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手に持った写真に火をつける。
煌々と輝く炎が写真を包み込み、やがて全てを灰と塵に変えた。

「もう全部捨てるわね」

私はぽつりと呟くと部屋を後にした。

廊下を歩きながら、今までの半年間を振り返る。
嫌悪と希望に満ちた、日々を。

前世の記憶が戻って以降も、私はロイからないがしろにされる日々が続いていた。
相変わらず、彼はメイドのマーガレットを優先したいようで、二人は一日中一緒にいるようになった。

やがてマーガレットがまるでロイの妻であるかのような振る舞いをするようになり、私にメイドの仕事の全てを押し付け始めた。
ロイもそれがいいと手を打って、完全に妻の座は乗っ取られてしまった。

しかし、それでも私は悲しむことは一切なかった。
心には泥のような嫌悪感が広がっていたが、悲しいという感情は湧きおこらなかったのだ。

その理由は単純明快。
もうロイのことなんて、微塵も好きではなかったのだ。

端正な顔立ちは醜く黒ずんで見えて、キラキラであるはずの金色の髪もくすんで見えた。
今まで彼のことをかっこいい男性だと思っていたのは、良い妻でいなければいけないという足枷が生んだ、勝手な妄想だったのだろう。

それから半年間、私は大人しい妻を演じていた。
前世の記憶を頼りに、ある計画を立てて、王宮という絶大な後ろ盾を得たことは誰にも秘密だ。

もちろんロイとマーガレットにもバレていない。
二人は私のことなんて見えていないという風に生活をしているし、事実、全然見ていない。
すれ違った時に馬鹿にするように笑うだけで、それ以外は話しかけてなどこないのだ。

「それも今日で終わるのね」

この半年間を振り返った時、目の前にはロイの書斎があった。
中から愉し気に話す声が聞こえてくる。
どうやらマーガレットがまたここに入り浸っているようだ。
私は扉をノックすると、口を開いた。

「ロイ。話があるの」

少し遅れて「入れ」という不機嫌そうな声が聞こえてくる。
扉を開けると、椅子に座り腕を組んでいるロイの姿が目に入った。
その隣にはマーガレットが不敵な笑みを浮べて、立っていた。

「何の用だ? 僕は忙しいのだが」

ロイはそう言うと、近くにあった紙を手に取る。
仕事の業績が書かれた紙だ。
彼は人材派遣の商会を設立していて、人手が必要な農業を中心に顧客を増やしていた。
商会は軌道に乗り、ここ数年は黒字続きだと聞く。

「さっきまでマーガレットと話していたわよね。とても忙しそうには思えなかったけれど」

皮肉を込めるように言ってみると、案の定ロイの顔が歪む。

「ふん、随分と生意気なことを言うようになったな。そんなことを言う前に、任せた仕事は終わったのか? えっと、庭の草むしりだったか?」

「ふふっ!」

マーガレットが口に手を当てて高らかに笑う。
ロイも笑い声を漏らして、楽しそうに手を叩く。
私は一人真面目な顔で、返答をする。

「草むしりじゃなくて洗濯よ。安心して、もうそれは終わらせてあるから」

「ふん」

ロイは鼻をならすと「で、用件は?」とどうでもいいように言葉を飛ばす。
私は小さく頷くと、腕を組んだ。

「ロイ。私と離婚してください」

「……は?」

ロイが虚を突かれたように口をぽかんとあける。
しかしすぐに苦笑すると、マーガレットをチラチラ見ながら愉快な声をあげる。

「僕と離婚? 聞いたかマーガレット。ついにこいつはおかしくなってしまったようだ。そんなことできるはずもないのにな」

「ふふ、そうですねロイ様」

そう返答をしたマーガレットだが、表情はどこか嬉しそう。
彼女にしてみれば、私という存在が邪魔なので、離婚してくれた方が好都合なのだ。
しかし政略結婚を一人のメイドでどうにかするのは不可能なので、きっとこの時はずっと待っていたに違いない。

もちろんそんな彼女のために離婚をするのではない。
私は、私のために離婚をするのだ。
幸せな未来のために。

「おいおいアリア。君は大丈夫か? 医者でも呼ぶか?」

「その必要はないわ。私はいたって正常よ。それに、もう両家の許可は取ってあるの」

「はい?」

ロイが首を右に傾げて、眉間にしわを寄せる。

「僕に無断でそんなことをしたのか」

「言ったら応援してくれたのかしら?」

「……」

ロイは静かに椅子から立ち上がると、獣のように私を睨みつけた。
だが、次の瞬間、ふっと顔から緊張が解けて、柔和な表情になる。

「離婚を認めよう。前々から離婚をしたいとは思っていたからな、僕にとっても好都合だ。さっさと家を出ていってくれ」

「ええ、明日にでも出ていくつもりよ」

結局の所、ロイは離婚に対しての反論を怖れていただけなのだ。
だから今まで私と離婚をしなかったのだ。

「じゃあそれだけだから。さようなら」

「ああちょっと待て」

書斎を出ていこうとする私を呼び止めるロイ。

「離婚は認めるが、もう僕には一切近づいてくるなよ。お前の顔なんて見たくないんだから」

「もちろん。あなたも近づいてこないでね」

「当たり前だ。そんなことをするくらいなら、死刑になってやる」

言ったわね。
心の中で私は満面の笑みを浮かべると、今度こそ書斎を後にした。
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