗さを増していく。
しばらく馬車は走り、夕方に近づいた頃、俺はやっとおろされた。
そこは深い森の中だった。
俺が降りたと同時に、馬車が来た道を引き返していく。
その音が次第に獣の唸り声にかき消され、心が絶望と恐怖に支配された。
重々しい風が吹き、森のくろい木々を揺らす。
依然、獣の唸り声をしていて、心なしかどんどん近くなっている気がした。
それでも国外追放になった者には戻る選択肢はない。
俺はこの地獄の道を進むしかないのだ。
そういえばエリザベスとはどんな話をしていたのだろうか。
今更になってそんなことが気になったが、上手く思い出せなかった。
83
お気に入りに追加
56
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
【完結】嗤われた王女は婚約破棄を言い渡す
干野ワニ
恋愛
「ニクラス・アールベック侯爵令息。貴方との婚約は、本日をもって破棄します」
応接室で婚約者と向かい合いながら、わたくしは、そう静かに告げました。
もう無理をしてまで、愛を囁いてくれる必要などないのです。
わたくしは、貴方の本音を知ってしまったのですから――。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
婚約者が浮気相手にプロポーズしています
おこめ
恋愛
シトリンには2歳年上の婚約者がいる。
学園を卒業してすぐに結婚する予定だったのだが、彼はシトリンではない別の女にプロポーズをしていた。
婚約者を差し置いて浮気相手にプロポーズするバカを切り捨てる話。
ご都合主義。
息子が断罪劇の真っ最中なんだけど、これからどうすればいい?
藍田ひびき
恋愛
「ヴィオラ!お前との婚約を破棄させてもらう!」
転生したら国王でした。
しかも只今バカ息子が断罪劇の真っ最中。これからどうすりゃいいの?
アホギャグショートショートです。
※ 暴力表現があります。ご注意下さい。
※ なろうにも投稿しています。
断罪された公爵令嬢に手を差し伸べたのは、私の婚約者でした
カレイ
恋愛
子爵令嬢に陥れられ第二王子から婚約破棄を告げられたアンジェリカ公爵令嬢。第二王子が断罪しようとするも、証拠を突きつけて見事彼女の冤罪を晴らす男が現れた。男は公爵令嬢に跪き……
「この機会絶対に逃しません。ずっと前から貴方をお慕いしていましたんです。私と婚約して下さい!」
ええっ!あなた私の婚約者ですよね!?
子供なんていらないと言ったのは貴男だったのに
砂礫レキ
恋愛
男爵夫人のレティシアは突然夫のアルノーから離縁を言い渡される。
結婚してから十年間経つのに跡継ぎが出来ないことが理由だった。
アルノーは妊娠している愛人と共に妻に離婚を迫る。
そしてレティシアは微笑んで応じた。前後編で終わります。
偽りの婚約のつもりが愛されていました
ユユ
恋愛
可憐な妹に何度も婚約者を奪われて生きてきた。
だけど私は子爵家の跡継ぎ。
騒ぎ立てることはしなかった。
子爵家の仕事を手伝い、婚約者を持つ令嬢として
慎ましく振る舞ってきた。
五人目の婚約者と妹は体を重ねた。
妹は身籠った。
父は跡継ぎと婚約相手を妹に変えて
私を今更嫁に出すと言った。
全てを奪われた私はもう我慢を止めた。
* 作り話です。
* 短めの話にするつもりです
* 暇つぶしにどうぞ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる