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馬車の中には重たい空気が流れていた。
夏の暑い日に部屋を閉め切ったような閉塞感の中、無情にも馬車は進んでいく。
森に近づいたところで、モンタナが口を開いた。

「ノア様。本当によろしいですね?」

彼女の話では、昼過ぎである今の時間、アレンは森の泉近くで不倫をしているらしい。

「ええ」

私は短く答えるも、彼女の瞳を見返すことはできなかった。


森に入り馬車が停まる。
どうやら馬が通れるのはここまでらしい。

「行きましょう」

モンタナが躊躇することなく扉を開けた。
私がゆっくりと馬車から降りると、彼女は扉を閉めた。

そこは森の入り口だった。
左右に広がる森林の中央には、人の手によって整備された少し狭めの道が広がっていて、背の高い木々の影で道が暗くなっていた。

「私が先導致します」

モンタナが入り口に立ち私に振り返る。
私が頷くと、彼女は歩きだした。


「そこの木の影にたぬきがいます。お気をつけください」

「え……」

モンタナに指をさされた木を見ると、たぬきが警戒するようにこちらを睨んでいた。

森の中に入るのは子供の時以来だった。
父による訓練の一環で、キャンプをしたのだが、あまりいい思い出ではない。
元々こういう場所は苦手で、用がない限り来たくはないのだ。

虫も苦手だし、動物も苦手だ。
今はまだ昼間だからそれらの数も多くはないようだが、夜にはもっと不気味になるだろう。
こんな場所でよくアレンは不倫ができたものだ。
今更になっておかしなところに感心してしまう。

「そろそろですよ、ノア様」

モンタナの声に緊張が滲んでいた。
それに呼応するように、私は体を強張らせた。
額を汗が伝い、体温が上昇してくる。

「止まってください」

モンタナの動きが止まる。
顔だけ私の方へ向けると、合図をするように頷いた。

「あそこにいます」

ごくりと唾を呑み込んで、おそるおそるモンタナの向こうに目を向ける。
そこは開けた場所になっていて、綺麗な泉が半分ほどの面積を埋めていた。
近くに二人の男女がいて、すぐに男の方が夫のアレンだと分かる。

「うそ……」

聞いたいたこととはいえ、実際に見るとショックだった。
アレンと大人しそうな女は、抱き合い、唇を重ねた。
まるで恋人のようにその周囲には幸せな空気が流れていた。

心臓がナイフでさされたように痛んだ。

「ごめんモンタナ。もう無理」

それ以上二人の行為を見続けることはできなかった。
私は踵を返して、歩き出していた。

「ノア様」

後ろからモンタナが追ってくるのが分かった。
しかし私を止めることはしないみたいで、ただついてくるだけだった。

しばらく歩いたはずなのに、全然森の入り口に戻ることができなかった。
涙が両目から流れ視界が滲み、足元の状態がよく分からなかった。

しかし、私は歩を止めることなく、一生懸命に歩いた。

やっと森から出た。
私は乱雑に馬車の扉を開けると、乗り込んだ。
すぐにモンタナも乗り込み、やがて馬車が出発する。

「ノア様。大変申し訳ありませんでした。やはりお見せするのはやめておいた方が……」

「いいの」

低い声だった。
馬車のガタゴトという走る音が妙に耳をざわつかせる。

「私の方こそごめんなさい。行くって決めたのは私なのに」

「そんな! ノア様は悪くありません!」

「ありがとう」

モンタナに顔を向けて苦笑する。
彼女はすぐに悲しそうな顔になり、俯いた。
私も同じように俯いていると、彼女がぼそりという。

「もし私が……だったら……」

「何か言った?」

「いえ。何でもありません」

「そう」

暗く重たい帰路では、それ以上の会話を紡ぐことは不可能だった。
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