【R15】裏稼業男爵に飼われるは元殺し屋の黒メイド

こむらともあさ

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 王宮の大広間は夜だというのに、真昼のように明るく、招待された貴族たちは煌びやかに着飾り、本音をひた隠すように笑みを貼り付けている。

 なぜ私までもが王太子主催のパーティーに、ご主人様のパートナーとして出席しなくてはならないのか。
 使用人としてあるまじきことでは。

 ガラス扉に映る自分の姿は、普段の私とは別人のようだ。

 猫目を強調するようにアイラインをはっきりと引き、目尻には赤いアイシャドウを乗せ、それに合わせた赤いリップが唇を彩っている。

 黒いドレスは細身のラインにピッタリと沿い、膝下でふわりと広がるマーメイド型で、足の甲から足首を紐で固定された少し高めのヒールサンダル。

 会ったことのある人間でも、私だと気づかないかもしれない。

 頭ひとつ分より少し上にあるご主人様の横顔を盗み見ると、蕩けた赤茶の瞳がこちらへと向けられた。

「ドレスを纏うアリスをエスコートできる日が来るなんて、夢みたいだ」

 ご主人様が最初に持ってきたドレスは露出が多すぎて拒否したのだが、満足そうで良かった。

「ごしゅ…ミハエル様の好みに合わせられず、首元まで隠してしまっていますが、よろしかったのですか」

 危なかった。この場で私はパートナー。
 貴族たちは目敏い。呼び方ひとつで周りに怪しまれてしまう。
 気をつけないと。

「アリスが着るものだ。私の好みなんて関係ない。こんなにも似合っているしな」

 ご主人様が流れるような動作で、彼の腕に絡めていた私の右手の甲へキスをする。
 ウインクまで添えた甘い表情に、周りの女性たちが感嘆の吐息を漏らした。

 パーティー会場へ足を踏み入れてから、他の貴族たちからの視線や、コソコソと何やら話している声が纏わり付き、ご主人様の噂がかなり広がっていることがわかる。

 王太子殿下の命令で悪さをする貴族を粛清するバイパー男爵。要約すればその様な言葉が聞こえてくる。

 まあ、そんなことより──

「殿下はミハエル様お1人での参加で構わないと仰っていたのに…何故私まで」

 扇で口元を隠しながら小さくぼやいたのだが、ご主人様の耳は微かな呟きも聞き逃してくれない。

「パーティーに独りで参加するということは、結婚相手を探していると言っているようなものだ。女性に囲まれるのは煩わしくて仕方ない」

 確かに、ご主人様は変態趣味さえ無ければ見目は整っているし、男爵といえども貴族だ。
 引くて数多だろう。しかし、

「結婚適齢期なのですから、お相手を見つけるいい機会ではありませんか?」

 小首を傾げながら見つめると、ご主人様の笑みが、わずかに引き攣ったように見えた。

 私は何かおかしなことを言っただろうか?

「ミハエル、招待に応じてくれてありがとう。よく来てくれた」

 何とも言えない空気を破るように、王太子殿下が手を振りながら声をかけてきて、見知らぬ男性を連れていた。
 細い狐目は吊り上がっているが、眉尻は戸惑うように垂れていて、気弱そうに見える。

「ラウド・ウェズリ伯爵だ。次の仕事は彼と君に頼もうと思っている。伯爵となって初仕事だから、信頼のおけるミハエルに任せたい」

 紹介されたウェズリ伯爵は、品のある微笑みをたたえる殿下の隣に一歩出て、こちらへと軽く頭を下げた。

「この度、父の後を継ぎ伯爵位を頂戴いたしました、ラウド・ウェズリです。バイパー男爵には、父の件だけでなく、未熟な私のせいでお手を煩わせてしまい、申し訳ありません」

 どうやら伯爵は、実父の死の真相について知っているようだが、その瞳に敵意は欠片もない。
 とんだボンクラ貴族だった父親だ。息子にも見放されていたのか。

「ミハエル・バイパーです。お父上の事はなんと言っていいのか…。引き継ぎ等で大変でしょう。私で力になれることでしたら、何なりとお申し付けください」

 右手を胸に当て軽く頭を下げるご主人様に倣って、会釈をしながら横をチラリと見ると、他の貴族と同じような作り笑顔のご主人様に、様になるなぁと見惚れてしまう。

 ずっと見ていられる。

「ところで、殿下。男爵の私が伯爵様へお教えできる事とは何でしょう」

 顎に軽く手を添え、首を傾げるご主人様の耳元に殿下は口を寄せ、声の大きさをかなり絞って話を続ける。

「公爵か、伯爵か…高位貴族が野盗を集めて小銭稼ぎをしているらしい。正体を突き止めるなら、伯爵位のラウドが居た方が動きやすいだろう」

「…誰か分かれば、その後はいつも通りに?」

「複数で手を組んでいる可能性もある。全員を把握次第、手を下す前に報告をしろ。ラウドには既に簡単な説明はしている。頼んだぞ、ミハエル」

 殿下は、軽くご主人様の肩をポンと叩く。

 これは、ウェズリ伯爵を監視し、信頼できるかどうかも判断しろということだ。

 相変わらず、人使いの荒い方だ。

 小さく息を吐き、周りでコソコソと何やら噂している貴族たちを見回す。

 殿下が招待したこの人々が疑わしいのだろう。中には、目眩しの為にか、全く関わりのない人も呼ばれているようだけど…。

 殿下と懇意にしている、もしくは多少の信頼を得ている貴族がそうだろう。だとしたら、それ以外を徹底的に調べ上げなければ。

 これはまた、羽振の良さそうな貴族ばかりで、胸焼けがする。

 彼らの給金で、あのような華美なドレスや宝石、アクセサリーが買えるとは思えない。誰も彼も、叩けば埃が出そうだ。
 殿下は、悪行を一掃しようとお考えなのだろうか。

 ご主人様が了承すると、殿下は一歩下がり、にっこりと笑みを作った。

「ミハエルが女性を連れてくるとは思わなかった。どなたかな?」

 待ってましたと言わんばかりにご主人様は私の肩を柔く掴み、身体を密着させる。
 突然の動作に驚き、横を見上げると、ゆるゆるに緩んだ表情のご主人様。

 可愛らしい。

「私の恋人、アリスです」

 惚けていたが、その言葉に私はピシリと硬直する。

 今、ご主人様は何と? コイビト…?

 殿下は笑いを堪えるように口端と声をプルプルと震わせている。

「そうか。未だ許婚どころか女気が無いから、心配して招待したのだが、無用だったな」

「ご心配をおかけして、申し訳ありません。この通り、心に決めた女性がおりますので、ご安心ください」

 私を無視して話が進んでいる。

 私は唯の使用人でのはずですが、何がどうしてこんなことに?

 否定しようと口を開こうとすると、殿下が人差し指を唇へ当て、瞳だけを貴族たちの方へと向けた為、私もその視線を追う。

「あのバイパー男爵に恋人が?」

「許婚がいるとは聞いたことがないが」

 思った以上にご主人様は有名人のようだ。恋人ひとりの話題でこんなにも騒つかせるとは…。
 私は余計な事を言わない方が良いという事だろう。

 小さくため息を吐いて、口を噤んだ。


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