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窓に打ち付ける雨粒をじっと見つめる。
空気が格段に冷えていて、体の芯まで凍えていた。


『フローラと結ばれるその日までね』

そう言ったアレクシスはいつもの優しい彼に戻った。
私は言葉を失い、次いで体の中を悲しみと絶望が支配した。
確かに私はアレクシスとは違い平民だ。
いくら私が不倫を叫んだところで、貴族社会ではアレクシスの主張が優先される。

結局のところ、私はそれ以上の反撃を見せることもなく、おめおめとここまで帰ってきた。


「どうして……」

戻れるのなら、アレクシスが花を買ってくれたあの頃に戻りたい。
私の人生の中で一番に光り輝いていたあの頃に。

「どうしてなのですか……アレクシス様……」

私の声は雨音にかき消されていった。

……数日が経ち、屋敷の中でとある噂が広まった。
それはアレクシスが私を裏切り、他の女性と関係を持っているというものだった。
どうやら私以外にも彼の不貞を見た人がいるみたいだと、勝手に同志が出来たような安心感を覚えていたのだが、アレクシスは違った。

早朝にも関わらず私の部屋を訪れると、勢いよく扉を開けた。

「イザベル! よくもやってくれたな!」

私はベッドから跳び起きて、驚いた目を彼に向ける。

「な、何のことでしょうか……?」

「とぼけるな! 僕とフローラの関係をばらしただろう!? 屋敷の中の噂すら聞こえない程、僕が馬鹿に見えるのか!?」

「い、いえ……私ではありません!」

必死に訴えるが、アレクシスは止まらない。
距離を詰めてくると、私の胸ぐらを掴んだ。

「いいか……これ以上何か変なことをするようなら覚悟しておけよ。命の保証はしないからな」

「そんな……」

アレクシスはそれだけ言うと、怒りそのままに帰っていく。
私はいつまでも呆然と固まっていた。


それから一か月が経ち、噂は日に日に薄まっていった。
アレクシスが根も葉もない噂を禁じたことが原因だった。
私からしてみれば、的を得た噂であったが、それを主張することは叶わなかった。

きっとこの先、何年何十年とこの陰鬱とした日々が続いていくのだろう。
未来にとても希望など持てなくなった時、私に客が来た。

清々しく晴れた昼間。
メイドが部屋をノックして、用件だけ伝える。

「イザベル様。お客様が参られております。大国ヴァンサンの使いのものだと」

「え……」

大国ヴァンサン。
その名の通り、この世界でも一二を争う領地をもつ、大国である。
私が扉を開けると、メイドが再び口を開く。

「通行証を確認しましたが、問題はございませんでした。応接間でお待ち頂いておりますが、いかがなさいますか?」

全く身に覚えのない来客。
ヴァンサンへ商人時代に行ったことはあるが、知り合いなど誰もいない。
若干の怪しさを感じつつも、何かこの現状を変えてくれそうな期待も少しだけある。

「すぐに行くわ」

「かしこまりました」

メイドが去り、私は急いで支度を済ませると、部屋を飛び出した。


応接間の扉が開くと、ソファに初老の男性が座っていた。
貴族のように整った身なりをしていて、背後には三人の兵士を立たせていた。
きっとヴァンサンの貴族か何かだろうと思い、私は未だにぎこちないカーテシーを披露する。

「そんなに固くならないでください。これでは私の方がお咎めを受けてしまいます」

優しい声をした老人だった。
しかし言っていることの意味がよく分からずに、私はゆっくりとカーテシーを解いた。

「あの……今日はどのようなご用件でしたでしょうか?」

ソファに座ることなく、私は問う。
すると彼も目線を合わせるように立ち上がり、深々と頭を下げた。

「あなたを迎えにきたのです。ヴァンサン王国代三十三代王女、イザベル様」

「……え?」

鈍器で殴られたような衝撃が全身に走る。
彼は一体何を言っているのだろうか。
私がヴァンサン王国の王女?いや、私はただの平民だ。
商人である父の娘なのだ。

「違います……何をおっしゃっているのですか?」

もしかしたらこの老人は、アレクシスが差し向けた使いかもしれない。
私を恨んで、何か罠に嵌めようとしているのかもしれない。

「困惑されるのも分かります」

老人は顔を上げると、目を細めた。

「しかし、そのご尊顔……王宮に仕えていたとあるメイドにそっくりなのです。こちらに写真がございます」

彼はポケットの中から写真を取り出すと、私に向ける。
緊張を足に込めながら、私はゆっくりと彼に近づくと、写真をそっと見た。

「え……」

そこには確かに私と瓜二つの女性の姿があった。
隣には王冠を被った大柄な男が一緒に映っている。

「隣におられますのが、ヴァンサン国王でございます。今はもう亡くなりましたが……」

「……な、なにを……どういうことですか?」

全く意味が分からなかった。
言葉に詰まる私に、老人はにこやかに笑いかける。
その奥には花が散ったような悲しみが潜んでいる。

「国王は彼女との間に隠し子をもうけておりました。死の間際、その存在を秘書である私だけに明かしてくれたのです」

「し、しかし、私にはちゃんと父親が……」

「彼は国王の旧友でした。メイドが子を産んだ直後に預けたそうです。何も聞いておりませんか?」

「まったく……」

父は何も言っていなかった。
ずっと本当の父だと思っていた。
しかし、時折、何かが違うような感覚はしていた。
それを父に告げることはなく、自分の勘違いだと思っていた。

「国王には正妃との間にご令嬢がおりました。しかし彼女も病で若くして命を落としてしまい、残る子孫はあなただけとなったのです。あなたがヴァンサン王国の王女となるのです」

「そんな……」

にわかには信じられない話だが、全部を否定する気にもなれなかった。
彼が嘘を言っているようには見えないし、私の本能もどこか、この真実に浸れることで安心しているようだったから。

「イザベル様。ヴァンサン王国へご帰還してください。皆があなたを待っています。もちろん育てのお父様も……」

「お父様……」

どっちみちここでの暮らしは絶望に溢れていた。
これが永延と続くくらいなら、ヴァンサン王国の王女になるのも悪くないかもしれない。

「分かりました。しかし最後に寄りたいところがございます。ヴァンサン王国の王女として」
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