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しおりを挟むそんな私へ、殿下はニコリと笑いかける。
やはり、ただ面白がっているだけなような気もする。
「では、みんな今夜は楽しんでいってくれ。ミハエル、後はよろしく頼む」
右手を軽く上げ、会場から出て行く殿下に頭を下げる。
ご主人様は殿下を見送ると、私と向き合った。
「私はウェズリ伯爵と話をしてくる」
頷くと、伯爵は私へ軽く会釈をし、2人でテラスの方へと姿を消した。
数秒合った視線からは、何の感情も読めなかった。
私が父親を殺したこと、聞いてないはずがない。本当に何も思ってないのか…それとも感情を隠しているのか。
不思議に思いながらも、情報収集をしなければと周りを見回す。
足を踏み出す前に、女性たちに囲まれ、値踏するように、頭から足先を視線が舐め回してくる。
はっきり言って、不快。
「ねぇ貴女、どこのご令嬢? バイパー男爵とはどちらでお会いになったの?」
そもそも私は令嬢では無いし、ご主人様との出会いも人にペラペラと話せるものでは無い。
はてさて、どう答えるべきか。
「一度も声を聞けていないのだけど、もしかして貴女…喋れないの?」
真正面で蔑むように口端を上げ、見下ろしてくるこの令嬢は、確か…侯爵家の方で、殿下と懇意にされている家ではない。
挨拶も自己紹介もせず、取り巻きと一緒に1人を囲んで質問責めとは、礼儀がなっていない。
「申し訳ありません。…リタ・シールズ侯爵令嬢ともあろうお方が、こんなにも無礼なのだと驚いてしまって」
リタ嬢はじわじわと顔を赤くしていくと同時に、可愛らしい丸い目と綺麗に整えられた眉が吊り上がる。
「なんっですって!? 侯爵令嬢の私に対してその態度、貴女の方が無礼でしょう!? なんで貴女みたいな得体の知れない人が、ミハエル様と一緒にいるのよ!!」
甲高い声が劈き、私はわざとらしく手のひらで両耳を塞ぐ。
初対面で私に対しての敵視と、ご主人様への名前呼び。懸想しているようだ。
「お父様にどれだけお願いしても、私はバイパー男爵に近づけないというのに!」
シールズ侯爵は、ご主人様に近づきたくはないと。
悪巧みをしている貴族を、殿下の元で粛清しているというご主人様の噂は広まっているようだし、そんなバイパー男爵に娘を近づけたがらないということは、そういうことかもしれない。
調べてみる価値はある。
「どこの誰だか知らないけれど、リタ様をこんなに怒らせて、タダで済むと思っているの?」
他人の不幸が楽しくて仕方ないといった風に、ニマニマと不躾な態度でそう言ってのける取り巻きたちひとりひとりの顔を、記憶する。
伯爵、子爵、男爵…良い所のご令嬢たちは、さぞ両親に甘やかされているのね。
自分より身分が低いと判断すれば、こんな横柄な態度を取るなんて、殿下が一掃したくなる気持ちもよく分かる。
この感じだと、自分の家が何をしているのかも知っていなさそうだし、彼女たちからは大した情報は聞き出せないだろう。
どうこの場を抜けようか。
金切り声を右から左に聞き流しつつ思案していると、軽く肩を後ろへ引かれる。
「ご令嬢方、アリスの相手をしてくれてありがとうございます。私たちの用は済みましたし、これで失礼いたします」
ご主人様が笑みを貼り付け、彼女たちから私の姿を隠すように立つ。
大きく見える背中に、少し、肩の力が抜けた。
令嬢たちは態度をコロッと変え、リタ嬢を真ん中に、瞳を潤ませ上目遣いでご主人様を見上げている。
「久しぶりにお会いできたというのに、もうお帰りになられるのですか。せめて私と一曲、ダンスを」
「お恥ずかしながら、ダンスは不得手でして。私のような者が、貴女の小さく綺麗な足を傷つけるわけにはいきません」
リタ嬢が言い切る前に、気づかれない程度の早口で社交辞令を言っているご主人様を冷静に観察すれば、早く帰りたいという雰囲気を簡単に汲み取れる。
だが、この場のご令嬢たちはご主人様の言葉をそのまま受け取って見惚れている。
「では帰ろうか。アリス」
ご主人様が左腕と脇に少しの隙間を作り、私がそこへ腕を通すと、リタ嬢に睨みつけられたが、知ったことではない。
ご主人様の感情の機微を察せない時点で、貴女は婚約者候補にすらならない。
出口の方へと踵を返し歩き始めると、慌てたように駆ける眼鏡の男性とすれ違う。
「リタ、婚約者の僕を放ってフラフラしないでくれ。少しは自分の立場を──」
後ろをチラリと見ると、彼はリタ嬢へ何やら言っているが、彼女はツンっとそっぽを向いて、私たちとは反対の方向へ歩き出した。
リタ嬢の婚約者は、アル・ジェルダム侯爵子息か。様子を見るに、リタ嬢は納得していない、親同士が決めた婚約のようだ。
シールズ侯爵家とジェルダム侯爵家か…2つの家が組めば、王家の目を掻い潜って悪さをするなんて、簡単だろう。
探ってみる価値はあるかもしれない。
ご主人様に手を引かれ馬車へ乗り込み、リタ嬢とのやりとりを全て伝えると、苦労かけたなと、苦笑いされた。
その労いと表情だけで私の疲れは吹っ飛びます。
「取り囲まれていたので、他の方々の情報はあまり得られなかったのですが、早々に帰って良かったのですか?」
小首を傾げていると、文字のびっしり書かれた紙切れが渡される。
そこには、パーティーに招待されていた王太子殿下と懇意にしていない貴族たちの名前が記されていた。
「あの場にいた貴族たちの顔と名前さえ分かっていれば、こちらで調べればいい」
私は受け取った紙切れに並ぶ名前を記憶しながら、瞬きする。
「殿下はわざわざパーティーなど開かなくとも、名簿を送ってくだされば手間は掛からなかったのでは…」
ご主人様は肩を落とし、大きくため息をついた。
「本気で私とウェズリ伯爵の伴侶探しも兼ねたかったようだ」
ウェズリ伯爵はご主人様より少し年下だったはず。未だ、お相手がいらっしゃらないのか。
「ご主人様も良いご年齢ですし、ご結婚を考えなければならないのは確かですね」
殿下も言っていた通り、ご主人様には女性の影が全く無い。使用人として、婚約者探しも始めるべきかしら。
口元へ手を当てて思案していると、ご主人様は眉間に深く皺を寄せていた。
「私にはアリスがいればそれでいい。相手を探そうなどと、無駄な事は考えるなよ」
私がいればいいというのは、私としては最高の褒め言葉でございます。心の中では踊り狂っております、ご主人様。
「しかし、私はあくまで使用人です。バイパー家の存続の為にも」
「殿下が私を気に入り、戴いた名と爵位だ。別に後世に残そうなんて思ってない」
ご主人様が私の言葉に被せるように、そこまで言うのなら、これ以上進言することはない。この話は、ご主人様にとって地雷なのかもしれない。
彼のお子様のお世話をしたいなど、我儘な願望は、胸の奥に閉まっておこう。
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