上 下
4 / 5

しおりを挟む
私の前世は女科学者だった。
特に機械工学に強くて、ありとあらゆる機械の設計図を日夜書いていた。
大学の頃は天才大学生ともてはやされ、就職した後も力を存分に発揮した。
私の名前は業界内でどんどん有名になり、メディアからの取材も日に日に増えていった。

しかし二十六歳のある日。
私はふいに自分の人生がこれでいいのか迷い始めた。
確かに機械の設計図を書くのは好きだし、自分の天職だと思う。
そのはずなのに、心にはぽっかりと穴が空いたような気分になった。

「私は一体何を求めているのだろう?」

鏡の自分に問いかけても答えは返ってこなくて、時間の経過と共に、私の気分は堕落していった。

そんな曖昧な生き方をしていたのだから、信号無視をするトラックに気が付かなかった。
私の煌びやかな生涯は一瞬で幕を閉じた。


「アリア様。お待たせいたしました」

ロイと離婚した後、私は王宮の応接間に足を運んでいた。
ソファで待つこと数分、執事が扉を開けて私に言った。
開け放たれた扉から、大柄な男……この国の国王様が入ってくる。
後ろには数人の屈強な護衛の兵士を連れていた。

私はバッと立ち上がると、その場に片膝をついた。

「よいよい。楽にしろ」

国王が愉快な声でそう言った。

「しかし私は平凡な伯爵令嬢の身。国王様の前でそのような態度を取る訳には……」

「なら国王としてお前に命令を下そう。今すぐ立ち上がり、ソファに再び腰を下ろすのだ。いいか、これは命令だぞ」

命令ならば仕方ない。
私は苦笑を浮かべると、立ち上がり、ソファに腰をおろした。
国王は少年のようにニカっと笑うと、向かいのソファに座る。
その後ろに護衛兵が綺麗に整列をした。

「アリア。えっと何だったか……ロ……」

「ロイです」

「ああそうだったロイだ。あいつとは上手く離婚はできたのか?」

私は安堵したように小さく頷く。

「はい。完全に離婚を致しました。慰謝料は取ることができませんでしたが、結果的には満足しております」

「そうか。それならよい」

そう言うと国王は、テーブルに置かれたグラスに手を伸ばした。
湖の水のように澄んだ酒がそこには注がれていて、国王がぐいっと一杯口に入れる。

「ふぅ……今は辛い時期かもしれんが、お前にピッタリな男はすぐに現れるだろう。なんなら私の倅のどれかを紹介してやろうか?」

「い、いえ! 恐れ多いです!」

慌てて早口に言うと、国王ががははっと笑う。

「そうかそうか。まあ考えておいてくれ。一応な」

挨拶が適度に済んだところで、国王は話題を変えるように咳ばらいをする。
応接間の空気が変わり、緊張で心臓がきゅっと縮まる。

「お前がこの前進言してきた機械というものだが……半年もあれば実現は可能だそうだ」

「え……ほ、本当ですか?」

「ああ。とりあえずは王宮所有の田畑で使った後に、志願した貴族たちにも売るつもりだ」

「そうですか。よかった……」

ロイと離婚する少し前。
前世の記憶を思い出した私は、その時の知識を何とか使えないかと考えていた。
そしてこの国に機会を広めることを思いついた。

幸か不幸か、この国……いや、この世界にはまだ機械というものがあまり流通していない。
写真を撮るカメラはあるものの、未だに農作業は全てて作業だし、建築も同様で効率が非常に悪い。

それを解消できるだろう機械の設計図は完璧に頭に入っているし、材料も知り尽くしている。
最悪、材料さえ確保できれば私でも作れる。
実際作っていた時もあったし。

ダメ元で王宮に設計図を持っていってみた所、ちょうど居合わせた国王の目に留まり、王宮専属の科学者に渡されることになったのだ。

「それとだアリア。お前に一つ提案があるのだが」

「提案ですか? 何でしょう?」

「王宮専属の科学者になって欲しい」

思いもよらない言葉に私は絶句をした。
国王は苦笑すると、自慢の黒い髭を指でこする。

「科学者のやつらもお前に会いたいと言っておってな。どうだ? 嫌なら別に断ってくれても構わないが」

「いえ! 喜んでお受けいたします! 私も話してみたいと思っていたのです!」

感情が高ぶり、思わずソファから立ち上がる。
びっくりしたように国王は目を見開いた。

「おおそうか。じゃあそのようにあいつらにも伝えておこう。これからよろしく頼むぞアリア」

「はい! こちらこそよろしくお願い致します!」

……国王が去った後も、私はその場から動けずにいた。
設計図が採用されれば、きっと多少なりとも報酬を貰えるとは思っていたが、まさか王宮の科学者になれるとは思ってもみなかった。

「アリア様。馬車までお見送り致します」

執事の初老の男性が私に笑いかける。
彼について応接間を出ると、長い廊下を歩いた。

本当に不思議な気分だった。
前世では自分の人生に疑問を持ち、大好きな機械工学を捨てようとさえ思っていたのに、今ではそれに没頭したいという想いが溢れてくる。

この先の人生にはどんな奇跡が待っているのか。
迫る奇跡を掴めないほど、今の私は臆病ではないだろう。
それだけは判然としていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】浮気されても「婚約破棄はできない」と笑われましたが、プロポーズの返事は納得のいく形にしようと思います!

入魚ひえん
恋愛
「俺は君の侍女とデートすることにしたよ」 王宮で開催された夜会で、エルーシャは婚約者から浮気宣言をされた。 今回だけではない。婚約してからずっと、彼はエルーシャに不誠実だった。 彼は別れたいわけではない。むしろエルーシャの気を引こうとして、幼稚な行動を繰り返す愚かな男だった。 そしてふたりの婚約は、このような事態になる前に王家の仲介で取り決められている。そのため誓約さえ守れば婚約破棄はできないと、婚約者は高をくくっていたが……。 「それなら、私も自由にさせてもらうわ」 「えっ!?」 「では失礼します」 彼はまだ気づいていない。 エルーシャがプロポーズの返事をすると決めた、その意味を。 これは「今ならやり直せると思う」と勘違いしている愚かな男に向かって、主人公がプロポーズの返事をすることで、待ち望んでいた結末をつかんで幸せになるお話です。 *** 閲覧ありがとうございます、完結しました! ご都合主義のゆるゆる設定。会話多めでサクサク読めます。お気軽にどうぞ~。 23/3/25◆HOT女性向けランキング3位◆恋愛ランキング6位◆ いつもありがとうございます!

お前は要らない、ですか。そうですか、分かりました。では私は去りますね。あ、私、こう見えても人気があるので、次の相手もすぐに見つかりますよ。

四季
恋愛
お前は要らない、ですか。 そうですか、分かりました。 では私は去りますね。

最初から間違っていたんですよ

わらびもち
恋愛
二人の門出を祝う晴れの日に、彼は別の女性の手を取った。 花嫁を置き去りにして駆け落ちする花婿。 でも不思議、どうしてそれで幸せになれると思ったの……?

私を棄てて選んだその妹ですが、継母の私生児なので持参金ないんです。今更ぐだぐだ言われても、私、他人なので。

百谷シカ
恋愛
「やったわ! 私がお姉様に勝てるなんて奇跡よ!!」 妹のパンジーに悪気はない。この子は継母の連れ子。父親が誰かはわからない。 でも、父はそれでいいと思っていた。 母は早くに病死してしまったし、今ここに愛があれば、パンジーの出自は問わないと。 同等の教育、平等の愛。私たちは、血は繋がらずとも、まあ悪くない姉妹だった。 この日までは。 「すまないね、ラモーナ。僕はパンジーを愛してしまったんだ」 婚約者ジェフリーに棄てられた。 父はパンジーの結婚を許した。但し、心を凍らせて。 「どういう事だい!? なぜ持参金が出ないんだよ!!」 「その子はお父様の実子ではないと、あなたも承知の上でしょう?」 「なんて無礼なんだ! 君たち親子は破滅だ!!」 2ヶ月後、私は王立図書館でひとりの男性と出会った。 王様より科学の研究を任された侯爵令息シオドリック・ダッシュウッド博士。 「ラモーナ・スコールズ。私の妻になってほしい」 運命の恋だった。 ================================= (他エブリスタ様に投稿・エブリスタ様にて佳作受賞作品)

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

「貴女、いい加減クトルフ様から離れてくださらないかしら」婚約者の幼馴染み女からそんなことを言われたのですが……?

四季
恋愛
「貴女、いい加減クトルフ様から離れてくださらないかしら」 婚約者の幼馴染み女からそんなことを言われたのですが……?

【完結】「今日から私は好きに生きます! 殿下、美しくなった私を見て婚約破棄したことを後悔しても遅いですよ!」

まほりろ
恋愛
婚約者に浮気され公衆の面前で婚約破棄されました。 やったーー! これで誰に咎められることなく、好きな服が着れるわ! 髪を黒く染めるのも、瞳が黒く見える眼鏡をかけるのも、黒か茶色の地味なドレスを着るのも今日で終わりよーー! 今まで私は元婚約者(王太子)の母親(王妃)の命令で、地味な格好をすることを強要されてきた。 ですが王太子との婚約は今日付けで破棄されました。 これで王妃様の理不尽な命令に従う必要はありませんね。 ―――翌日―――  あら殿下? 本来の姿の私に見惚れているようですね。 今さら寄りを戻そうなどと言われても、迷惑ですわ。 だって私にはもう……。 ※他サイトにも投稿しています。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

処理中です...