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3章

決意

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 千本院帝との交渉が失敗に終わった日の夜、俺と宇佐美は私室で今後のことについて、作戦会議を開いていた。

 千本院帝との交渉が失敗に終わった以上、勝つ為には何か別の策を考える必要がある。ただ、その策というのがまったく思い付かないのが問題なのだが。

「うーむ。……どうしようか……」

「どうしようねー」

 作戦会議といって集まってみたは良いものの、結局、有効な策はまだ一つも出ていなかった。このままでは宇佐美が望まない結婚を強いられる事になる。

 それだけは阻止してあげたい……がしかし、現状の俺のスペックでは、千本院帝に太刀打ち出来そうにない事は、机に広げられた千本院帝の資料を見ても一目瞭然だった。
 もう一度、千本院帝の資料に目を通していく。

『千本院帝。
 千本院家の次期当主として英才教育を受け、あっという間にその才能を開花させる。弱冠7歳で千本院家の子会社の社長に就任。その才覚を遺憾無く発揮し、わずか3年で年商100億の会社まで急成長させる。
 12歳の時には、発表した論文が【American economic journal】に取り上げられ、世界的に注目を浴びる。その後も信じられない若さで偉業を成し遂げ、経済界では【200年に一人の天才】と呼称される』

 改めて見ても信じられない経歴だ。これが俺と同じ高校2年生の経歴だというのだから、世界とは何て広いのだろう。いや、千本院帝は日本人だから結構近いのだが……。

「そして、更に言えば高校模試は常に上位、5位以下には一度も落ちた事がない。運動も現在、高校生の体力テストの日本記録を合計2つ所持」

 資料に付け足すように、宇佐美が千本院帝のプロフィールを補足する。

「ついでに、司法試験にも去年合格して最年少記録を叩き出したっと……」

「…………」

 千本院帝のプロフィールに俺は言葉を失くす。こんな相手にどうやって勝てばいいんだ……? 俺でなくてもこんな天才の中の天才に勝てる高校生なんて日本に存在するのだろうか? 返す返すも交渉が失敗に終わったのが悔やまれる。

「ハル君には悪いけど……勉強と運動は正直、千本院帝に軍配が上がると思う」

 宇佐美が言い辛そうに俺が千本院帝に劣るという事実を告げる。

「そんな言い辛そうにしなくてもいいよ、宇佐美。俺が千本院帝に圧倒的に劣っているのは変えられない事実だ。こんな俺が仮とはいえ、宇佐美の婚約者って事になってるんだからホント笑えるよ……」

「ハル君……」

 劣等感に苛まれた俺の口からは、次々と言葉がとめどなく溢れてくる。

「最初から、勝ち目なんてなかったんだよ……。そうだ。今から俺以外の婚約者を立てるなんてどうだ?」

「えっ……」

「もっと優秀な人を連れてきてさ! そうすれば、俺なんかが勝負するより、よっぽど勝算があるだろ?」

「…………」

 ダメだ。止めなくちゃいけないって分かってるのに……。

「こんな何も持ってない凡人の俺は切り捨ててさ。宇佐美は別の人をーー」

「そんな事ないよ!」

 目の前の暗い現実に落ち込んでいる俺の言葉を、宇佐美は大きな声で否定する。

「確かに、千本院帝は凄い人だよ。誰が見たって凄い凄いって褒めるに決まってる」

 ……そうだ。俺なんかとは比較にならない生まれながらの天才。
 それが千本院帝だ。

「でも、ハル君は千本院帝にも劣らない、千本院帝でも持ってない大事なモノを持ってるよ」

「……大事なモノ?」

 ……俺にそんなモノが本当にあるのだろうか?

「それは……勇気だよ」

「……勇気」

「……大事な人の為なら、命すらも投げ捨てる勇気。困っている人がいたら、思わず手を差し出さずにはいられない。……とっても優しい勇気」

 宇佐美が俺を励ましてくれている事が分かる。しかし、俺の劣等感が意思と反して宇佐美に言葉を浴びせる。

「……そんな事ない。俺が命を賭けて誰かを救う? 俺はそんな高尚な人間じゃない! いいか、宇佐美の言う勇気なんか俺にはーー」

「あるよ!!!」

 体を突き刺す宇佐美の叫声。宇佐美がこんなに感情的になった所は一度も見たことがない。


「……私は知ってるよ。ハル君は泣いている子がいたら、手を差し伸べてくれるって……」

「…………」

「怪我をした子がいたら、相手のことを本気で心配して手当てしてくれるって……」

「…………」

「震えてる子がいたら、肩を寄せ合って自分が寒い事なんかお構いなしに一生懸命温めてくれるって……」

「…………」

「だから……俺なんかがなんて言わないで! 私の好きな……」

「……!」

「周王春樹って男の子を……否定しないで……!」

 宇佐美の瞳から一筋の涙が流れる。

 宇佐美が泣いている……。その事実が、今日一番俺の心を強く揺さぶる。ずっと笑顔でいて欲しいと願った少女の笑顔を俺が奪ってしまった。

 急激な早さで、頭に火がつく。自分への怒りでどうにかなりそうだ。俺が守りたいと思ったものを自分で壊してしまった……!

 ダメだ! それだけは断じてダメだ! 宇佐美杏の笑顔は絶対に守らなければいけない!!!

 想像上の千本院帝という人物の幻影に消えかけていた決意に、再び火が灯る。

 勝負する前から諦めてどうする!
 宇佐美杏の隣に相応しい男になるって決めただろ、周王春樹!

「すまない、宇佐美……。俺が間違っていたよ」

「……ハル君!」

「他の誰でもない……俺が宇佐美を助ける。宇佐美の願いを全力で叶える!」

「……!」

 もう、絶対に折れたりなんかしない。宇佐美の隣に立とうって人間がこの程度で挫けてどうする。強く……強く心に誓おう。

「俺は……絶対に千本院帝に勝つ!」
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