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「彼と別れてもらえますか?」

高圧的に腕組をしたメイドのマーガレットは、私に堂々と言い放った。

「はい?」

おそらく彼女が言う彼とは、私の夫のロイ。
二年前に政略結婚をした、同じ伯爵家の令息だ。
端正な顔立ちに金色の美しい髪はたくさんの女性の気を引いていて、結婚が決まった時は、思わずガッツポーズをしてしまった。
こんなに素晴らしい人が結婚相手になるなんて、夢みたいだと思っていた。

「聞こえませんでしたか? 彼……ロイ様と別れてくださいと言ったのです」

昼食後の眠たい時間。
マーガレットに応接間に呼び出され向かうと、待っていたのはこんな現状。
生憎眠気は吹き飛んでしまい、モヤモヤとした気分が心に広がる。

「失礼。あまりにも突飛な言葉だったから信じられなくて」

「はい?」

マーガレットの幼さの残る顔が歪んだ。
一般的な茶色の髪を肩で切りそろえ、大人しい印象を普段から与えている彼女。
しかし今の彼女の瞳には、紛れもなく、敵を睨むような黒い感情が潜んでいた。

「でも、どうやら噂は本当だったみたいね」

ロイの屋敷に移り住んで一年が経ち、ある噂が立った。
それはロイとメイドのマーガレットが男女の仲になっているというものだった。

決定的な行為を目撃した者はいないものの、二人が手を繋いでいたところや、二人で街に繰り出していたところが目撃されていて、噂は濃厚を極めていた。

もちろんその噂を受けて不安になった私は、ロイを問いただした。
しかし返ってきたのは『彼女とは何もない』という淡白な言葉。
一旦はそれを信じたものの、度々ロイとマーガレットが親密にしている姿を目撃してしまい、再び問いただした。

『彼女とは何もない』機械人形のようにロイはそれしか言わず、しかし今度は眉間にしわを寄せていた。

その日からロイは私よりマーガレットを優先するようになった。
私との約束はすっぽかし、マーガレットとの交流会という名目の何かに変わる。
誕生日プレゼントはマーガレットに横流しされて、時にメイドの仕事を押し付けられたこともある。

そんな日々にも何とか耐えながらここまで過ごしてきたのだ。
これが結婚の実態なのだと、自分を騙しながら。


「噂は間違いですよ?」

凄惨な過去を思い出していると、マーガレットの冷たい声に我に返る。
彼女は微かに口角を上げると、あざとく首をかしげた。

「誰が言ったか知りませんが、私はロイ様とは何の関係もありません。ただ、ロイ様にはあなたのような傲慢で腹黒な女性は似合わないと思ったので、別れてくださいとお願いしているのです。ロイ様のためを思うなら、さっさと離婚してくださいませんかぁ?」

ああ、なるほどね。
伯爵家の私にただのメイドがここまで強気に出るのだから、相当な後ろ盾があるはずよね。
十中八九ロイと繋がっているわね。

そう思った私はため息をついた。

「私は別に傲慢でも腹黒でもないわ。それにロイとの結婚は政略結婚なの。私たちの意志だけじゃ離婚するなんて無理なの。許可を取らないといけない人がたくさんいるの。学のないあなたには分からないでしょうけれど」

「は?」

あらごめんなさい。
少し言いすぎたわね。
そんな心の声を体現するかのように、苦笑してみせる。
しかしそれはマーガレットには逆効果だったようで、彼女は顔は更に歪みを見せた。

「アリア様。いいからさっさと別れろと言っているんです。納得しない人がいるなら、自分の体でも使って許可を取ったらいかがですか?」

「ごめんなさい、私はどこかの誰かみたいに尻軽な女ではないの。それに、そんなことで許可をもらえるほど世の中甘くないわよ」

「な……!」

マーガレットが悔しさを滲ませるように、歯ぎしりをする。
そんな彼女の様相から、無鉄砲さが十分に読み取れる。
ちょっと反論されただけで黙ってしまうのだから、きっと何も考えていないのね。

しかしこの場をどう収めたものだろうか。
マーガレットに何を言ったところで、意味なんてないように思えるし、かといって離婚を承諾することもできない。
一番の解決策はマーガレットがロイから身を引いてくれることだけど、それも無理よね、こんなに目が血走っているもの。

いっそのこと離婚に全力を注ごうかしら。
私の両親は何とか説得できるかもしれないけれど、ロイの両親が難解ね。
貴族の中でも特段厳しいって評判だものね。

うまく離婚できたとしても、ロイはマーガレットとくっつくだろう。
そうなったらなったで、すごくモヤモヤする。
せめてロイとマーガレットは断罪しておきたいところね。
それなら本当に文句はないわ。

思索を巡らせていると、背後で扉の開く音がした。
マーガレットの顔がぱっと変化し、意中の男性を見つけた時のように明るくなる。

「アリア。お前は何をやっているんだ?」

もう何回も聞いた声。
少し聞いただけでも、その声の主が一発で分かる。
うんざりするような気持ちになりながら振り返ると、そこには夫のロイが立っていた。
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