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私の前世は女科学者だった。
特に機械工学に強くて、ありとあらゆる機械の設計図を日夜書いていた。
大学の頃は天才大学生ともてはやされ、就職した後も力を存分に発揮した。
私の名前は業界内でどんどん有名になり、メディアからの取材も日に日に増えていった。
しかし二十六歳のある日。
私はふいに自分の人生がこれでいいのか迷い始めた。
確かに機械の設計図を書くのは好きだし、自分の天職だと思う。
そのはずなのに、心にはぽっかりと穴が空いたような気分になった。
「私は一体何を求めているのだろう?」
鏡の自分に問いかけても答えは返ってこなくて、時間の経過と共に、私の気分は堕落していった。
そんな曖昧な生き方をしていたのだから、信号無視をするトラックに気が付かなかった。
私の煌びやかな生涯は一瞬で幕を閉じた。
「アリア様。お待たせいたしました」
ロイと離婚した後、私は王宮の応接間に足を運んでいた。
ソファで待つこと数分、執事が扉を開けて私に言った。
開け放たれた扉から、大柄な男……この国の国王様が入ってくる。
後ろには数人の屈強な護衛の兵士を連れていた。
私はバッと立ち上がると、その場に片膝をついた。
「よいよい。楽にしろ」
国王が愉快な声でそう言った。
「しかし私は平凡な伯爵令嬢の身。国王様の前でそのような態度を取る訳には……」
「なら国王としてお前に命令を下そう。今すぐ立ち上がり、ソファに再び腰を下ろすのだ。いいか、これは命令だぞ」
命令ならば仕方ない。
私は苦笑を浮かべると、立ち上がり、ソファに腰をおろした。
国王は少年のようにニカっと笑うと、向かいのソファに座る。
その後ろに護衛兵が綺麗に整列をした。
「アリア。えっと何だったか……ロ……」
「ロイです」
「ああそうだったロイだ。あいつとは上手く離婚はできたのか?」
私は安堵したように小さく頷く。
「はい。完全に離婚を致しました。慰謝料は取ることができませんでしたが、結果的には満足しております」
「そうか。それならよい」
そう言うと国王は、テーブルに置かれたグラスに手を伸ばした。
湖の水のように澄んだ酒がそこには注がれていて、国王がぐいっと一杯口に入れる。
「ふぅ……今は辛い時期かもしれんが、お前にピッタリな男はすぐに現れるだろう。なんなら私の倅のどれかを紹介してやろうか?」
「い、いえ! 恐れ多いです!」
慌てて早口に言うと、国王ががははっと笑う。
「そうかそうか。まあ考えておいてくれ。一応な」
挨拶が適度に済んだところで、国王は話題を変えるように咳ばらいをする。
応接間の空気が変わり、緊張で心臓がきゅっと縮まる。
「お前がこの前進言してきた機械というものだが……半年もあれば実現は可能だそうだ」
「え……ほ、本当ですか?」
「ああ。とりあえずは王宮所有の田畑で使った後に、志願した貴族たちにも売るつもりだ」
「そうですか。よかった……」
ロイと離婚する少し前。
前世の記憶を思い出した私は、その時の知識を何とか使えないかと考えていた。
そしてこの国に機会を広めることを思いついた。
幸か不幸か、この国……いや、この世界にはまだ機械というものがあまり流通していない。
写真を撮るカメラはあるものの、未だに農作業は全てて作業だし、建築も同様で効率が非常に悪い。
それを解消できるだろう機械の設計図は完璧に頭に入っているし、材料も知り尽くしている。
最悪、材料さえ確保できれば私でも作れる。
実際作っていた時もあったし。
ダメ元で王宮に設計図を持っていってみた所、ちょうど居合わせた国王の目に留まり、王宮専属の科学者に渡されることになったのだ。
「それとだアリア。お前に一つ提案があるのだが」
「提案ですか? 何でしょう?」
「王宮専属の科学者になって欲しい」
思いもよらない言葉に私は絶句をした。
国王は苦笑すると、自慢の黒い髭を指でこする。
「科学者のやつらもお前に会いたいと言っておってな。どうだ? 嫌なら別に断ってくれても構わないが」
「いえ! 喜んでお受けいたします! 私も話してみたいと思っていたのです!」
感情が高ぶり、思わずソファから立ち上がる。
びっくりしたように国王は目を見開いた。
「おおそうか。じゃあそのようにあいつらにも伝えておこう。これからよろしく頼むぞアリア」
「はい! こちらこそよろしくお願い致します!」
……国王が去った後も、私はその場から動けずにいた。
設計図が採用されれば、きっと多少なりとも報酬を貰えるとは思っていたが、まさか王宮の科学者になれるとは思ってもみなかった。
「アリア様。馬車までお見送り致します」
執事の初老の男性が私に笑いかける。
彼について応接間を出ると、長い廊下を歩いた。
本当に不思議な気分だった。
前世では自分の人生に疑問を持ち、大好きな機械工学を捨てようとさえ思っていたのに、今ではそれに没頭したいという想いが溢れてくる。
この先の人生にはどんな奇跡が待っているのか。
迫る奇跡を掴めないほど、今の私は臆病ではないだろう。
それだけは判然としていた。
特に機械工学に強くて、ありとあらゆる機械の設計図を日夜書いていた。
大学の頃は天才大学生ともてはやされ、就職した後も力を存分に発揮した。
私の名前は業界内でどんどん有名になり、メディアからの取材も日に日に増えていった。
しかし二十六歳のある日。
私はふいに自分の人生がこれでいいのか迷い始めた。
確かに機械の設計図を書くのは好きだし、自分の天職だと思う。
そのはずなのに、心にはぽっかりと穴が空いたような気分になった。
「私は一体何を求めているのだろう?」
鏡の自分に問いかけても答えは返ってこなくて、時間の経過と共に、私の気分は堕落していった。
そんな曖昧な生き方をしていたのだから、信号無視をするトラックに気が付かなかった。
私の煌びやかな生涯は一瞬で幕を閉じた。
「アリア様。お待たせいたしました」
ロイと離婚した後、私は王宮の応接間に足を運んでいた。
ソファで待つこと数分、執事が扉を開けて私に言った。
開け放たれた扉から、大柄な男……この国の国王様が入ってくる。
後ろには数人の屈強な護衛の兵士を連れていた。
私はバッと立ち上がると、その場に片膝をついた。
「よいよい。楽にしろ」
国王が愉快な声でそう言った。
「しかし私は平凡な伯爵令嬢の身。国王様の前でそのような態度を取る訳には……」
「なら国王としてお前に命令を下そう。今すぐ立ち上がり、ソファに再び腰を下ろすのだ。いいか、これは命令だぞ」
命令ならば仕方ない。
私は苦笑を浮かべると、立ち上がり、ソファに腰をおろした。
国王は少年のようにニカっと笑うと、向かいのソファに座る。
その後ろに護衛兵が綺麗に整列をした。
「アリア。えっと何だったか……ロ……」
「ロイです」
「ああそうだったロイだ。あいつとは上手く離婚はできたのか?」
私は安堵したように小さく頷く。
「はい。完全に離婚を致しました。慰謝料は取ることができませんでしたが、結果的には満足しております」
「そうか。それならよい」
そう言うと国王は、テーブルに置かれたグラスに手を伸ばした。
湖の水のように澄んだ酒がそこには注がれていて、国王がぐいっと一杯口に入れる。
「ふぅ……今は辛い時期かもしれんが、お前にピッタリな男はすぐに現れるだろう。なんなら私の倅のどれかを紹介してやろうか?」
「い、いえ! 恐れ多いです!」
慌てて早口に言うと、国王ががははっと笑う。
「そうかそうか。まあ考えておいてくれ。一応な」
挨拶が適度に済んだところで、国王は話題を変えるように咳ばらいをする。
応接間の空気が変わり、緊張で心臓がきゅっと縮まる。
「お前がこの前進言してきた機械というものだが……半年もあれば実現は可能だそうだ」
「え……ほ、本当ですか?」
「ああ。とりあえずは王宮所有の田畑で使った後に、志願した貴族たちにも売るつもりだ」
「そうですか。よかった……」
ロイと離婚する少し前。
前世の記憶を思い出した私は、その時の知識を何とか使えないかと考えていた。
そしてこの国に機会を広めることを思いついた。
幸か不幸か、この国……いや、この世界にはまだ機械というものがあまり流通していない。
写真を撮るカメラはあるものの、未だに農作業は全てて作業だし、建築も同様で効率が非常に悪い。
それを解消できるだろう機械の設計図は完璧に頭に入っているし、材料も知り尽くしている。
最悪、材料さえ確保できれば私でも作れる。
実際作っていた時もあったし。
ダメ元で王宮に設計図を持っていってみた所、ちょうど居合わせた国王の目に留まり、王宮専属の科学者に渡されることになったのだ。
「それとだアリア。お前に一つ提案があるのだが」
「提案ですか? 何でしょう?」
「王宮専属の科学者になって欲しい」
思いもよらない言葉に私は絶句をした。
国王は苦笑すると、自慢の黒い髭を指でこする。
「科学者のやつらもお前に会いたいと言っておってな。どうだ? 嫌なら別に断ってくれても構わないが」
「いえ! 喜んでお受けいたします! 私も話してみたいと思っていたのです!」
感情が高ぶり、思わずソファから立ち上がる。
びっくりしたように国王は目を見開いた。
「おおそうか。じゃあそのようにあいつらにも伝えておこう。これからよろしく頼むぞアリア」
「はい! こちらこそよろしくお願い致します!」
……国王が去った後も、私はその場から動けずにいた。
設計図が採用されれば、きっと多少なりとも報酬を貰えるとは思っていたが、まさか王宮の科学者になれるとは思ってもみなかった。
「アリア様。馬車までお見送り致します」
執事の初老の男性が私に笑いかける。
彼について応接間を出ると、長い廊下を歩いた。
本当に不思議な気分だった。
前世では自分の人生に疑問を持ち、大好きな機械工学を捨てようとさえ思っていたのに、今ではそれに没頭したいという想いが溢れてくる。
この先の人生にはどんな奇跡が待っているのか。
迫る奇跡を掴めないほど、今の私は臆病ではないだろう。
それだけは判然としていた。
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