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二
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「……失礼しました」
扉を閉める私にアイクは別れの言葉すらかけず、本を手に取った。
やはり先ほどの言葉は嘘ではないと悟り、嫌な気持ちになりながら扉を閉める。
廊下を歩き教えてもらった自室を目指す。
三階の一番奥の部屋。
一番日が当たりにくいじめじめとした部屋らしい。
「まあそんなこともあるわよね」
自分にだけ聞こえるような小さな声で呟くが、立ち直れるはずなどない。
顔合わせの時にアイクは、パーティーで私を見て一目惚れをしたと言ってくれた。
それが友達もいない私にとって、どれだけ嬉しかったことだったか。
「本当に嬉しかったのに」
視界が歪む。
どうやら両目に涙が溜まってしまったらしい。
私は乱雑に目をこすって涙を拭くと、階段を上り始めた。
足元を見ていたからか、上から降りてくる人物に気が付かなかった。
「ちょっとあなた、止まりなさい」
上から威圧的な声が降ってきて、私は顔をあげる。
数段上に金色の長い髪の、女神のように美しい女性がいた。
しかし鋭い視線で私を見下ろして、腕を組んだ。
「見ない顔ね。もしかしてアイク様の第二夫人のシーラさんかしら?」
「は、はい! シーラと申します! 今日からお世話になります!」
彼女の圧倒的な存在感に押されて、私はぺこりと頭を下げる。
「なっていないわね」
彼女はそれだけ言うと、私の隣まで階段を下り、私の右手をぴしゃりと叩いた。
「頭を下げる時は手も添えなさい。それくらい習わなかったの?」
「あ、えっと……す、すみません……」
「あなたには公爵夫人としての自覚が足りないわ。ここはあなたがいたような男爵家ではないのよ。貴族の中でも最高位にあたる公爵家なの。王族が来賓されることもあるのよ。礼儀を知らないなら部屋から一生出ないで頂戴」
アイクに続き、私はどれだけ冷たい態度を取られたら気が済むのだろう。
大体この人は誰なのか、見知らぬ人からここまで言われて、平気でいられる私ではない。
そんな気持ちが顔に出ていたのか、彼女は目を細めて、諭すように言う。
「私の名前はエリザベス。アイク様の第一夫人よ。ちなみに家柄は彼と同じ公爵家。自己紹介はこれでいいかしら?」
「え……エリザベス様!?」
第一夫人のエリザベスはとりわけ厳しいと聞いたことがある。
屋敷で住むことになればどこかで会うかもしれないと危惧していたが、こんなにも早く、最悪なタイミングで現れるとは。
「えっと……その……失礼します!」
「は? ちょっと待ちなさい!」
エリザベスの制止を振り払い、私は階段を全速力で上る。
全部上りきり下を見ると、エリザベスが私を恐ろしい目つきで睨み上げていた。
体をぶるっと震わして、私は再び逃げ出す。
「はぁ……はぁ……」
息が徐々に乱れ、体が熱くなる。
次第に足が重くなり、私は最終的に足を止めた。
膝に手を当てて、周囲の空気を全部吸い込むように、大きく呼吸をする。
「はぁ……」
やっと落ち着いてくると、既に自室の前に到着していることが分かった。
左側に古びた扉がある。
私は呼吸を整え扉を開けた。
中は公爵家の部屋にしては質素な作りで、アイクの部屋の半分ほどしかなかった。
灯りをつけてベッドに腰をかける。
どっと疲れが込み上げてきたのか、私は導かれるようにベッドに横になった。
「疲れた……」
色んなことがどうでもよくなってきた。
アイクの妻となりあんなに喜んだのが嘘みたいだった。
第一夫人のエリザベスとも上手く付き合える気がしない。
ここに私の居場所はないようだ。
そう思ったら目頭が熱くなる。
乱雑に手で目をこすると、私は現実から目を背けるように眠りについた。
……それからの第二夫人としての生活は、私の想像通りの辛いものだった。
アイクは相変わらず私に興味がないようで、一緒に食事をとることや、話しかけてくることすらなかった。
第一夫人のエリザベスは人一倍私に厳しく、礼儀や態度について何度も叱責をされた。
それでも私は諦めなかった。
確かに周りに認められないことは本当に辛い。
しかしだからといって私が自分を見捨ててしまえば、自分にはもう誰もいなくなる。
どんなに辛い状況だろうと自分を信じることだけできれば、きっと人生は幸福に包まれる。
私はそう思って、日々を過ごしていた。
そうして時が経ち半年。
エリザベスの叱責も僅かに勢いを収めたころ、アイクが部屋の扉を叩いた。
「シーラ、お前に話しがある」
彼がこうして部屋を訪ねてくるのは初めてのことだったので、私は驚きつつも、扉を開けた。
アイクはうんざりしたような顔で、私に告げる。
「応接間まで来い。話はそこでする」
「……分かりました」
手早く支度をして自室を飛び出す。
壁に背をつけて待っていたアイクと共に応接間へ向かうと、中には眼鏡をかけた怪しそうな老人がソファに座っていた。
老人の向かいのソファに私とアイクが座ると、アイクが私を見て口を開く。
「お前を売ることにしたよ、シーラ」
扉を閉める私にアイクは別れの言葉すらかけず、本を手に取った。
やはり先ほどの言葉は嘘ではないと悟り、嫌な気持ちになりながら扉を閉める。
廊下を歩き教えてもらった自室を目指す。
三階の一番奥の部屋。
一番日が当たりにくいじめじめとした部屋らしい。
「まあそんなこともあるわよね」
自分にだけ聞こえるような小さな声で呟くが、立ち直れるはずなどない。
顔合わせの時にアイクは、パーティーで私を見て一目惚れをしたと言ってくれた。
それが友達もいない私にとって、どれだけ嬉しかったことだったか。
「本当に嬉しかったのに」
視界が歪む。
どうやら両目に涙が溜まってしまったらしい。
私は乱雑に目をこすって涙を拭くと、階段を上り始めた。
足元を見ていたからか、上から降りてくる人物に気が付かなかった。
「ちょっとあなた、止まりなさい」
上から威圧的な声が降ってきて、私は顔をあげる。
数段上に金色の長い髪の、女神のように美しい女性がいた。
しかし鋭い視線で私を見下ろして、腕を組んだ。
「見ない顔ね。もしかしてアイク様の第二夫人のシーラさんかしら?」
「は、はい! シーラと申します! 今日からお世話になります!」
彼女の圧倒的な存在感に押されて、私はぺこりと頭を下げる。
「なっていないわね」
彼女はそれだけ言うと、私の隣まで階段を下り、私の右手をぴしゃりと叩いた。
「頭を下げる時は手も添えなさい。それくらい習わなかったの?」
「あ、えっと……す、すみません……」
「あなたには公爵夫人としての自覚が足りないわ。ここはあなたがいたような男爵家ではないのよ。貴族の中でも最高位にあたる公爵家なの。王族が来賓されることもあるのよ。礼儀を知らないなら部屋から一生出ないで頂戴」
アイクに続き、私はどれだけ冷たい態度を取られたら気が済むのだろう。
大体この人は誰なのか、見知らぬ人からここまで言われて、平気でいられる私ではない。
そんな気持ちが顔に出ていたのか、彼女は目を細めて、諭すように言う。
「私の名前はエリザベス。アイク様の第一夫人よ。ちなみに家柄は彼と同じ公爵家。自己紹介はこれでいいかしら?」
「え……エリザベス様!?」
第一夫人のエリザベスはとりわけ厳しいと聞いたことがある。
屋敷で住むことになればどこかで会うかもしれないと危惧していたが、こんなにも早く、最悪なタイミングで現れるとは。
「えっと……その……失礼します!」
「は? ちょっと待ちなさい!」
エリザベスの制止を振り払い、私は階段を全速力で上る。
全部上りきり下を見ると、エリザベスが私を恐ろしい目つきで睨み上げていた。
体をぶるっと震わして、私は再び逃げ出す。
「はぁ……はぁ……」
息が徐々に乱れ、体が熱くなる。
次第に足が重くなり、私は最終的に足を止めた。
膝に手を当てて、周囲の空気を全部吸い込むように、大きく呼吸をする。
「はぁ……」
やっと落ち着いてくると、既に自室の前に到着していることが分かった。
左側に古びた扉がある。
私は呼吸を整え扉を開けた。
中は公爵家の部屋にしては質素な作りで、アイクの部屋の半分ほどしかなかった。
灯りをつけてベッドに腰をかける。
どっと疲れが込み上げてきたのか、私は導かれるようにベッドに横になった。
「疲れた……」
色んなことがどうでもよくなってきた。
アイクの妻となりあんなに喜んだのが嘘みたいだった。
第一夫人のエリザベスとも上手く付き合える気がしない。
ここに私の居場所はないようだ。
そう思ったら目頭が熱くなる。
乱雑に手で目をこすると、私は現実から目を背けるように眠りについた。
……それからの第二夫人としての生活は、私の想像通りの辛いものだった。
アイクは相変わらず私に興味がないようで、一緒に食事をとることや、話しかけてくることすらなかった。
第一夫人のエリザベスは人一倍私に厳しく、礼儀や態度について何度も叱責をされた。
それでも私は諦めなかった。
確かに周りに認められないことは本当に辛い。
しかしだからといって私が自分を見捨ててしまえば、自分にはもう誰もいなくなる。
どんなに辛い状況だろうと自分を信じることだけできれば、きっと人生は幸福に包まれる。
私はそう思って、日々を過ごしていた。
そうして時が経ち半年。
エリザベスの叱責も僅かに勢いを収めたころ、アイクが部屋の扉を叩いた。
「シーラ、お前に話しがある」
彼がこうして部屋を訪ねてくるのは初めてのことだったので、私は驚きつつも、扉を開けた。
アイクはうんざりしたような顔で、私に告げる。
「応接間まで来い。話はそこでする」
「……分かりました」
手早く支度をして自室を飛び出す。
壁に背をつけて待っていたアイクと共に応接間へ向かうと、中には眼鏡をかけた怪しそうな老人がソファに座っていた。
老人の向かいのソファに私とアイクが座ると、アイクが私を見て口を開く。
「お前を売ることにしたよ、シーラ」
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