啼いて僕らは息をする

白雪 鈴音

文字の大きさ
上 下
4 / 10
禿編

絢爛豪華

しおりを挟む
大門を潜り、僕ら二人は売人の手からこれから暮らす上月楼のやり手の元へと渡された。

「はい。代金、確かに受け取ったぜ。んじゃお前ら頑張れよ」

そう言って売人は金だけを受け取るとさっさと門をくぐり出ていった。

「全く……品のない方ですね」

ため息を零しながら眼鏡をかけ直す男は妙に整った顔立ちをしている。
マジマジと見つめてしまったせいか、男と目が合った。
慌てて目を逸らしたが、男はクスリと微笑み、二人の頭を撫でた。

「初めまして。やり手の……貴方がたの生活のお世話をする水無月と言います。辛い思いをしてきたでしょうけど、これからは少しは安心して暮らせると思いますよ」

未来はビクッと肩を揺らし、怯えた表情をしていたが、それも初めだけで、優しい人なのだと認識したのか、ありがとう、とお礼を言った。
僕は他人をそんなに簡単には信用出来ない。
けれど怒らせるのも良くないなと思えば何も言わずにそっぽを向いたままじっとしている。

「さて、今日は少し忙しくなりますよ。ついてきてください」

「どこに行くの?」

未来が問う。

「私たちの暮らすお家の中で、一番偉い人に会いに行くんです」

「怖い人?」

「そうですね……少し、怖い人かもですね。なので、大人しく言うことを聞いてくれたら嬉しいです。行きましょうか」

そうして水無月に腕を引かれ、着いた所は楼主の部屋だった。
中に入れば畳の部屋には似つかわしく無い豪華な調度品や椅子や机が置いてあり、楼主の両脇には黒服の男達が厳つい顔で構えている。
楼主の前に突き出された僕らは楼主を見上げる形となった。
楼主の風貌は三十代手前といった所だろうか。
紺のスーツに身を包み、煙草を吸っていた。

「そいつらが今日から入る奴らか?」

一度灰皿に灰を落とし、煙草を手に持ったまま立ち上がると、楼主は僕らの前に来て、視線を合わせるようにしゃがむ。
フゥ、と息を吐き出すと、未来はその煙にコホコホと咳をする。

「ネザーとレプスか……」

楼主は僕らの亜兎の耳をマジマジと見ると立ち上がり、席へと戻りつつ言い放った。

「剥け」

その言葉とともに黒服の男達が僕らに近づき、無理やり服を脱がせていく。
僕も未来も多少の抵抗をしたものの、何倍も体格差のある体ではどうすることも出来ず、すぐに一糸まとわぬ姿にされてしまった。
泣き始めた未来を抱きしめ、足を組み座っている楼主を睨みつけた。

「ほう?なんだその目は。」

「僕らはすぐにこんなとこ出て行ってやる。……こんな狂った世界なんて!!」

花街に来る途中、面白半分に売人によってここで何がなされているかを教えられた。
多少の脚色はあったものの、幼いながらにここがどういう場所なのかを理解した為、好戦的にそう言って。
しかし、言葉は途中で遮られた。
楼主に口元を押さえつけられたのだ。

「言葉には気をつけろよ。Ωで亜兎の出来損ないが。そこまで言うならやってみせろ。今日からお前の名は夕霧だ。夜に堕ちるその姿、楽しみにしているぞ」

乱暴に手を離されれば、コホ、コホと噎せる。
優しく僕の背中を摩ってくれた未来は朝霧という対の名を受けた。
それから楼主の前での身体検査が始まった。
二人の逸物の大きさや、後孔の締まり具合、胸の感度に至るまで、調べ尽くされた。


一通り検査が終了すると、二人は着慣れない着物を身にまとい、これから生活をする廓へと連れていかれてる。

「二人とも、先程は怖がらせてしまいすみませんでした。売人の男から何を吹き込まれたのかは知りませんが、ここは決して怖い所でも、苦しい所でもありませんから」

水無月は微笑んだ。
朝霧は水無月の言葉に「はい」と安堵の表情を浮かべ、夕霧はまだ疑心の面持ちだった。


まず廓の子達に挨拶をしなさいと案内されたのは、この楼で一番の売れっ子、傾城と呼ばれる霜月花魁の部屋だ。

「霜月花魁、入りますよ」

そう一声掛けた水無月は豪華で厚い襖を開く。
襖を開ければふわりと香るホワイトムスクの香りが鼻先をくすぐった。
上品な香りの奥で、見事に着飾った白髪の長い髪を揺らし一人の娼妓がこちらを振り返る。
紅を引いている最中だった。
コトリ、と紅を鏡台へ置くとこちらへと向き直る。
この部屋は楼主の部屋のように豪華だが、部屋の家具全てが和物でいかにもな雰囲気だ。
霜月と呼ばれたその娼妓は夕霧と朝霧の姿を見ると、その美しい表情をポカン、とさせた。

「なんだい水無月。最近見かけねぇと思ったらついにはガキこさえてお戻りかい?」

そう霜月ケタケタと嘲るように笑う。
水無月はそんなはずないでしょう、と軽く睨み付けると、悪びれる様子もなく霜月は肩を竦めてみせた。

「この子達は今日来た子達です。ほら、挨拶をしなさい」

そう言って夕霧達を霜月の前に引っ張った。
朝霧は綺麗、と思わず零した。
慌てて朝霧は口を覆ったが、霜月は微笑みながら頭を撫でてくれた。

「おやおや、嬉しい事を言ってくれるねぇ」

優しいながらにも威厳のある言葉に、世界に呑み込まれそうになる二人を、水無月が引き戻す。

「いいから、次もあるんですから手短にお願いします」

「ご、ごめんなさい」

どちらともなく謝れば、二人で名乗り、よろしくお願いしますと頭を下げる。

「へぇ。夕霧と朝霧か……いい源氏名なまえだな。」

紅く塗られた唇が弧をかいた。
 
「さ、もう行きますよ。支度の邪魔になりますから」

「はい」

「……花魁、後で私の部屋に来なさい。大切な話があります」

水無月が立ち上がれば、続いて僕らも立ち上がる。
水無月は夕霧達を部屋の外へ出し、自身も出ようとした所で手短にそう言って霜月を後ほど呼び付けた。
霜月は悪い予感を感じつつも”わかった”と頷いては襖が閉まるまで笑顔で僕ら二人に手を振ってくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はやく俺《あいつ》を忘れてくれ〜伝説の花魁と呼ばれた俺が、イケメン社長に何故か執着されてます〜

和都
BL
現代に吉原がある世界。 吉原一と呼ばれた花魁がある日突然姿を消した。 その花魁は「伝説の花魁」と呼ばれ、数年経った今でも人々の記憶に残り続けている。 その中で頭を悩ませる男が1人。 「一体いつになったら俺のこと、忘れられるんだ!?」 元吉原一と呼ばれた男は、地味にひっそりと会社員として過ごしていた。 しかし、その平穏な日常も花魁の正体を知る元客だった男に再会したことで脅かされることになる。 伝説の花魁と呼ばれた男と、その花魁を引退することになった原因の男が出会い、止まっていた時が動き出す・・・!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

イケメンがご乱心すぎてついていけません!

アキトワ(まなせ)
BL
「ねぇ、オレの事は悠って呼んで」  俺にだけ許された呼び名 「見つけたよ。お前がオレのΩだ」 普通にβとして過ごしてきた俺に告げられた言葉。 友達だと思って接してきたアイツに…性的な目で見られる戸惑い。 ■オメガバースの世界観を元にしたそんな二人の話  ゆるめ設定です。 ………………………………………………………………… イラスト:聖也様(@Wg3QO7dHrjLFH)

こじらせΩのふつうの婚活

深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。 彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。 しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。 裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。

愛おしい君 溺愛のアルファたち

山吹レイ
BL
 後天性オメガの瀧本倫(たきもと りん)には三人のアルファの番がいる。  普通のサラリーマンの西将之(にし まさゆき)  天才プログラマーの小玉亮(こだま りょう)  モデル兼俳優の渋川大河(しぶかわ たいが)  皆は倫を甘やかし、溺愛し、夜ごと可愛がってくれる。  そんな甘くもほろ苦い恋の話。  三人のアルファ×後天性オメガ  更新は不定期です。  更新時、誤字脱字等の加筆修正が入る場合があります。    完結しました。

a pair of fate

みか
BL
『運命の番』そんなのおとぎ話の中にしか存在しないと思っていた。 ・オメガバース ・893若頭×高校生 ・特殊設定有

上司と俺のSM関係

雫@更新不定期です
BL
タイトルの通りです。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

処理中です...