愛され王女はもうやめます

hana

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八歳の時。
訪れた旅行地で私は川に落ちてしまった。

川の流れは早く、動けば動くほど、体に水がまとわりついてくる。
助けてと叫ぼうとするが、口の中に水が入って、上手く叫べない。

そのまま私は成すすべなく流されていき、ああ、このまま人生が終わるんだな。
と絶望に染まった時、体がぐいっと引っ張られた。

わけもわからず体はそのまま引っ張られ、地面の上へと引き上げられる。
耳には呼吸音が響き、心臓がドクドクと音を立てていた。

目に水が入り、視界は良好ではなかった。
ひび割れたガラスに映る景色を見るように、途切れ途切れの世界を見上げた。

「大丈夫か!?」

遠くから父の声がした。
兵士のものと思われる多くの足音もした。

私は仰向けに空を見上げていた。
逆光で顔は見えないが、青い髪をした男の子が傍らに立っていた。
彼は私に小さく手を振ると、走り去り視界から消えた。

私は慌てて上半身を起こすが、もう命の恩人の姿はなかった。

「エリザベス!!!」

父が膝をつき私を抱きしめた。
安心が込み上げ涙を流すのと同時に、あの男の子への想いがじわじわと湧いてきた。

この日私は彼に恋をした。
名前も顔も知らない、男の子に。


「お姉様、捜索は順調ですか?」

初恋の男の子を探し始めて一か月。
いつも通り朝の時間に、ミーシャが自室を訪れる。
メイドが用意してくれたレモン風味の紅茶を飲みながら、私たちは椅子に座り向かいあっていた。

「全然」

苦笑し、首を横に振る。

「そうですか……やはり一筋縄ではいきませんね」

「ええ……顔も名前も知らないのだから当然と言えば当然なのだけど……」

私を助けてくれた男の子。
分かっているのは髪の色だけ。
私は紅茶を飲み干すと、椅子から立ち上がる。

「じゃあミーシャ、私はそろそろ行くわね」

「どこか出かけるのですか?」

「うん。あの川にもう一度行ってみようと思って。ほら……もしかしたら彼もいるかもしれないし……」

「ふふ、絶対いますよ!」

ミーシャに手を振り自室を後にする。
執事のライトが壁の前に立ち、私を待っていた。

「エリザベス様。ご準備は整いましたか?」

「ええ。行きましょう」


王宮を離れ、馬車に揺られること二日。
途中宿に泊まりながら移動をして、私たちはついに目的地へと到着した。

見渡す限りの平原に、その中央を貫くように澄んだ川が流れている。
川の上流は森へとつながっていて、木々の少し上から朝日が森を照らしていた。

「綺麗な川でございますね」

「うん」

観光名所となっているこの平原だが、まだ時間が早いからか他には誰もいない。
私は初恋の彼と巡り合わせてくれた川を見下ろして、秘かに願いを込める。

彼とまた会えますように。

「探したよエリザベス」

近くの岩の影からどこかで聞いたような声がした。
私とライトの視線がそこへと移り行く。

岩の影から三人の人影が現れる。
その先頭には別れたはずのリックがいた。

「リック様……どうして……」

「ふふ、お前がこの辺りで人探しをしていると聞いてな。ずっと張り込んでいたんだ。ああ、こいつらは俺の友人たちだ。頼りがいのあるやつらだよ」

リックの背後に控える二人の男は、屈強な体をしていて、目が血走っていた。
あまり良い人達ではないのが一目でわかる。

「今更何の御用でしょうか。私たちは既に婚約破棄をして関係など何もないはずです」

声に緊張が走った。
リックは薄気味悪い笑みを浮かべると、私に一歩近づく。
そして口を開いた。

「エリザベス。もう一度やり直そう。断ったらどうなるか……分かるよな?」
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