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3章

謝罪の後

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「へー、王島さんが謝ってきたんだー」

 空き教室で王島英梨香の謝罪を受けた俺は、現在、宇佐美と屋上で昼食をとるため、屋上のへりに宇佐美と一緒に座っている。

 王島英梨香から謝罪を受けた事を宇佐美に話すと、意外にも宇佐美の反応は薄かった。その顔は特に気にしていない風に見える。

「あれ? もっと怒ったりすると思ったんだけどなぁ。宇佐美、意外と冷静だな」

 思わず、口から本音が出る。

「まぁね。ハル君には黙ってたけど、私もハル君が登校するより前に王島さんに謝られたからね。だから、たぶん今回の呼び出しもそれ関連だろうなって思ってたから……」

 宇佐美の反応を不思議に思っていたが、宇佐美の言葉でその理由が分かって納得する。

 王島英梨香、宇佐美にも既に謝罪していたのか。宇佐美に呼び出しの事を伝えても、特に反応しなかったのはそういう事か。いつもなら、グイグイと聞いてくるからな。

「なんだ。王島が何の用で俺を呼び出したのか分かってたのか……。宇佐美、分かってるなら言ってくれたらいいのに」

「私から伝えたら、ハル君怒って行かないかもしれないじゃん。だから、敢えて伝えなかったんだよ」

 むぅ……。確かに最初から謝ろうとしていると分かっていたら、わざわざ何の用か確かめに行かなかったかもしれない。いや、突っぱねていた可能性もあり得る。

「気を遣わせて悪かったな、宇佐美」

「気にしなくて良いよ」

 何でもないという風にしている宇佐美を見て、俺はどこか釈然としなかった。

 そんなすぐにアイツの事を許していいのか? 未遂だったとはいえ、アイツは宇佐美を陥れようとしたんだぞ。

 妙に納得出来なかった俺は宇佐美に訊ねる。

「宇佐美、良いのか? 王島は宇佐美を誘拐しようとした張本人だぞ。そんな簡単に許していいのか?」

「別に許した訳じゃないよ。でも、誘拐の件で王島さんが王島家の中で振るえる力はかなり減少したからね。もう彼女に私たちを害する力は無いよ」

 宇佐美は澄ました顔で言い放つ。

「そうか……。まぁ、宇佐美が良いんなら俺は良いんだ」

 宇佐美の言葉に渋々ながらも納得する。宇佐美が納得しているのなら、これ以上は野暮だ。結果的に誘拐事件では、俺が怪我をした以外には対して被害は出なかった訳だし。

「それより、久しぶりに一緒のお昼ごはんなんだから早く食べよ!」

 宇佐美は手を叩いて、仕切り直す。

「ああ!」

 宇佐美の言葉に従い、俺はお弁当の入った袋を取り出す。宇佐美家の料理人が作ってくれたお弁当である。

 その後、俺と宇佐美は久しぶりの一緒のお昼ごはんの時間をめいいっぱい楽しむのだった。お弁当は相変わらず美味しかった。



ーーーーーーーーーー



《神崎遥視点》

 時は周王春樹に謝罪した日の夜。

「謝罪は出来たのですか、お嬢様?」

 王島家の本家の屋敷、王島英梨香の私室で王島英梨香付きの執事、神崎遥はブスーッとした顔の王島英梨香に訊ねる。

「一応、謝罪はしましたわ」

「それは良かったです。これで、お屋形様からこってり絞られずに済みますね」

 表情を変えることなく、淡々と神崎遥は言う。

「うるさいですわ! 別にお祖父様からのお説教なんて怖く無いですわ!」

 つい、先日までお屋形様にお説教を食らって、半べそをかいていたというのに、反省がないお嬢様である。この折れない精神力はある意味、尊敬する。見習いたくはないが……。

「それより、周王春樹ですわ! アイ……あの方の情報は集まりましたの!?」

「お嬢様……本当にまだやる気なんですか?」

「当たり前よ!」

 なんと、目の前の自分の主人はまだ宇佐美杏を陥れることを諦めてはいなかった。今も陥れるために悪そうな顔をして、情報を私に寄越すよう要求してくる。

 執着されてしまった宇佐美様には本当に同情する。こんな執念深い人間に目をつけられてしまったのだから。

「しかし、周王春樹様をこれからお嬢様にメロメロにするなんて無理ですよ……。彼のお嬢様への評価は控えめに言っても最悪ですよ?」

 それにお嬢様自身、まだ彼に怯えているような気がする。さっきもアイツと言いかけて、あの方と丁寧な呼び方に言い換えていた。

 どう見ても、まだ彼にビビっている。周王春樹様の脅しが効いているようである。

「大丈夫よ! 好きの反対は無関心! 嫌いは好きに変えられるのよ! 私の美貌なら不可能じゃないわ!」

 随分、都合の良い解釈である。確かに、無関心よりは良いのかもしれないが、一般的に嫌いが好きにひっくり返ることなど、ごく少数しか無いだろう。

 更に言えば、周王春樹は完全に宇佐美杏に恋愛感情を持っている。そこにお嬢様が入る余地は無いと思える。とはいえ、私はお嬢様お付きの執事。主人が望むならその通りに動くだけである。

 たとえ、無駄な苦労になる事が分かっていても。ハァーッと溜め息を吐き、これから訪れるだろう苦労を私は覚悟する。

「コチラが周王春樹様の女性に対する趣味嗜好で御座います」

 数ページでまとめられた資料を渡す。受け取ったお嬢様はふむふむと興味深そうに読み進めていく。その様子にまた、溜め息を吐きたくなる。

 資料を読むお嬢様の姿は、実に楽しそうだ。願うことなら、もう少し健全な方向にその優秀な頭脳を使って欲しいものだと思いつつ、私は虚空を見つめ、現実逃避するのだった。
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