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7.魔女は魔王の重愛を拒む②
しおりを挟む美味しい。
軽食にと、侍女らしき人たちが用意してくれたサンドイッチをちまちまと食す。膝の上に座らされていなければ、素直に喜びながら食べれるのに。
「ふふ、君の口は小さいな」
悪戯に触れてくるのはやめてほしい。耳朶を弄られたり、頬を柔く摘まれたり。落ち着いて食べられない。
あれから数日、ひとりになる時間がかなり少ない。この人、ずっとべったり。暇なのかしら。というより。
「信用されてないみたいでイヤ」
私の髪をすんすんと嗅いでいたバディウスの動きが止まる。
「なんの話だ?」
「監視されてるみたいだわ。ずっと付き纏われて」
「そんなつもりはなかったんだが…そうか。君の為には私も我慢が必要ということだな」
何を我慢するようなことがあるんだろう。よくわからないが、私はただ逃げる隙がほしいだけ。
「では、この食事が終わったら私は少し出ていよう」
よし。その隙に私はここからおさらばよ。
食べ終わって片付けをしてもらったら、本当に何処かへ行ってしまった。私も急いでここから出ないと。
「クロ、お出掛けしましょう」
そう声をかけると、どこからともなくクロがぴょこっと顔を出す。
箒にクロと一緒に乗り、窓から飛び出す。
誰も追いかけては、来てないわね。
塔で一晩過ごし、その次の日には城下町へと辿り着くことができた。
念のため変装魔法は施しているけど、こんなにも簡単にここまで来れるなんて。拍子抜けだわ。
王城にいた時は、外に出ることは許されてなかったから…。街ってこんなに人が多くて活気があるのね。色んなお店もある。知らない食べ物も沢山。
「クロ、これは何かしら」
「綿あめだにゃ!シェル、知らにゃいのか?」
綿あめ?真っ白で雲のようだわ。ふわふわなのかしら。
熱視線を送っていたら、気づいた店主が朗らかに笑っていた。
いけない。商売の邪魔をしてしまったわ。お金も持っていないし、あまり店前に立っていたら迷惑よね。
「私、お金を持っていないんです。買えないのにお邪魔してしまってごめんなさい」
「おや、そうだったのか。試食だけでもしていくかい」
試食?って、何かしら。
首を傾げていたら、小さな綿あめを渡されてしまった。
「え、あの、私、お金」
「いいんだよ。お試しだから」
本当にいいのかしら。店主はニコニコとこちらを見ているけど…。
恐る恐る口をつけてみる。
「!?」
何これ、甘くて、ふわふわ。
「おいしい」
「そりゃ良かった!次は買ってくれ」
「はいっ。必ず買いにきます!」
手を振ってくれる店主にぺこぺこと頭を下げて、クロと綿あめを半分こしながら大事に食べ歩く。
手がベタベタしてきた。これって、溶けちゃうのね。クロの口周りも汚れてしまっている。
「どこか手を洗える所、ないかしら」
城下で不用意に魔法は使いたくないし。
キョロキョロと見渡すと、王城の近くまで来てしまっている事に気づいた。
あ、共同の水場があるわ。
一歩、足を踏み出した瞬間、バチっと全身に電流のようなものが走り、変身魔法が解けた。
「…いっ」
王城へ近づいたから、魔法感知機械に触れてしまったのね。私、初めての街に浮かれてたのかしら。
「クロ、大丈夫?」
「オレは大丈夫にゃ。シェルの方が」
「私も平気。痛みは一瞬だったし」
周りが騒がしくなり、騎士に囲まれるまでそう時間はかからなかった。
さすがに、ウィルラン王太子殿下までも現れるとは想像してなかったけど。
「シェルフエール、魔王から逃げてこれたんだな。そして、私の元へ帰ってきてくれた。そうだろう?」
とんだ勘違い野郎だわ。今すぐにでも魔法でぶっ飛ばしてあげたい所だけど、一般市民を巻き込みたくはない。
ここは大人しく連行されるべきか。
連れてこられたのは、王の前だった。
「父上、シェルフエールはこの通り魔王の目を掻い潜り戻ってきてくれました。反逆など、企んではおりません」
間違ってはないけど、あなたの為に戻ってきたわけじゃないわ。行くあてもないから、街でもぶらついてみようと思っただけなのに。
嬉々として報告する殿下とは逆に、陛下は眉根を寄せ渋い表情を崩さない。
「宰相は、魔女は魔王と手を組み、私を王から引き摺り下ろすつもりだと、言っていたが?」
その宰相が魔王だったこと、まだ気づいてないのね。
「今ここに現れた事も、罠かもしれん」
「その宰相は今どこにいらっしゃるんです?」
騎士の1人2人、探しに行ってくれれば逃げる隙も多くなるわよね。
「最近、姿を見ないな。誰か、呼んできてくれ」
側近が一礼して出て行った。
もっと人を連れて行ってくれればいいのに。うまくいかないわね。
拘束されてないだけマシって考えるべきかしら。
「魔王の花嫁として差し出す為に不自由なく育ててやったというのに、魔王を誑かし国を脅かそうとするとは。魔女と結ばれなければ、魔王は国を滅ぼすのだぞ。私はどうすれば良かったのだ」
私は最初から生贄だったのね。初耳だわ。
私が本当に反逆を考えていたら、陛下の言うとおり、八方塞がりだったわね。
というか、魔女と結ばれないと魔王って国を滅ぼすの?どういうこと?この国の存亡って、私にかかってる?
「魔王が国を滅ぼそうとすれば、勇者が目覚め、討伐してくれるのでしょう?それなら、魔王は死に、シェルフエールは私のものにできるではないですか」
てめぇの欲望は聞いてねぇ…っ!私は誰のものにもならん!!
いけない。つい言葉が悪くなってしまったわ。アホ王太子のせいで。
「お前には許嫁がいるだろう!魔女などに誑かされていないで、自分の立場を弁えた行動をだな」
さっきから陛下、私を尻軽のように扱ってません?魔王もあなたの息子も、誑かした覚えありませんから!!
私、こんなに軽々しく存在を扱われていたのね。知らなかった。
はぁ、帰りたい。
って、どこに?私の帰る場所なんてないのに。
近いのに遠く聞こえる親子喧嘩の声に、バタバタと足音が混ざり、意識が引き戻された。
王の側近が騎士を連れて戻ってきていた。
騎士が増えちゃったじゃない。私、逃げれるかしら。って、抱えられてるのって…宰相?
下着一枚の姿で騎士たちに担がれている。
「地下の倉庫で眠っておりました。なにがなんだか」
わずかに、魔力を感じる。これは。
「バディウス…?」
「やっと呼んでくれたか、シェリー」
魔力の渦が一瞬風を巻き起こし、黒いマントが私を包んだ。
何が起こったの?
「2日も君に触れられないのは耐え難い苦痛だった。充分、ひとりの時間は楽しめただろう?帰ろう」
「な、んで」
慈しむような笑み。
この人から逃げてきたのに、この安心感は何?
「シェリーが呼んでくれさえすれば、私はどこにでも来れる」
頬を包む大きな手と、瞼へ落とされる唇が、あたたかくて、懐かしくて。
流されちゃだめ!!
「っ、帰らないわ!」
「我儘を言わないでくれ。私の我慢も限界だ」
「シェルフエールは帰らないと言っている。私の元に残りたいとな」
殿下がバディウスへ剣先を向けた。
バディウスは横目でチラッとそれを見て、クスクスと笑い始めた。
が、赤い瞳は笑っていない。
私に向けられているわけじゃないのに、恐ろしい。
「シェリーが、貴様を選ぶと?」
スッと視線がこちらを向く。全力で首を横に振った。防衛本能が反射的に発動してしまったのだ。
「王太子の思い違いのようだが?」
「そ、そうだ。魔女を魔王から奪うなどありえない!!ウィルラン、余計な事を言うな。国の存亡がかかっているんだぞ!!」
陛下自らが殿下を羽交締めにしたのには、私も驚きだ。
「王は賢明だな。王太子が私の可愛いシェリーに手出ししないよう、しっかりと見張っていろ。……ああ、宰相から衣装を借りていたのを忘れていた。返しておこう」
バディウスが指を鳴らすと、宰相は目を覚まし、衣服が現れた。状況がわからず、呆然としている。
いつから、眠らされていたのかしら。バディウスが宰相のフリをしていた頃から…とか?自分が眠らせておいて、宰相のことを本当に忘れてたんじゃ。
「シェリーが私のものである限り、私は国を滅ぼすことはない。安心しろ」
だから!私は!ものじゃない!!
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