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五
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「エル……」
会場を去る彼女に、僕は何も言うことができなかった。
その小さい背中をじっと見つめることしかできなかった。
第三王子が聞いて呆れる。
自分への怒りで、どうかなってしまいそうだ。
「はぁ」
大きくためいきをつくと、幾分か気分はマシになった。
それと同時に、エルとの学園生活を思い出す。
ろくに話すことはなかった、あの日々を。
……第三王子として生を受けた僕は、生憎軍事には全く興味がなかった。
しかし勉強は大好きで、子供のころから兄たちよりも何倍も勉強に時間を費やした。
そして、そのおかげで、国でも一二を争う難関の貴族学園に入学を果たすことができた。
迎えた入学式。
校長の長い話を聞き終えた僕達は、各々の教室へと移動する。
指定された席につき担任の先生が来るのを待っていると、隣の女性が僕に話しかけてきた。
「オーウェン様ですよね」
横に顔を向けると、そこには白い長い髪の女性が座っていた。
儚い顔つきを見ていると、心臓が音を立てる。
「えっと……君は?」
「伯爵令嬢のエルと申します。以後お見知りおきを」
「そう……こちらこそよろしくねエル」
これが僕とエルの出会い。
この時の僕はまだ、自分の恋心に気づいていなかった。
入学後の席は翌月には変更された。
このクラスでは、月末に席を入れ替えるらしく、新鮮な気持ちで月の初旬を迎えるのだ。
他の生徒が浮ついた声を出すなか、僕は新しい席に座りため息をこぼした。
新しい僕の席は一番後ろの一番左。
対してエルの席は一番前の一番右だ。
つまり、対角線上に彼女が座っているということだ。
この頃には僕は自分がエルのことが好きだと気が付いていたので、席が離れてしまうのはとても残念だった。
隣の席だったよしみで話しかければいいのだが、変なプライドが邪魔してそれも出来ない。
本当につくづくこんな自分が嫌になる。
第三王子なのだし、もっと自信を持ってもいいはずなのに。
それからというもの、退屈な日々が続いた。
その理由は判然としていて、エルと話すことがすっかりなくなったからだ。
元から多弁に話していたわけではないが、完全にゼロになるとやはり悲しい。
彼女も彼女で、同姓の友人はいるみたいなので、わざわざ僕に話しかけてくることもない。
それから第一学年が終わるまで、僕達はろくに話すことなく学園生活を過ごした。
学年が上がりまた同じクラスになれるかと期待したが、残念ながらそれは叶わなかった。
遂には卒業まで同じクラスになることはなくて、気づいたら僕は学園を卒業していた。
心の中には未だにエルの笑顔が浮かんでいたが、僕は叶わない恋なのだとそれを諦めることにした。
「……諦めたはずだったんだけどな」
エルと再会を果たしたパーティーが終わり、自室の窓辺の椅子に座っていた。
窓から夜空を見上げて僕はぼそりと呟く。
「何か諦めたのですか?」
背後で部屋を掃除していた使用人が口を開いた。
どうやら彼女にも僕の声は聞こえていたらしい。
「ああ、ちょっとね」
彼女の方を振り向くことなくそう答える。
すると、明るい口調で彼女は言葉を返した。
「なら、また挑戦したらどうですか?」
「……え?」
「オーウェン様は頭脳明晰ですから、今度は上手くいくと思いますよ。それで失敗したらまた挑戦すればいいんです」
目から鱗とはまさにこのこと。
使用人の何気ない言葉が、じんわりと僕の胸に響いていく。
「ではお掃除終わりましたので失礼しますね」
「ああ……」
扉が閉まる音がした。
僕は椅子から立ち上がることができずに、鼓動の音を聞いていた。
それは次第にスピードを上げて、全身にエネルギーを送り始める。
「もう一度挑戦しよう」
僕は椅子から立ち上がった。
窓に映る薄い自分の顔は、とても誇らしげに見えた。
会場を去る彼女に、僕は何も言うことができなかった。
その小さい背中をじっと見つめることしかできなかった。
第三王子が聞いて呆れる。
自分への怒りで、どうかなってしまいそうだ。
「はぁ」
大きくためいきをつくと、幾分か気分はマシになった。
それと同時に、エルとの学園生活を思い出す。
ろくに話すことはなかった、あの日々を。
……第三王子として生を受けた僕は、生憎軍事には全く興味がなかった。
しかし勉強は大好きで、子供のころから兄たちよりも何倍も勉強に時間を費やした。
そして、そのおかげで、国でも一二を争う難関の貴族学園に入学を果たすことができた。
迎えた入学式。
校長の長い話を聞き終えた僕達は、各々の教室へと移動する。
指定された席につき担任の先生が来るのを待っていると、隣の女性が僕に話しかけてきた。
「オーウェン様ですよね」
横に顔を向けると、そこには白い長い髪の女性が座っていた。
儚い顔つきを見ていると、心臓が音を立てる。
「えっと……君は?」
「伯爵令嬢のエルと申します。以後お見知りおきを」
「そう……こちらこそよろしくねエル」
これが僕とエルの出会い。
この時の僕はまだ、自分の恋心に気づいていなかった。
入学後の席は翌月には変更された。
このクラスでは、月末に席を入れ替えるらしく、新鮮な気持ちで月の初旬を迎えるのだ。
他の生徒が浮ついた声を出すなか、僕は新しい席に座りため息をこぼした。
新しい僕の席は一番後ろの一番左。
対してエルの席は一番前の一番右だ。
つまり、対角線上に彼女が座っているということだ。
この頃には僕は自分がエルのことが好きだと気が付いていたので、席が離れてしまうのはとても残念だった。
隣の席だったよしみで話しかければいいのだが、変なプライドが邪魔してそれも出来ない。
本当につくづくこんな自分が嫌になる。
第三王子なのだし、もっと自信を持ってもいいはずなのに。
それからというもの、退屈な日々が続いた。
その理由は判然としていて、エルと話すことがすっかりなくなったからだ。
元から多弁に話していたわけではないが、完全にゼロになるとやはり悲しい。
彼女も彼女で、同姓の友人はいるみたいなので、わざわざ僕に話しかけてくることもない。
それから第一学年が終わるまで、僕達はろくに話すことなく学園生活を過ごした。
学年が上がりまた同じクラスになれるかと期待したが、残念ながらそれは叶わなかった。
遂には卒業まで同じクラスになることはなくて、気づいたら僕は学園を卒業していた。
心の中には未だにエルの笑顔が浮かんでいたが、僕は叶わない恋なのだとそれを諦めることにした。
「……諦めたはずだったんだけどな」
エルと再会を果たしたパーティーが終わり、自室の窓辺の椅子に座っていた。
窓から夜空を見上げて僕はぼそりと呟く。
「何か諦めたのですか?」
背後で部屋を掃除していた使用人が口を開いた。
どうやら彼女にも僕の声は聞こえていたらしい。
「ああ、ちょっとね」
彼女の方を振り向くことなくそう答える。
すると、明るい口調で彼女は言葉を返した。
「なら、また挑戦したらどうですか?」
「……え?」
「オーウェン様は頭脳明晰ですから、今度は上手くいくと思いますよ。それで失敗したらまた挑戦すればいいんです」
目から鱗とはまさにこのこと。
使用人の何気ない言葉が、じんわりと僕の胸に響いていく。
「ではお掃除終わりましたので失礼しますね」
「ああ……」
扉が閉まる音がした。
僕は椅子から立ち上がることができずに、鼓動の音を聞いていた。
それは次第にスピードを上げて、全身にエネルギーを送り始める。
「もう一度挑戦しよう」
僕は椅子から立ち上がった。
窓に映る薄い自分の顔は、とても誇らしげに見えた。
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