9 / 9
【完】魔女は魔王に溶かされる②
しおりを挟む朝日の眩しさに、もぞもぞと布団の中で温もりを探す。
…ばでぃ、いない。どうして?
布団は頭からかけたまま座り込んでいると、クロが入り込んできて、太腿で丸くなった。
ふわふわ。あったかい。
「魔王様にゃら、出かける準備してるにゃ」
「…バディウスの事なんて、どうでもいいわ」
愛してくれた翌朝に、隣にいない人のことなんて。
「魔王様がいにゃいから、寂しそうにゃんじゃにゃいのか?」
寂しそう?私が?
そんなはずないと思いながら撫でていたクロを、奪い取られてしまう。
「え、あ、バディウス?……っ、クロを返して」
庶民の服装の彼に、少し驚いてしまった。初めて見た格好に、ときめいたとか、そんなんじゃないんだからっ。
「私以外を裸で抱いているとはどういうことだ?」
彼の視線から隠れようと、シーツを手繰り寄せる。
「クロは猫よ。気にしないわ」
バディウスがベッドへ座り、マットレスが沈む。そこから逃げるように離れるが、その分詰め寄られてしまった。
私をひとりにしたくせに。
「そう拗ねてくれるな。今日は君とデートがしたくて、準備してたんだ。身体は辛くないか?」
デート?
「身体は、平気」
デートって、恋人同士が街でお買い物とか、遊んだりとかする…あの?本でしか読んだことがないわ。
ベッド横のサイドテーブルに置かれた呼び鈴を、バディウスが鳴らす。
サッと現れたのは、侍女たち。
「シェリーに庶民のおしゃれをさせてあげてくれ。これから街に出る」
「かしこまりました!この時を楽しみに待っておりましたの!!どんな色味がお好きですか?奥様」
「城下ではこの様な形のデザインが流行っていますが、奥様はお気に召しますでしょうか」
「いえ、奥様にはこちらのデザインの方がお似合いだわ!」
バディウスが指示した瞬間に、彼女たちに囲まれる。勢いに、のまれてしまいそう。
お、奥様って…、私?
「あ、あの」
「では、準備ができたら呼んでくれ」
バディウスはさっさと出ていってしまった。
「ああ、自己紹介がまだでしたわね。申し訳ありません、シェルフエール様。私たちはサキュバスで、奥様の身の回りの世話係でございます。何なりとお申し付けください。私は、ミヤ。そして右からカヤ、サヤでございます」
3人に、深く頭を下げられる。
サ、サキュバスって…。
「3人は、バディウスの、その…お世話もしているの?」
ポカンと、見つめられてしまう。
私、変なことを聞いてしまったわ!ど、どうしよう。だって、サキュバスって、その…誘惑とかして、精気を奪うっていう魔物、よね。
ああ、でも、こんなことを聞いてしまうのは失礼だったかしら。
「奥様に、嫉妬されてしまったわ!ああ、なんて可愛らしいのっ!!…っ、ご安心ください奥様!!魔王様と私たちにはなんのやましい事はございません!!」
「そうでございます!私たちサキュバスの食事は人間の精気だけでございます。魔王様は人間ではありませんので!!」
そうグイグイと詰められながらも、テキパキと着替えさせられた。
その手際の良さに、目が白黒する。
「う、疑ってしまってごめんなさい…」
恥ずかしすぎるわ。
あ、黒色がメインの、服…。
「奥様は黒がお好きなのかと思いまして…。他の色が良かったですか?」
「黒が、いいです…」
私、黒が好きだったのね。意識していなかったけど、確かに、気に入った物は黒が多かったかも。
化粧なんてしたことがなかったから、鏡を見て目を見張った。
こんなに、変わるなんて。この姿、バディウスに見てもらうの?
「や、やっぱり、今日は…」
デートなんてやめようと言おうとして振り返ると、バディウスがいた。
…っ、恥ずかしい。こんな格好、初めてで。今すぐに、化粧を落としたいっ。
「どうでしょう、魔王様!私たち、腕によりをかけて、奥様をより美しく仕立て上げました!!」
そ、そうよね。3人が頑張ってくれたのに、こんなこと思ってたら失礼だわ。
俯いて身体を小さくしていると、そっと手を取られた。手の甲へ、バディウスの唇が触れる。
「さらに可愛く美しくなるなんて…。デートに行かず、閉じ込めておきたくなるな」
ブワッと体温が上がる。
「だが、約束だからな。シェリーの欲しい物を探しに行こう」
こくこくと頷くことしかできなかった。
綿あめの店主の約束の為に、変装魔法を施してから綿あめを買う。すごく、喜んでくれて胸が温かくなった。
「彼は、旦那さんかい?」
「あ、え、っと」
どう、答えたらいいんだろう。
あわあわしていたらバディウスに肩を抱かれ、そうですと答えられてしまった。
ボンっと顔が真っ赤になる。
その後は素の姿になり、寄る店々でカップルだの新婚だの…心臓がもたない。男女が寄り添い歩いていたら、これが普通なのか。
クロへのリボンは、何色にしようか悩んでしまった。
何色が好きか、聞いてからくるべきだったわ。今度一緒に探そう。
ふと、赤い石が目に入る。路上で売られている、ガラス玉のようだ。
ネックレス…バディウスの瞳と同じきらめき。キレイ。
「それが欲しいのか?」
これが、欲しいって気持ちなのかしら。
「…わからないけど、とてもキレイ」
バディウスは、ふっと、柔らかな笑みをこぼす。
「これをひとつもらおう」
「あいよ。まいどありー」
あ、と、思ったら、首に下げられてしまった。近くで見ると、もっとキレイに見える。キラキラ、してて。
「似合ってる」
まるで、バディウスの隣にいるのが似合ってると言われたようで、気恥ずかしい。
「ありがとう」
もっとはっきり言いたいのに、声が小さくなってしまった。それでも彼は、ちゃんと拾ってくれる。
頭を、撫でてくれる。
私があちこち目移りしてしまって、帰りが遅くなってしまった。
私の、せいなのに。
「どうした?今日はたくさん歩いたからな、疲れただろう。ゆっくり休もう」
こんなに労られて、甘やかされたら、余計に離れ難くなってしまう。ひとりじゃ、何もできなくなってしまいそう。
「そんなに、甘やかさないで」
「嫌か?」
いやじゃ、ないけど。
「ひとりで生きていけなくなっちゃう」
引き寄せられ、抱き締められる。
「私がシェリーをひとりにはさせない」
信じて、いいのかもしれない。バディウスなら私を捨てない。ずっと、愛してくれる。
縋るように、バディウスの背に腕を回した。
0
お気に入りに追加
156
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
求職令嬢は恋愛禁止な竜騎士団に、子竜守メイドとして採用されました。
待鳥園子
恋愛
グレンジャー伯爵令嬢ウェンディは父が友人に裏切られ、社交界デビューを目前にして無一文になってしまった。
父は異国へと一人出稼ぎに行ってしまい、行く宛てのない姉を心配する弟を安心させるために、以前邸で働いていた竜騎士を頼ることに。
彼が働くアレイスター竜騎士団は『恋愛禁止』という厳格な規則があり、そのため若い女性は働いていない。しかし、ウェンディは竜力を持つ貴族の血を引く女性にしかなれないという『子竜守』として特別に採用されることになり……。
子竜守として働くことになった没落貴族令嬢が、不器用だけどとても優しい団長と恋愛禁止な竜騎士団で働くために秘密の契約結婚をすることなってしまう、ほのぼの子竜育てありな可愛い恋物語。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる