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3.魔女は追手を退ける

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 クロは私の魔力に耐性がついたのか、あの日以来発情しないまま、2日経った。



 2kmほど離れた場所に仕掛けた魔法が爆発したのを感じとる。

 やっぱり来たわね。追手の兵士たち。たったの10人で私に勝てるとでも思ってるのかしら。

 罠の近くへ置いておいた水晶に写ったものが、私の鏡へと転送されている。

 死者が出るほどの威力は込めてないのに、これくらいでおめおめと帰って行くなんて、根性ないわね。


 それから3日後には20人が2ヶ所の罠に掛かって引き返し、そのまた3日後には30人が罠の3つ目まで到達した。

 そろそろここへ辿り着きそうね。大した怪我はしていないはずなのに、たった3つの罠で30人の内半分もリタイアするなんて。



 あら、思ったより早く着いたわ。

 塔の窓から兵士たちの姿を視認して、そこからふわりと飛び降りる。彼らは瞠目しながらも剣へと手を添えた。

 私の足元で、シャーッと毛を逆立てているのはクロ。私のために威嚇してくれるなんて、なんて愛おしいのっ!って、いけない。それは置いておいて。

「遠路はるばるようこそ、兵士さんたち。私に何かご用かしら」

 パカ、カポ、と、馬へ乗った騎士が前に出てくる。

「これはこれは、アイリウス騎士団長がわざわざこんな所まで。さすがに、驚きましたわ」

 鏡で視てすでに知っていたけれど、騎士団長まで駆り出されるなんて…陛下は必死ね。ということは、兵士だと思っていた彼らは、騎士なのかしら。
 もしかして、私が追手の力量を見誤る様、ワザと…?


「シェルフエール、久しぶりだな。あなたともあろう人が、まさか反逆を企てるなど思ってもみなかったが…。私たちは、あなたを処刑しなければならない。一緒に来るか、歯向かうならこの場でその首差し出してもらおう」

 私はしおらしく片頬へ手を添えて、アイリウスへ流し目を送る。彼の上下する喉仏を見逃したりしないわ。
 あなた本当に、私の顔、好きよね。

「アイリウス様まで、私をお疑いになるのね…。そんなこと、考えた事も、企てた事もないのに。誰も、魔女の話など聞いてはくれない」

 瞳を潤ませれば、簡単に狼狽えてくれる。

「な、何か誤解があるというのなら、話を聞こう」

「アイリウス様はお優しいのね。嬉しい!では、中にどうぞ」

 この騎士たちの中で手強いのはこの男だけ。あとはクロだけで簡単に追い払えるわ。
 そうクロへ魔法で伝え、アイリウスだけを塔の中へ誘う。

 部屋にはあげてやらないけど。



 薄暗い階段下で、アイリウスの胸へ縋り付く。肩を抱いてくる腕に、反吐が出そう。

「シェルフエール、あなたが反逆など…やはり違ったのだな」

 そこは信じてくれてありがたいけれど、陛下はあなたの進言では私への冤罪を翻す事はないでしょうね。
 それに、始めたばかりだけれど、今の生活、結構気に入ってるの。さっさと帰ってちょうだい。

「信じてもらえて、嬉しい」

 涙を流すくらい、私には朝飯前。まんまと騙されて拭ってくれるアイリウスは私の掌の上。

 近付いてくる唇を、されるがまま受け止めてやる。

 魔女に深い口付けなんてしたら、操られるって知らないのかしら。

「ん、シェルフエール……」

「…アイリウスさま。んっ」

 脚の間にアイリウスの膝が差し込まれるが、唾液とともに魔力を流し込むことに集中する。

 ちゅっ、と、ようやっと離れた頃には、彼はボーッとした様子で立ち竦むだけ。


「アイリウス。あなたは私を殺したと思い込み、王城へ報告する」

 耳の奥の奥へ、吹き込んでやる。

「ああ、承知した」

 ふふ、良い子。


 アイリウスを外へ出した後に部屋へと上がり、窓からクロと共に彼らの動きを見下ろす。

 クロによって気絶させられていた騎士たちはアイリウスに起こされ、皆、引き返していった。



 全てを見ていたのか、ジルが興奮気味に、開けた窓から入ってきた。

「人間ヲ操ル魔法使エルノスゴイ!ヤッパリ、シェルフエールノ魔力、魔王サマミタイ!!」

「ジルったら、見てたの?…あの魔法もかなり疲れるのよね。だけど、これで私は死んだことになるし、もう来ないわ」

 一兵卒じゃ、首くらいないと信用してもらえないかもしれないけど、騎士団長が殺したと言えば、さすがに死んだことにしてくれるだろう。

 予想より早く片付いて良かったわ。

 グッと伸びをすると、より肩の荷が降りたよう。


「オレ、すごかったにゃ?シェルの為に頑張ったにゃ!!」

 褒めて褒めてと飛び跳ねるクロの可愛さはいつまでも衰えない気がする。撫でくりまわしてあげるわ!





 命を狙われずに済むって、本当に気楽だわ!魔物たちも動物たちも可愛くてもふもふだし。
 はぁー、幸せ。

 1週間以上経っても人の気配はなく、快適に過ごせている。膝で眠るクロを撫でながら優雅にお茶を飲めるほど。

 ほう、と、息をつきカップを置くと、窓ガラスが突き破られた。

 なに!?

 物凄い勢いで入ってきたのか、ジルがスライディングした状態でテーブルに突っ伏している。

「ジル!?どうしたの!?」

 ジルはジタバタと体勢を整える。
 怪我は無いみたいだけど…。

「人間!デッカイ人間ガ、来テル!!」

 でっかい人間?

「城下デ、ゴミ漁ッテタラ、人間タチ噂シテタ。勇者ガ魔女ヲ倒スッテ!!多分、今来テルノ勇者ダッ」

 勇者って、物語に出てくる魔王を倒す力を持つっていう、あの…?魔王も魔界も存在するなら、勇者も実在するってこと?いえ、そんなことよりも。

「私は死んだことになっているはずよ。どうして倒しに来るの?」

 両羽をバサバサと振り回しながら、ワカラナイ!と叫ぶジルを落ち着かせる様に撫でてやる。

 とにかく、理由を考える前に対処しないと。

 身を翻すと同時に鳴った戸を叩く音に、ドクリと心臓が跳ねた。
 もう、辿り着いたというの?


 相手は魔王をも倒すという勇者…。

「クロ、ジル、逃げて。此処は私がなんとかするから」

「やだ!オレ、シェル守るにゃ!!」

「良い子だから、言う事を聞いてちょうだい。私だけなら隙を見て逃げれるから。…ジル、クロをお願い」

 ジルは暴れるクロの首根っこを咥えて森へ飛んで行ってくれた。
 再びノック音が下の階から聞こえる。


 そろりと窓から外を覗くと、大剣を背中に負った男が扉の前に立っている。
 本当に大きいわね。ただの、人間…よね。透明魔法で逃げれるかしら。

 自らを透明にして窓枠に脚をかけると、ブワッと一瞬の風が鼻先を掠めた。

 私、まだ、飛び降りてな──

 バチンッと音がした。
 な…っ、魔法が解かれた!?


「きゃあぁっ」

 後ろへ強く引かれ、布団へと背中が叩きつけられる。ギシリと男がベッドへ乗り上げて、その巨体は私をすっぽりと覆う影を作った。



 ドスッと、スカートが大剣でベッドに縫い付けられる。


 あ、私、ここで死ぬのね。

 心臓は忙しなく煩いのに、頭は急激に冷えていく。

 私、まだ諦めたくない…。冤罪で殺されるなんて!

 男から離れる為にずり上がると、スカートがビリビリと破れていく。露わになっていく脚を掴まれ、引きずり戻された。

「…っいや!離して!!」

 キッチンの包丁を魔法で男に向けて飛ばすが、いとも簡単にはたき落とされる。

 こいつ、魔法が全く効かない!?どうして…っ。こわい、いや、誰か。

 うつ伏せでベッドの上を這いずると、男がのしかかってきて、喉が引き攣る。


「アイリウスが魔女を殺したと言った時には肝を冷やしたが、やはり生きていた。…シェルフエール、今日は君の生存を確認したかっただけだ。そんなに怯えないでくれ」

 低い、聞き覚えのない声。
 私を、知ってる?誰、なの。…呼吸が、ままならない。


「今の私は勇者だからな。王へは、魔女は本当に死んでいたと報告しておこう。安心して、私を待つと良い」

 待つ…?

「何を、言って」

 強い力で身体を反転させられ、息が詰まる。
 慈しむような瞳なのに、私を真っ直ぐに突き刺してくる。


 私の頬へ伸ばされる手が怖くて、動けない。

「ああ、怯えながら泣くシェルフエールも愛らしく可愛らしい…」

 私は、いつの間に涙を流していたの?
 それを拭う硬い親指から流れ込む魔力に、くらりと眩暈がした。

 濃くて、どろどろに甘いような…。

「時がくれば、君は私のものだ」

 口端にキスをされ、耳に響く重低音。
 纏わりつく魔力に、ふつりと意識が途切れた。



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