愛されなくても構いません

hana

文字の大きさ
上 下
3 / 6

しおりを挟む
セレスの浮気を知り一か月が経過していた。
私はそれを突き詰められないまま、淡々とした日々を過ごしていた。
あの日のように窓際の椅子に座り、昼過ぎの晴れた街並みを眺めていた。

「はぁ……」

思わずこぼれたため息は重くて、体まで深海の底へと沈んでしまいそうだった。
私は気分を変えるため、首を横に振ると立ち上がった。
そのまま姿見で軽く髪型を確かめて、自室を飛び出した。

……馬車はぐんぐん大通りを走っていき、やがて洋服店の前で停車した。
私はのろのろと馬車の扉を開けると、人がまばらな通りへと足を踏み出す。
服でも見て気分を変えようと来たものの、服を買いたいわけではないので、店の前で立ち止まった。

本当に私が欲しいものはここにはないのだろう。
それが分かっているからか、なかなか店内に入る気力がわいてこない。
とうとう諦めた私は、身を反転させて、馬車へ戻り始めた。
その時だった。

「あれ、ライラかい?」

背後からどこか懐かしいような男の声が聞こえた。
ゆっくりと振り向くと、そこには綺麗な青い髪の男性が立っていた。

「やっぱり。ライラだよね?」

「えっと……」

どこかで見たような顔立ちの青年をじっと見つめ、記憶の海を探っていく。
程なくして適当な人物が見つかり、私は驚きに目を大きく見開いた。

「あ……もしかして……ルートなの!?」

彼は苦笑すると、頷いた。

「ああ。久しぶりだねライラ。十年振りかな」


……コーヒーハウスという最近できたばかりのお店の中は、まだまだ人が少なくて、話しやすいと思った。
緊張気味の女性の店員に奥のテーブル席へと案内された私たちは、ソファに向かい合って腰を下ろす。

「あの、ご、ご注文は何になさいますか?」

店員が紙とペンを手に、私たちに聞いてくる。
ルートがさっとメニューを見渡して、「アイスコーヒーでいいかな?」と私に顔を向けた。
私が頷くと、彼は店員にアイスコーヒーを二つ注文する。

店員が駆けていくと、ルートが店内に目を走らせながら口を開く。

「この店、いいだろ? コーヒーを専門に扱っているお店なんだ。まだ出来たばかりで皆に知られていない、穴場スポットさ」

「こんなところがあるなんて知らなかった。是非、また来るわ」

「ああ。是非」

ルートは目を細めると、昔を懐かしむように言葉を続ける。

「僕がこの街から引っ越して、十年。まさかまた君に会えるなんて思ってもみなかったよ」

「それは私もよ。ご両親のお仕事はもういいの?」

「うん、僕は次男だから両親の後を継がなくてもいい。両親を説得するのは大変だったけれど、自分の意志でこの街に戻ってこられて嬉しいよ」

ルートは私の幼少期の友人だった。
両親の仕事の都合で違う街へと引っ越してしまい、それからは一度も会っていない。

「……ライラ、今どうしているんだい?」

「私は……結婚したの。公爵令息のセレスという方と」

「え……」

一瞬ルートは驚いたような顔をして、すぐに顔に微笑みを浮かべた。

「そうか。良かったねライラ」

「……ううん。全然」

ついこぼれた言葉をかき消すように、店員がアイスコーヒーを二つ持ってくる。
テーブルに置いて彼女が去ると、ルートが口を開く。

「何かあったのかい?」

声に真剣さが感じられた。
私の身を案じてくれていることがひしひしと伝わってくる。

どうしようか。
微かなためらいが心の中を彷徨っていた。
セレスとの不仲、浮気のことを彼に言っても良いのだろうか。
何かが変わるのだろうか。

「できれば話してほしい」

久しぶりに優しい声で話しかけられた気がした。
セレスとでは考えられないような出来事だった。

「いいの?」

消え入るようにそう言うと、ルートは大きく頷いた。
思わず涙が溢れそうになり、何とか堪える。
私はアイスコーヒーを一口飲むと、今までのことを語り始めた。

……全部話し終わるまで、ルートは黙って聞いてくれた。

「そうか。辛かったねライラ」

本当に不思議な気分だった。
自分の惨めさを再確認したはずなのに、どこか心は穏やかで、すっきりとした気持ちになっていた。
こんなことなら、もっと早くに誰かに話していればよかったのかもしれない。

ただ、そんな気分も束の間、すぐに絶望感が襲ってくる。
結局のところ私には幸せな未来などないのだと思えてくる。

「ライラ。次は僕の話を聞いてもらってもいいかな?」

そんな私を助けるように、ルートははなしを始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

完結 冗談で済ますつもりでしょうが、そうはいきません。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の幼馴染はいつもわがまま放題。それを放置する。 結婚式でもやらかして私の挙式はメチャクチャに 「ほんの冗談さ」と王子は軽くあしらうが、そこに一人の男性が現れて……

〖完結〗愛しているから、あなたを愛していないフリをします。

藍川みいな
恋愛
ずっと大好きだった幼なじみの侯爵令息、ウォルシュ様。そんなウォルシュ様から、結婚をして欲しいと言われました。 但し、条件付きで。 「子を産めれば誰でもよかったのだが、やっぱり俺の事を分かってくれている君に頼みたい。愛のない結婚をしてくれ。」 彼は、私の気持ちを知りません。もしも、私が彼を愛している事を知られてしまったら捨てられてしまう。 だから、私は全力であなたを愛していないフリをします。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全7話で完結になります。

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

貴方にはもう何も期待しません〜夫は唯の同居人〜

きんのたまご
恋愛
夫に何かを期待するから裏切られた気持ちになるの。 もう期待しなければ裏切られる事も無い。

処理中です...