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三
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セレスの浮気を知り一か月が経過していた。
私はそれを突き詰められないまま、淡々とした日々を過ごしていた。
あの日のように窓際の椅子に座り、昼過ぎの晴れた街並みを眺めていた。
「はぁ……」
思わずこぼれたため息は重くて、体まで深海の底へと沈んでしまいそうだった。
私は気分を変えるため、首を横に振ると立ち上がった。
そのまま姿見で軽く髪型を確かめて、自室を飛び出した。
……馬車はぐんぐん大通りを走っていき、やがて洋服店の前で停車した。
私はのろのろと馬車の扉を開けると、人がまばらな通りへと足を踏み出す。
服でも見て気分を変えようと来たものの、服を買いたいわけではないので、店の前で立ち止まった。
本当に私が欲しいものはここにはないのだろう。
それが分かっているからか、なかなか店内に入る気力がわいてこない。
とうとう諦めた私は、身を反転させて、馬車へ戻り始めた。
その時だった。
「あれ、ライラかい?」
背後からどこか懐かしいような男の声が聞こえた。
ゆっくりと振り向くと、そこには綺麗な青い髪の男性が立っていた。
「やっぱり。ライラだよね?」
「えっと……」
どこかで見たような顔立ちの青年をじっと見つめ、記憶の海を探っていく。
程なくして適当な人物が見つかり、私は驚きに目を大きく見開いた。
「あ……もしかして……ルートなの!?」
彼は苦笑すると、頷いた。
「ああ。久しぶりだねライラ。十年振りかな」
……コーヒーハウスという最近できたばかりのお店の中は、まだまだ人が少なくて、話しやすいと思った。
緊張気味の女性の店員に奥のテーブル席へと案内された私たちは、ソファに向かい合って腰を下ろす。
「あの、ご、ご注文は何になさいますか?」
店員が紙とペンを手に、私たちに聞いてくる。
ルートがさっとメニューを見渡して、「アイスコーヒーでいいかな?」と私に顔を向けた。
私が頷くと、彼は店員にアイスコーヒーを二つ注文する。
店員が駆けていくと、ルートが店内に目を走らせながら口を開く。
「この店、いいだろ? コーヒーを専門に扱っているお店なんだ。まだ出来たばかりで皆に知られていない、穴場スポットさ」
「こんなところがあるなんて知らなかった。是非、また来るわ」
「ああ。是非」
ルートは目を細めると、昔を懐かしむように言葉を続ける。
「僕がこの街から引っ越して、十年。まさかまた君に会えるなんて思ってもみなかったよ」
「それは私もよ。ご両親のお仕事はもういいの?」
「うん、僕は次男だから両親の後を継がなくてもいい。両親を説得するのは大変だったけれど、自分の意志でこの街に戻ってこられて嬉しいよ」
ルートは私の幼少期の友人だった。
両親の仕事の都合で違う街へと引っ越してしまい、それからは一度も会っていない。
「……ライラ、今どうしているんだい?」
「私は……結婚したの。公爵令息のセレスという方と」
「え……」
一瞬ルートは驚いたような顔をして、すぐに顔に微笑みを浮かべた。
「そうか。良かったねライラ」
「……ううん。全然」
ついこぼれた言葉をかき消すように、店員がアイスコーヒーを二つ持ってくる。
テーブルに置いて彼女が去ると、ルートが口を開く。
「何かあったのかい?」
声に真剣さが感じられた。
私の身を案じてくれていることがひしひしと伝わってくる。
どうしようか。
微かなためらいが心の中を彷徨っていた。
セレスとの不仲、浮気のことを彼に言っても良いのだろうか。
何かが変わるのだろうか。
「できれば話してほしい」
久しぶりに優しい声で話しかけられた気がした。
セレスとでは考えられないような出来事だった。
「いいの?」
消え入るようにそう言うと、ルートは大きく頷いた。
思わず涙が溢れそうになり、何とか堪える。
私はアイスコーヒーを一口飲むと、今までのことを語り始めた。
……全部話し終わるまで、ルートは黙って聞いてくれた。
「そうか。辛かったねライラ」
本当に不思議な気分だった。
自分の惨めさを再確認したはずなのに、どこか心は穏やかで、すっきりとした気持ちになっていた。
こんなことなら、もっと早くに誰かに話していればよかったのかもしれない。
ただ、そんな気分も束の間、すぐに絶望感が襲ってくる。
結局のところ私には幸せな未来などないのだと思えてくる。
「ライラ。次は僕の話を聞いてもらってもいいかな?」
そんな私を助けるように、ルートははなしを始めた。
私はそれを突き詰められないまま、淡々とした日々を過ごしていた。
あの日のように窓際の椅子に座り、昼過ぎの晴れた街並みを眺めていた。
「はぁ……」
思わずこぼれたため息は重くて、体まで深海の底へと沈んでしまいそうだった。
私は気分を変えるため、首を横に振ると立ち上がった。
そのまま姿見で軽く髪型を確かめて、自室を飛び出した。
……馬車はぐんぐん大通りを走っていき、やがて洋服店の前で停車した。
私はのろのろと馬車の扉を開けると、人がまばらな通りへと足を踏み出す。
服でも見て気分を変えようと来たものの、服を買いたいわけではないので、店の前で立ち止まった。
本当に私が欲しいものはここにはないのだろう。
それが分かっているからか、なかなか店内に入る気力がわいてこない。
とうとう諦めた私は、身を反転させて、馬車へ戻り始めた。
その時だった。
「あれ、ライラかい?」
背後からどこか懐かしいような男の声が聞こえた。
ゆっくりと振り向くと、そこには綺麗な青い髪の男性が立っていた。
「やっぱり。ライラだよね?」
「えっと……」
どこかで見たような顔立ちの青年をじっと見つめ、記憶の海を探っていく。
程なくして適当な人物が見つかり、私は驚きに目を大きく見開いた。
「あ……もしかして……ルートなの!?」
彼は苦笑すると、頷いた。
「ああ。久しぶりだねライラ。十年振りかな」
……コーヒーハウスという最近できたばかりのお店の中は、まだまだ人が少なくて、話しやすいと思った。
緊張気味の女性の店員に奥のテーブル席へと案内された私たちは、ソファに向かい合って腰を下ろす。
「あの、ご、ご注文は何になさいますか?」
店員が紙とペンを手に、私たちに聞いてくる。
ルートがさっとメニューを見渡して、「アイスコーヒーでいいかな?」と私に顔を向けた。
私が頷くと、彼は店員にアイスコーヒーを二つ注文する。
店員が駆けていくと、ルートが店内に目を走らせながら口を開く。
「この店、いいだろ? コーヒーを専門に扱っているお店なんだ。まだ出来たばかりで皆に知られていない、穴場スポットさ」
「こんなところがあるなんて知らなかった。是非、また来るわ」
「ああ。是非」
ルートは目を細めると、昔を懐かしむように言葉を続ける。
「僕がこの街から引っ越して、十年。まさかまた君に会えるなんて思ってもみなかったよ」
「それは私もよ。ご両親のお仕事はもういいの?」
「うん、僕は次男だから両親の後を継がなくてもいい。両親を説得するのは大変だったけれど、自分の意志でこの街に戻ってこられて嬉しいよ」
ルートは私の幼少期の友人だった。
両親の仕事の都合で違う街へと引っ越してしまい、それからは一度も会っていない。
「……ライラ、今どうしているんだい?」
「私は……結婚したの。公爵令息のセレスという方と」
「え……」
一瞬ルートは驚いたような顔をして、すぐに顔に微笑みを浮かべた。
「そうか。良かったねライラ」
「……ううん。全然」
ついこぼれた言葉をかき消すように、店員がアイスコーヒーを二つ持ってくる。
テーブルに置いて彼女が去ると、ルートが口を開く。
「何かあったのかい?」
声に真剣さが感じられた。
私の身を案じてくれていることがひしひしと伝わってくる。
どうしようか。
微かなためらいが心の中を彷徨っていた。
セレスとの不仲、浮気のことを彼に言っても良いのだろうか。
何かが変わるのだろうか。
「できれば話してほしい」
久しぶりに優しい声で話しかけられた気がした。
セレスとでは考えられないような出来事だった。
「いいの?」
消え入るようにそう言うと、ルートは大きく頷いた。
思わず涙が溢れそうになり、何とか堪える。
私はアイスコーヒーを一口飲むと、今までのことを語り始めた。
……全部話し終わるまで、ルートは黙って聞いてくれた。
「そうか。辛かったねライラ」
本当に不思議な気分だった。
自分の惨めさを再確認したはずなのに、どこか心は穏やかで、すっきりとした気持ちになっていた。
こんなことなら、もっと早くに誰かに話していればよかったのかもしれない。
ただ、そんな気分も束の間、すぐに絶望感が襲ってくる。
結局のところ私には幸せな未来などないのだと思えてくる。
「ライラ。次は僕の話を聞いてもらってもいいかな?」
そんな私を助けるように、ルートははなしを始めた。
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