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「「……え?」」
奇しくも、私とアイクは同時に驚きの声をあげた。
てっきりエリザベスもアイクのように私を責めるものだと思っていたのに、現実はそうではないらしい。
何が起こっているのかよく分からなくなり、私もアイクも茫然としていた。
その沈黙を切り裂くように、エリザベスの鋭い声がアイクに飛ぶ。
「アイク様。先ほど申し上げましたよね、外まで声が聞こえていたと。断片的ではありますが、アイク様とシーラの意見は大体把握しております。それと先ほどのアイク様の返答を加味して判断したのです。離婚が正当だと」
「は? な、何を言っているんだいエリザベス」
「あら、聞こえませんでしたか? 離婚だと言ったのですよ?」
「……」
よほど衝撃的だったのか、アイクは岩になったように固まってしまう。
その隙にエリザベスは私に顔を向けると、そっと近づき手を差し伸べた。
「いつまでもそんなところに倒れていないで立ち上がりなさい。あなたならそれくらいできるでしょう?」
「……はい!」
嘲笑されたのか激励されたのか。
よく分からぬ感情のままエリザベスの手を借りて立ち上がる。
頃合いを見計らったように、アイクが声を出した。
「エリザベス、なら君は僕の意見に従えないというのかい? その女は売るべきではないと」
「はい、もちろん」
エリザベスは当然のように頷くと腕を組む。
「あなたはこのシーラという第二夫人のことを見誤っているようですね。彼女はこの半年間、本当によく頑張ってくれました。あなたからの愛ももらえず、私からは厳しく叱責されて、心が折れそうになったことも多々あったでしょう。しかし彼女は必死に食らいついてきました。そんな彼女に価値がないなどあり得ません」
「なんだと……!? エリザベス……お前はそれでも公爵家か。僕と同じ公爵家の血筋なら……」
「血筋など何の関係もないのです!」
エリザベスが一段と大きな声をあげた。
堂々として、まるで暗雲を切り裂くような強い声。
彼女は小さく息をはくと、言い放つ。
「血筋も身分もお金も容姿も……何も関係などないのです。それが分からないあなたこそ本当に公爵家なのですか? 申し訳ありませんが、あなたのようなゴミ虫と人生を共にするほど私は暇ではないのです」
「な、なんだと!!!」
アイクは再び激昂すると、エリザベスに殴りかかった。
しかしエリザベスはそれを華麗な身のこなしで避けると、アイクの腹に拳をめり込ませる。
「うっ……」
アイクの口から鈍い声が漏れ出て、そのまま床に膝をつく。
無様な姿となった彼を見下ろして、エリザベスは口を開いた。
「私は昔から曲がったことが大嫌いです。人の道を逸れたあなたにはそれ相応の罰を与えましょう。今の一撃はその序章です」
あっと言う間の出来事に私はただ傍観していることしかできなかった。
しかし状況を理解し始めると同時に、心がとてつもなく高揚してくる。
エリザベスは良くも悪くも真面目な人だ。
私の至らない所を叱ることもあるけれど、ちゃんと努力も見ていてくれたんだ。
そのことが嬉しくて、エリザベスへの緊張はどこかへ吹き飛んでしまった。
「くそっ……うぅ……」
アイクは殴られた腹を抑えながらそのまま気を失ってしまった。
エリザベスは呆れたように息をはくと、ソファに座り青い顔をしている奴隷商人を睨みつける。
「次はあなたの番ですね」
「ひっ!」
奴隷商人は体をブルブルと震わせると、慌てたように立ち上がる。
そしてエリザベスの前まで駆けてくると、その場で土下座をした。
「エリザベス様……ど、どうか命だけは……」
公爵令嬢という高貴な身分に加え、大人の男性を一発で失神させたエリザベス。
その恐ろしさを悟ったのか、奴隷商人は命乞いを始めた。
彼の見境の無い様子を見て、エリザベスは目を細める。
「確かにアイク様と違い、あなたはまだ何もしておりません。シーラ、この人に何かされた?」
「あ、い、いえ……なにも」
私がそう答えると、奴隷商人は顔をばっと上げて、満面の笑みを浮かべる。
「エリザベス様。大海のように深い慈悲のお心。大変感服致しました。本当にありがとうござい……」
「はい? 何か勘違いしているようですが、断罪は致しますよ」
「え……」
エリザベスの言葉に奴隷商人の顔が元の青いものに戻る。
彼女はそのまま鋭い口調で言葉を続けた。
「確かにあなたはこの場では何も問題は起こしておりません。しかしこの国では奴隷商売は禁じられております。もちろん売買を画策することも罪にあたります。あなたにはそれ相応の罰を受けてもらいます。覚悟していてください」
「そんな……」
奴隷商人の顔が絶望に染まる。
エリザベスはそれを気にも留めない様子で私に顔を向けた。
「シーラ、ここから忙しくなるわよ」
微かにその口角が上がっているのは、きっと私の見間違いだろう。
奇しくも、私とアイクは同時に驚きの声をあげた。
てっきりエリザベスもアイクのように私を責めるものだと思っていたのに、現実はそうではないらしい。
何が起こっているのかよく分からなくなり、私もアイクも茫然としていた。
その沈黙を切り裂くように、エリザベスの鋭い声がアイクに飛ぶ。
「アイク様。先ほど申し上げましたよね、外まで声が聞こえていたと。断片的ではありますが、アイク様とシーラの意見は大体把握しております。それと先ほどのアイク様の返答を加味して判断したのです。離婚が正当だと」
「は? な、何を言っているんだいエリザベス」
「あら、聞こえませんでしたか? 離婚だと言ったのですよ?」
「……」
よほど衝撃的だったのか、アイクは岩になったように固まってしまう。
その隙にエリザベスは私に顔を向けると、そっと近づき手を差し伸べた。
「いつまでもそんなところに倒れていないで立ち上がりなさい。あなたならそれくらいできるでしょう?」
「……はい!」
嘲笑されたのか激励されたのか。
よく分からぬ感情のままエリザベスの手を借りて立ち上がる。
頃合いを見計らったように、アイクが声を出した。
「エリザベス、なら君は僕の意見に従えないというのかい? その女は売るべきではないと」
「はい、もちろん」
エリザベスは当然のように頷くと腕を組む。
「あなたはこのシーラという第二夫人のことを見誤っているようですね。彼女はこの半年間、本当によく頑張ってくれました。あなたからの愛ももらえず、私からは厳しく叱責されて、心が折れそうになったことも多々あったでしょう。しかし彼女は必死に食らいついてきました。そんな彼女に価値がないなどあり得ません」
「なんだと……!? エリザベス……お前はそれでも公爵家か。僕と同じ公爵家の血筋なら……」
「血筋など何の関係もないのです!」
エリザベスが一段と大きな声をあげた。
堂々として、まるで暗雲を切り裂くような強い声。
彼女は小さく息をはくと、言い放つ。
「血筋も身分もお金も容姿も……何も関係などないのです。それが分からないあなたこそ本当に公爵家なのですか? 申し訳ありませんが、あなたのようなゴミ虫と人生を共にするほど私は暇ではないのです」
「な、なんだと!!!」
アイクは再び激昂すると、エリザベスに殴りかかった。
しかしエリザベスはそれを華麗な身のこなしで避けると、アイクの腹に拳をめり込ませる。
「うっ……」
アイクの口から鈍い声が漏れ出て、そのまま床に膝をつく。
無様な姿となった彼を見下ろして、エリザベスは口を開いた。
「私は昔から曲がったことが大嫌いです。人の道を逸れたあなたにはそれ相応の罰を与えましょう。今の一撃はその序章です」
あっと言う間の出来事に私はただ傍観していることしかできなかった。
しかし状況を理解し始めると同時に、心がとてつもなく高揚してくる。
エリザベスは良くも悪くも真面目な人だ。
私の至らない所を叱ることもあるけれど、ちゃんと努力も見ていてくれたんだ。
そのことが嬉しくて、エリザベスへの緊張はどこかへ吹き飛んでしまった。
「くそっ……うぅ……」
アイクは殴られた腹を抑えながらそのまま気を失ってしまった。
エリザベスは呆れたように息をはくと、ソファに座り青い顔をしている奴隷商人を睨みつける。
「次はあなたの番ですね」
「ひっ!」
奴隷商人は体をブルブルと震わせると、慌てたように立ち上がる。
そしてエリザベスの前まで駆けてくると、その場で土下座をした。
「エリザベス様……ど、どうか命だけは……」
公爵令嬢という高貴な身分に加え、大人の男性を一発で失神させたエリザベス。
その恐ろしさを悟ったのか、奴隷商人は命乞いを始めた。
彼の見境の無い様子を見て、エリザベスは目を細める。
「確かにアイク様と違い、あなたはまだ何もしておりません。シーラ、この人に何かされた?」
「あ、い、いえ……なにも」
私がそう答えると、奴隷商人は顔をばっと上げて、満面の笑みを浮かべる。
「エリザベス様。大海のように深い慈悲のお心。大変感服致しました。本当にありがとうござい……」
「はい? 何か勘違いしているようですが、断罪は致しますよ」
「え……」
エリザベスの言葉に奴隷商人の顔が元の青いものに戻る。
彼女はそのまま鋭い口調で言葉を続けた。
「確かにあなたはこの場では何も問題は起こしておりません。しかしこの国では奴隷商売は禁じられております。もちろん売買を画策することも罪にあたります。あなたにはそれ相応の罰を受けてもらいます。覚悟していてください」
「そんな……」
奴隷商人の顔が絶望に染まる。
エリザベスはそれを気にも留めない様子で私に顔を向けた。
「シーラ、ここから忙しくなるわよ」
微かにその口角が上がっているのは、きっと私の見間違いだろう。
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