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一
しおりを挟む「エリザベス様。準備はよろしいでしょうか」
執事のライトがいつも通りの冷静な声で言う。
彼の背後にはパーティー会場の入り口である、大きな扉があった。
私は一呼吸を入れると、頷く。
「ええ。もちろん」
ライトが扉に手をかけてゆっくりと開けた。
途端に会場の煌めきとざわめきが、私に飛び込んでくる。
光と音の波に抗うように、私は足を踏み出した。
「おお、エリザベス様だ」
「いつ見ても素敵……さすが王女様」
「拍手を……皆拍手を!」
この国の第一王女である私の登場に、会場が拍手で包まれる。
私は数年の王女教育で身に着けた丁寧なカーテシーを披露した。
歓声が上がり、拍手の息が強まる。
やっと音が途絶え喧騒が戻ると、私はカーテシーをゆっくりと解く。
そんな私の元に歩み寄る男性が一人。
真夜中のような黒髪に、自信ありげな笑みを浮かべた彼は、私の婚約者のリックだった。
「エリザベス。会場入りするだけでここまで場を沸かすなんて。さすが俺の婚約者だ」
「勿体ないお言葉でございます。私は何もしておりませんし」
「ふふっ、君のような完璧で美しい人間が現れたら皆そうなるものさ」
リックはおもむろに人差し指を上げると、私の頬に触れる。
そして貼り付けたような笑みと共に口を開く。
「……今夜楽しみにしているよ。二週間ぶりだからね」
「はい」
冷静な私の返答を受けて、彼は頬から指を離した。
「じゃあ僕は友人と話をしてくる」
「分かりました。ごゆっくりお愉しみください」
私に手を振り去っていくリック。
彼の歩く先には、数人の化粧の濃い貴族令嬢が立っていた。
その輪の中に入る婚約者の背中を私はじっと見つめた。
……パーティーが終盤になり、私は予定通り壇上へと上がった。
王女として、皆の前で話をしなくてはいけないのだ。
私が壇上に上がると、会場の音がピタリと止み、皆が一様に期待の籠った目で私を見上げていた。
「皆様。本日はお集まりいただきありがとうございます。感謝申し上げます」
拍手が起こり、少しして止む。
それを見届けると、私は言葉を続けた。
「いつもなら王宮やこの国の未来について話をするのですが、今日は少し趣旨の違った話を……私事ではございますが、聞いて頂きたいと思います」
おおっとどこかから歓声が上がる。
王女の身の上話にそんなに興味が湧くのかと不思議に思ったが、表にはその感情を一切出さない。
「皆様もご存じのように、私は半年前、公爵令息のリック様と婚約を果たしました。リック様はいつもお優しく、私を一番に想ってくれる素敵な男性でした」
再び歓声が上がる。
リックが「ありがとう」と周囲に笑みを向けていた。
そんな彼を冷たい瞳で見下ろしながら、私は声を低くする。
「しかし、それは私の勘違いでした」
会場の空気が一瞬で冷え切った。
皆が一様に動きを止め、狼狽えているのが分かった。
リックもどこか顔色を悪くさせていて、何かを言おうと口をぱくぱくさせていた。
「リック様。お心当たりがありますよね?」
「な、何のことだい……?」
周囲の視線がリックへと集まる。
彼は更に顔を青くしながら、首を横に振る。
「白々しい態度はもう止めて頂いて結構ですよ。私は既に知っていますので、あなたが複数人の貴族令嬢と不倫をしていることは」
「違う……そんなのはデタラメだ! 嘘だ!」
異常に慌てふためく婚約者のリック。
そんな彼を、貴族達は冷ややかに見つめていた。
皆分かっているのだ、どちらが本当のことを言っているのかどうかを。
私はずっと完璧な王女になるべく努力してきた。
たくさんのものを犠牲にして、皆の理想になれるように生きてきた。
しかし、その窮屈な人生も今日で終わり。
手始めに婚約者の断罪から。
私はもう、愛されなくても構わない。
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