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5.夢魔アイドルは餌付けしたい⑤
しおりを挟む初めての料理に四苦八苦していたら、すでに日付が変わっていた。
(野菜の形は歪だけど、食えなくないよな)
軽く味見して、新品のタッパに詰める。
食事するために、これだけの労力がいるのかと、人間の大変さを身を持って知った零斗だった。
流石に帰っているだろうと、廊下へ出る。ちょうど帰宅しようとしている満月がいた。
先日見た時よりも、やつれているように見えるが、気づかないふりをして笑いかける。
「こんな時間まで...大変ですね。お腹減ってませんか?」
声をかけるが、微動だにしない満月に、首を傾げる。
(なんか間違えた?不審がられてるとか)
内心冷や汗をかいていると、彼女はポロポロと泣き出した。
零斗はギョッとして、駆け寄る。
「え、あの、すみません。俺、なんか気に触ること」
目元を擦る満月を前に、あたふたオロオロすることしかできない。
「違うんです、ごめんなさい...。仕事辛い時に、現実で零斗くんに話しかけてもらえるなんて、夢みたいで」
満月の涙を拭ってしまいたいのを、距離感を間違えたら嫌われるという理性が抑え込む。
「と、とりあえずご飯食べましょ!お腹減ってると、余計に弱っちゃうから。カレー、大量に作っちゃって、どうしようかと困ってたんです」
タッパに詰めたものを渡す予定が、ひとりにさせたくなくて、部屋へ連れ込んだ。
満月が状況をわかっていないのをいいことに、椅子へ座らせ、テーブルへ新品の食器を並べる。
呆然としている手に、スプーンを握らせた。
「これは、いったい...。やっぱり、私、幻覚を」
「今は幻覚でもいいから、とにかく食べて。初めて作ったから、口に合うかわかんないけど」
「お、推しの...初手料理...?」
いいから早くしろと、零斗は我慢ならず、満月の口へカレーを突っ込んでやった。
ひと噛みして、また、泣き出す。
零斗は慌てて立ち上がり、膝をぶつけた。
「いっ...っ、...俺、先走った!?」
「違うんですぅう。ごめんなさいー。美味しいですぅ...ふえ、うわあああぁあん」
とうとう声を上げて泣き出した満月を前に、零斗はよりパニックになる。それでも食べ続けてくれる彼女に、しだいに落ち着きを取り戻し、座り直す。
「零斗くんは食べないんですか?」
皿が空になる頃、満月も冷静さが戻ってきたのか、鼻声で零斗に話しかける。
夢魔にとっては予想外の問いに、少し動揺してしまった。
「俺はもう食べたから。おかわりはいる?」
それを悟られないよう、営業スマイルを意識する。
満月は首がもげそうなほど横に振った。
「十分です。...零斗くんにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないので」
(拒否られたかと思った)
ショックを受けそうになったが、持ち前の演技力を発揮した。
それをさらに駆使しようと、机に頬をつけ、上目遣いで彼女を見つめる。自分の顔の良さを理解し、色気と可愛らしさを絶妙に混ぜ合わせる。
「最後にイベント来てくれた時より疲れた顔してるから、心配なんだ。これからはご飯だけでも、一緒に食べない?」
満月は鯉のように口をパクパクさせ、下から赤く染まっていく。攻めるなら今だと、彼女の指先へ零斗のそれを僅かに触れさせる。
「だめ、かな」
「だめじゃ、ないれしゅ...」
キャパオーバーして身体が横揺れしている満月に、全身でガッツポーズしたいのを心だけに押し留め、蕩けた表情を演出する。
「じゃあ、明日も帰ってきたら、うちに寄ってね」
「ひゃい」
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