白昼夢

白雪 鈴音

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夢の中で逢えたなら

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男は夢を見ていると思っていた。
夏の昼下がり先程まで降っていた雨は止み、蒸したアスファルトの臭いが鼻を突いた。
そんな中、初老の男はきっちりと整えられたスーツ姿に中折れ帽を被り一本のステッキを持って古い家を出る。
初老の男は車を使わず上野まで行こうとしていた。
男の家は高田馬場にあり、年齢を考えると約二時間は歩くことになる。
そんな老人一人向かう先は上野さくら浄苑。
そこにはまだ若い頃に亡くしてしまったまだ幼かった我が子の墓があった。
先月生涯を共にすると誓った妻が他界し、妻は家にほど近い霊園へと入っていった。
息子たちと同じ所がよいのではないかと生前尋ねると「家の近くのお墓がいいわ。あそこの桜、春になるととってもきれいに咲くのよ」と返ってきた。
足腰の悪い男を気遣っての発言だった。
二時間半をかけてようやく目的の霊園へと到着した。
途中で墓に供える花を買った。
大きな大きな向日葵と可憐に咲く桔梗の二輪。
向日葵のように明るく立派になってほしいと願いを込めた我が子。
桔梗の花のように健気で何ものにも愛情を注いでほしいと願いを込めた我が子。

「葵……恭佑……」

墓を掃除し、買ってきた花を供え、手を合わせる。
そんな折、後ろに何者かの気配を感じゆっくりと振り向いた。
そこには青年二人が男同様向日葵と桔梗の花を持って立っていた。

「君たちは……」

一人はにこにこと愛想のいい、桔梗の花を持った青年。
もう一人は眼鏡をかけた生真面目そうな、向日葵を両手で抱えた青年だ。
桔梗の花を持った青年は男と似た中折れ帽を被っており、向日葵を持った青年は青色のスーツを身にまとっていた。
どこにでもいる普通の格好である。
ぺこりと青年たちは軽く頭を下げる。
それにつられて頭を下げると、彼らが誰だとも知れぬまま青年達は墓に花を供えた。
そしてようやく彼らは口を開いた。

「迎えに来たんだ。」

その一言で男は全てを理解した。

「行きましょう。」

男は青年についてまだ眩しい光の中を歩いていく。
初老だった容姿は次第に若返ってゆき青年とともに姿が見えなくなるころには息子達を亡くした頃のように見違えていった。
男は夢を見ていると思っていた。
いいや確かに夢を見ていたのだ。
家に残してきた体はやがて腐敗を始めることだろう。
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