【R15】裏稼業男爵に飼われるは元殺し屋の黒メイド

こむらともあさ

文字の大きさ
上 下
4 / 12

3.5

しおりを挟む


 そんな私へ、殿下はニコリと笑いかける。
 やはり、ただ面白がっているだけなような気もする。

「では、みんな今夜は楽しんでいってくれ。ミハエル、後はよろしく頼む」

 右手を軽く上げ、会場から出て行く殿下に頭を下げる。
 ご主人様は殿下を見送ると、私と向き合った。

「私はウェズリ伯爵と話をしてくる」

 頷くと、伯爵は私へ軽く会釈をし、2人でテラスの方へと姿を消した。
 数秒合った視線からは、何の感情も読めなかった。

 私が父親を殺したこと、聞いてないはずがない。本当に何も思ってないのか…それとも感情を隠しているのか。

 不思議に思いながらも、情報収集をしなければと周りを見回す。
 足を踏み出す前に、女性たちに囲まれ、値踏するように、頭から足先を視線が舐め回してくる。

 はっきり言って、不快。

「ねぇ貴女、どこのご令嬢? バイパー男爵とはどちらでお会いになったの?」

 そもそも私は令嬢では無いし、ご主人様との出会いも人にペラペラと話せるものでは無い。
 はてさて、どう答えるべきか。

「一度も声を聞けていないのだけど、もしかして貴女…喋れないの?」

 真正面で蔑むように口端を上げ、見下ろしてくるこの令嬢は、確か…侯爵家の方で、殿下と懇意にされている家ではない。

 挨拶も自己紹介もせず、取り巻きと一緒に1人を囲んで質問責めとは、礼儀がなっていない。

「申し訳ありません。…リタ・シールズ侯爵令嬢ともあろうお方が、こんなにも無礼なのだと驚いてしまって」

 リタ嬢はじわじわと顔を赤くしていくと同時に、可愛らしい丸い目と綺麗に整えられた眉が吊り上がる。

「なんっですって!? 侯爵令嬢の私に対してその態度、貴女の方が無礼でしょう!? なんで貴女みたいな得体の知れない人が、ミハエル様と一緒にいるのよ!!」

 甲高い声が劈き、私はわざとらしく手のひらで両耳を塞ぐ。
 初対面で私に対しての敵視と、ご主人様への名前呼び。懸想しているようだ。

「お父様にどれだけお願いしても、私はバイパー男爵に近づけないというのに!」

 シールズ侯爵は、ご主人様に近づきたくはないと。

 悪巧みをしている貴族を、殿下の元で粛清しているというご主人様の噂は広まっているようだし、そんなバイパー男爵に娘を近づけたがらないということは、そういうことかもしれない。
 調べてみる価値はある。

「どこの誰だか知らないけれど、リタ様をこんなに怒らせて、タダで済むと思っているの?」

 他人の不幸が楽しくて仕方ないといった風に、ニマニマと不躾な態度でそう言ってのける取り巻きたちひとりひとりの顔を、記憶する。

 伯爵、子爵、男爵…良い所のご令嬢たちは、さぞ両親に甘やかされているのね。
 自分より身分が低いと判断すれば、こんな横柄な態度を取るなんて、殿下が一掃したくなる気持ちもよく分かる。

 この感じだと、自分の家が何をしているのかも知っていなさそうだし、彼女たちからは大した情報は聞き出せないだろう。
 どうこの場を抜けようか。

 金切り声を右から左に聞き流しつつ思案していると、軽く肩を後ろへ引かれる。

「ご令嬢方、アリスの相手をしてくれてありがとうございます。私たちの用は済みましたし、これで失礼いたします」

 ご主人様が笑みを貼り付け、彼女たちから私の姿を隠すように立つ。
 大きく見える背中に、少し、肩の力が抜けた。

 令嬢たちは態度をコロッと変え、リタ嬢を真ん中に、瞳を潤ませ上目遣いでご主人様を見上げている。

「久しぶりにお会いできたというのに、もうお帰りになられるのですか。せめて私と一曲、ダンスを」

「お恥ずかしながら、ダンスは不得手でして。私のような者が、貴女の小さく綺麗な足を傷つけるわけにはいきません」

 リタ嬢が言い切る前に、気づかれない程度の早口で社交辞令を言っているご主人様を冷静に観察すれば、早く帰りたいという雰囲気を簡単に汲み取れる。
 だが、この場のご令嬢たちはご主人様の言葉をそのまま受け取って見惚れている。

「では帰ろうか。アリス」

 ご主人様が左腕と脇に少しの隙間を作り、私がそこへ腕を通すと、リタ嬢に睨みつけられたが、知ったことではない。

 ご主人様の感情の機微を察せない時点で、貴女は婚約者候補にすらならない。

 出口の方へと踵を返し歩き始めると、慌てたように駆ける眼鏡の男性とすれ違う。

「リタ、婚約者の僕を放ってフラフラしないでくれ。少しは自分の立場を──」

 後ろをチラリと見ると、彼はリタ嬢へ何やら言っているが、彼女はツンっとそっぽを向いて、私たちとは反対の方向へ歩き出した。

 リタ嬢の婚約者は、アル・ジェルダム侯爵子息か。様子を見るに、リタ嬢は納得していない、親同士が決めた婚約のようだ。

 シールズ侯爵家とジェルダム侯爵家か…2つの家が組めば、王家の目を掻い潜って悪さをするなんて、簡単だろう。
 探ってみる価値はあるかもしれない。

 ご主人様に手を引かれ馬車へ乗り込み、リタ嬢とのやりとりを全て伝えると、苦労かけたなと、苦笑いされた。
 その労いと表情だけで私の疲れは吹っ飛びます。

「取り囲まれていたので、他の方々の情報はあまり得られなかったのですが、早々に帰って良かったのですか?」

 小首を傾げていると、文字のびっしり書かれた紙切れが渡される。
 そこには、パーティーに招待されていた王太子殿下と懇意にしていない貴族たちの名前が記されていた。

「あの場にいた貴族たちの顔と名前さえ分かっていれば、こちらで調べればいい」

 私は受け取った紙切れに並ぶ名前を記憶しながら、瞬きする。

「殿下はわざわざパーティーなど開かなくとも、名簿を送ってくだされば手間は掛からなかったのでは…」

 ご主人様は肩を落とし、大きくため息をついた。

「本気で私とウェズリ伯爵の伴侶探しも兼ねたかったようだ」

 ウェズリ伯爵はご主人様より少し年下だったはず。未だ、お相手がいらっしゃらないのか。

「ご主人様も良いご年齢ですし、ご結婚を考えなければならないのは確かですね」

 殿下も言っていた通り、ご主人様には女性の影が全く無い。使用人として、婚約者探しも始めるべきかしら。

 口元へ手を当てて思案していると、ご主人様は眉間に深く皺を寄せていた。

「私にはアリスがいればそれでいい。相手を探そうなどと、無駄な事は考えるなよ」

 私がいればいいというのは、私としては最高の褒め言葉でございます。心の中では踊り狂っております、ご主人様。

「しかし、私はあくまで使用人です。バイパー家の存続の為にも」

「殿下が私を気に入り、戴いた名と爵位だ。別に後世に残そうなんて思ってない」

 ご主人様が私の言葉に被せるように、そこまで言うのなら、これ以上進言することはない。この話は、ご主人様にとって地雷なのかもしれない。

 彼のお子様のお世話をしたいなど、我儘な願望は、胸の奥に閉まっておこう。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

そこでしか話せない

上野たすく
ライト文芸
エブリスタ様にて公開させていただいているお話です。 葛西智也はある夜、喫茶店で不思議な出会いをする。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

余命-24h

安崎依代@『絶華の契り』1/31発売決定
ライト文芸
【書籍化しました! 好評発売中!!】 『砂状病(さじょうびょう)』もしくは『失踪病』。 致死率100パーセント、病に気付くのは死んだ後。 罹患した人間に自覚症状はなく、ある日突然、体が砂のように崩れて消える。 検体が残らず自覚症状のある患者も発見されないため、感染ルートの特定も、特効薬の開発もされていない。 全世界で症例が報告されているが、何分死体が残らないため、正確な症例数は特定されていない。 世界はこの病にじわじわと確実に侵食されつつあったが、現実味のない話を受け止めきれない人々は、知識はあるがどこか遠い話としてこの病気を受け入れつつあった。 この病には、罹患した人間とその周囲だけが知っている、ある大きな特徴があった。 『発症して体が崩れたのち、24時間だけ、生前と同じ姿で、己が望んだ場所で行動することができる』 あなたは、人生が終わってしまった後に残された24時間で、誰と、どこで、何を成しますか? 砂になって消えた人々が、余命『マイナス』24時間で紡ぐ、最期の最後の物語。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

【R15】メイド・イン・ヘブン

あおみなみ
ライト文芸
「私はここしか知らないけれど、多分ここは天国だと思う」 ミステリアスな美青年「ナル」と、恋人の「ベル」。 年の差カップルには、大きな秘密があった。

処理中です...