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「え……」

庭の木の影に二人の男女がいた。
太い幹の影に隠れて庭からは見えないようだが、二階にいる私からは丸見えだった。
二人は手を繋ぎ、恋人のように微笑みを浮べていた。

男の方は、夫のエドワード。
女の方は侍女のロゼだった。

「は?」

私は足を止めて、二人の姿に目を奪われていた。
ロゼがそっとエドワードに顔を近づけて、優しくキスをする。
エドワードは拒む様子もなく、それを受け入れ、幸せそうに笑う。

「なにこれ……」

最近エドワードとはどこか距離を感じていた。
結婚当初の熱は冷めて、まるで他人のようになってしまったと悲しくなっていた。
しかし彼が不倫までしているとは微塵も考えていなかった。
待っていれば、いつか心は戻るだろうと楽観視していた。

「嘘よ……」

一旦は顔を背けるが、また戻してしまう。
二人は熱いキスを交わし、互いの背中に手を回していた。

ドクンドクンと心臓が嫌な音を立てていた。
頭が真っ白になり、ぐらんと視界が揺れた。
足の力が抜けて、私はその場に崩れ落ちる。
太陽が雲で隠れたのと同時に、私の両目から涙が溢れだした。

「そんな……そんなぁ……」

しばらく泣いていた。
助けの手が差し伸べられないことを自覚すると、私はおもむろに立ち上がった。
恐る恐る庭を見てみると、二人の姿は消えていた。
安心したような気持ちがせり上がるも、すぐに残酷な事実に踏みつぶされる。

エドワードとロゼは私を裏切ったのだ。
私は書庫に行くことも忘れて、自室に戻った。

……二人の関係を知ってから二週間が過ぎた。
依然気分は暗く沈んだままで、この闇から脱出するのは不可能に思えた。
窓辺の椅子に腰をかけて、小雨が降る外の景色を眺めていた。

「どうして私は……」

どうして私はここにいるのだろうか。
エドワードの妻として、彼と共に幸せな未来を送るはずだったのに。
それなのに、突きつけられたのは心無い現実。

散々泣いた後なのに、まだ涙が出てきそうになる。

と、天空を飛ぶ一羽の鳥が目に入る。
雨にも負けずに、自由に滑空するその姿を見ていると、ふと心がざわついた。

気づけば雨足が弱まっている。
どんよりとした雲の切れ目から、白い光が街に差し込めている。

曇り空が晴れていく瞬間だった。

街中が光で溢れ、奇跡とも呼べるほどに美しい光景だった。
私は思わず立ち上がり、すぐに決心を固めた。

考えるよりも先に体が動くとは、まさにこのこと。
部屋を飛び出した私は、エドワードの部屋まで走った。
扉をノックすることなく開けると、椅子に座って仕事の書類を見ていたエドワードが、驚いた顔を上げる。

「ベル……どうしたんだい、急に」

「離婚してください」

「……え?」

「離婚してくださいと言ったのです! あなたがロゼと関係をもっていることは知っているのですよ!」

エドワードは顔面蒼白になり、口を開けたまま停止した。
しかし程なくして「どうして」と呟くように言った。
私は勇敢な足取りで机へと近づくと、ドンと両手を置いた。
エドワードの体が微かに揺れて、恐ろしいものでも見るような目を私に向ける。

私は一呼吸を入れると、声に力を込めた。

「愛とは誠実であるべきものです。しかしあなたは侍女と不倫をしました。もう我慢は致しません。私と即刻離婚してください! もちろん、正当な額の慰謝料を請求させて頂きます!」
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