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父から縁談相手を告げられた時、内心がっかりした。
そんな僕の顔色を見て、父が眉間にしわを寄せる。

「なんだアレン。ノア嬢では不満か?」

「いえ、そういうわけではありませんが……」

僕と同じ貴族学園出身で、伯爵令嬢であるノア。
赤色の長い髪が特徴的な彼女は、正直言って、僕の好みの女性ではなかった。

父親が兵士だったとかなんとかで、彼女は幼少期よりあらゆる武術を身に着けたと聞く。
そのせいで体は女性にしてはごついし、目も獣のように鋭い。
そんな彼女を尊敬している男性も多くいると聞くが、生憎僕はその類ではない。

僕は、もっと大人しめの女性が好きなのだ。
草原にさりげなく咲く青い花のような女性が好きなのだ。

「何だ、言いたいことがあるなら言ってみろ」

父は明らかに不機嫌なようだった。
これ以上怒らせるわけにもいかずに、僕は苦笑を浮かべる。

「いいえ何もありません。ノアとの結婚が楽しみです」

こうして僕はノアと結婚した。


……しかしすぐに後悔した。
元々ノアのことは好みではないため、そんな彼女と過ごす日常は苦痛そのものだった。

できるだけ家にいないようにして、連日のように街を練り歩いた。
ノアはそんな僕に何も言わずに、いつも笑顔を浮かべて帰りを喜んでくれた。
少しだけ罪悪感が心に走るも、僕はそれを見て見ぬふりをした。

そんな日々が続き、僕はその日、とあるパーティーに参加していた。
公爵家が主催のパーティーで、屋敷の大広間を使い催されていた。
僕はそこで出会ってしまった。
運命の相手に。

「あの……お名前を聞いてもよろしいですか?」

彼女は会場の隅に大人しく佇んでいた。
艶のある黒い髪を肩まで垂らし、目は少しだけ影を帯びていた。

「男爵令嬢のララと申します」

「そうか……ララというのか……僕はアレン。伯爵令息のアレンだ」

まさに僕の理想の女性そのものだった。
凛とした静かな声で、彼女は返答をする。

「アレン様ですね。お名前はよくお聞きします。学者に引けを取らない優秀な頭脳をお持ちのお方だと……」

「いや、そんなとんでもないよ……僕なんて」

ははっと苦笑するが、彼女は一向に笑おうとはしない。
真剣に僕を見つめていた。
彼女の黒い瞳に吸い込まれそうになる。

「アレン様はご自分に自信がないようですが、私はちゃんと分かっていますよ。アレン様が誰よりも素敵な男性だって」

そこでやっと彼女は頬を赤らめて笑う。
瞬間、胸が激しく締め付けられた。
それが恋だと理解するのに時間は必要なかった。

「ララ。君が欲しい」

気づいたら僕はそう呟いていた。
彼女は笑みをたたえたまま頷く。

「私もあなたが欲しいです」

こうして僕はララと関係を持った。
ノアに感じていた微小な罪悪感なんて、吹き飛んでしまい、僕はララとの不倫関係を楽しんだ。

彼女と過ごす日々は、天国のようだった。
この幸せが永遠に続けばいいと心から願った。

ノアと結婚して一年と少し。
僕がいつものように森の泉へ行くと、ララは珍しく猫なで声で言う。

「ねえアレン様。そろそろノアさんと離婚して私と一緒になりませんか?」

いつかはそんな日が来ると思っていた。
ノアを捨て、ララと正式に結ばれる日が。

「ああ。もちろんだよ」

不安はないと言えばうそになる。
ノアと離婚することになれば、両親は激怒するに違いない。
しかしそれを差し引いても、ララへの愛が圧倒的に勝っていた。

「ララ。次のパーティーでノアに離婚を宣言するよ」

僕はそう言うと、ララを堅く抱きしめる。
彼女が僕の胸に頭をうずめて、嬉しそうな声をあげる。

「ありがとうございます。アレン様」

それから二週間後。
僕はノアを連れてパーティー会場へ足を運んでいた。
ノアをその場で待たせると、会場の隅にいたララを連れてくる。

そして僕は、ついにノアに言い放った。

「ノア。お前とは離婚させてもらう」

「それはこちらのセリフです。あなたを只今から断罪致します」

……は?
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