上 下
37 / 38
3章

帰宅

しおりを挟む

「今回は大変お世話になりました」

「ふむ。また来るといい」

 宇佐美家本家で一夜を明かし、次の日の朝、俺は宇佐美源三さんへお礼を伝える。源三さんの後ろには俺たちを見送る為だけに何十人もの使用人さん達が控えている。

 俺よりも年上の大人達が俺を見送る為だけにこの場に集ったのかと思うと、少し申し訳なくなる。宇佐美の家でも見送りはあったが、こればっかりは庶民の俺には慣れなかった。

 控える使用人の中には久慈さんも含まれており、俺と目が合うと軽く会釈してくれた。合わせて俺も軽い会釈で返す。

「お祖父様、一晩、大変にお世話になりました」

 俺に続いて、隣にいた宇佐美もペコリと頭を下げる。源三さんは宇佐美のお礼に鷹揚に頷く。

「お嬢様、周王様、こちらで御座います」

 ちょうど別れの挨拶が終わった所で、声がかかる。その声の主は本家の前まで迎えに来ていた二条さんである。

 二条さんは俺たちを本家の前で待たせている車の方へと促す。俺と宇佐美はそれに従い、車の方へと足を運ぶ。

 ほんの1日足らず本家で過ごしただけなのに、とても宇佐美の家が恋しくなった。常にポーカーフェイスな二条さんの姿にも妙に懐かしさを覚える。

 どことなく不思議な感覚である。しかし、そんな感覚も俺自身が宇佐美の家を自分の家だと認識してきた証明だと思うと、とても嬉しいと感じる。

「帰ろ、ハル君? 私たち・・・の家に」

 俺より先に迎えの車に乗り込んだ宇佐美が俺に手を差し出す。

(後ろで宇佐美のお祖父さんが見てるんだが……。宇佐美……分かってやってるな?)

 宇佐美の手を取るか、一瞬迷った俺だったがーー

(まぁ、これ位は源三さんも許してくれるかな?)

 ーーそう思って、無理やり自分を納得させる。

「ああ、帰ろう。俺たち・・・の家に」

 そう言って、俺は差し出された宇佐美の手を取るのだった。後ろは怖くて、少し確認したくないな……。



ーーーーーーーーーー



「到着いたしました。足元にお気をつけてお降りください」

 車を降車すると、昨日となんら変わらない宇佐美の家が目に飛び込んでくる。最近は宇佐美の家で過ごしている事を当たり前の日常と感じて暮らしていた。

 でも宇佐美家本家に行った事によって、この日常が当たり前の事ではないことを再認識させてもらった。俺がここで暮らしているのなんてただの偶然でしかない。

 偶々たまたま、子供の頃、宇佐美と友達になって……偶々、俺が死のうとしていた時に宇佐美と会った……。今の自分の日常はそんな偶々によって作られたものだ。

 今の俺の日常など宇佐美が一言、「周王春樹をこの家から追い出して」と言っただけで終わってしまう代物だ。例え、宇佐美の気が変わる事が無いとしても、漫然と日々を過ごすのは違うと思う。

(気を引き締めよう……!)

 近頃の俺は現状に満足していたように思う。この日常だって、いつ崩れるのか分からないのだ。今の日常は俺の力など介在することなく続いている、何ら保証のない日常だ。

 だから、今度は自分自身の力で俺の日常を作り上げる。宇佐美の隣に立てる男になるという目標のためにも……。

「う~~~~ん」

 隣を見ると、車から降りた宇佐美が体を伸ばしている。その姿はまるで猫を連想させ、自然と笑みが溢れる。

 思えば、俺はいつも宇佐美の好意を受け取るだけで、自分から宇佐美に好意を伝える事は無かった。それも改めるべきだろう。

(今日からは、俺から積極的にいこう!)

 新たに決断した俺は、早速行動に移す事にした。

 体の伸びが終わった宇佐美の手を握り締める。

「宇佐美、一緒に家に入ろうか?」

 突然、手を握られた宇佐美は「ふにゃー!」と可愛らしい声を出して、俺の方を見る。宇佐美の顔は耳まで赤くなっている。珍しく動揺しているようだ。

 急速に高くなっていく体温を握った宇佐美の手から感じる。

「うっ、うん……。一緒に入ります……」

 か細い声で言った宇佐美の言葉を聞いた俺は、いつもよりぎこちなく、思い通りに動かない体を認識しながら、家の中まで宇佐美をエスコートするのだった。



ーーーーーーーーーー



《宇佐美源三視点》

「何? 縁談を断った家から苦情が来ている?」

 久慈から報告を受けた私は、その報告を怪訝そうに聞き返す。

「はい。ほとんどの家はお嬢様に既に婚約者がいる事を伝えると引き下がりましたが、ある家だけが食い下がってきました」

 宇佐美家にそんな強気に出られる家がいたとはな……。確かに、通常の家なら縁談の日程まで決まっていたのに突如、話を断ったら苦情が来るのは珍しくない。

 だが、宇佐美家ほどの大家に苦情を言ってのけるとは……。その家は途轍もない度胸があるのか、もしくはただの馬鹿か。

「どこの家だ?」

千本院せんぼんいんです」

「あそこか……」

 王島財閥に次いで、日本経済を支えてきた名家である。宇佐美家とも少なくない交流を持っており、過去には共に大規模事業に関わった事もあり、宇佐美家でも千本院家には強く出られない。

「先方はなんと言っているんだ?」

「はい。お嬢様の婚約者に会わせろ、と申しております」

「周王君に?」

「何でも本当に宇佐美家に相応しい婚約者かどうか確かめるとか。宇佐美家と親交も深い千本院家が将来、宇佐美家を支える人間を見極めるのは当然の権利である、と主張しております」

「ハァーーー!」

 思わず大きくため息を吐いてしまう。何が見極めるか。千本院が今まで政略結婚を使って他家を呑み込み、大きくなってきたことを私が知らないとでも思っているのか?

菓子折り・・・・を持たせて、引き取ってもらえ」

「ハッ!」

 私が命じると、久慈はすぐさま菓子折りの準備へと向かう。これで話が収まると良いのだが……。

「まったく……こうも次から次へと頭を悩ませる問題が出てくるとは」

(まだ隠居するわけにはいかんな……)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

家政婦さんは同級生のメイド女子高生

coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。

男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)

@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」 このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。 「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。 男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。 「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。 青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。 ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。 「カクヨム」さんが先行投稿になります。

処理中です...