上 下
23 / 38
2章

誘拐

しおりを挟む

「うっ、う~ん」

 くっ、首が痛い……! 俺は何してたんだっけ? そうだ! 宇佐美は、宇佐美は無事か!

 俺が慌てて顔を上げ、周囲を見渡すが、周囲にいたのは、つい1ヶ月前に俺に告白してきた人物、王島英梨香だった。そして、王島英梨香の側には何人もの執事たちが控えていた。俺がいる場所はとても広く、元々何かの工場だったようだ。

 さらに、俺の腕は縄で縛られており、身動きが取れない。目の前の事態をまだ把握していない俺は、ただただ頭を混乱させる。

「あら、気がつきましたのね、周王春樹さん」

「王島さん、あなたは一体……! これはどういうことなんだ、王島さん!」

「ふふふ、薄々勘づいてるんじゃありませんの? 私があなたと宇佐美杏の誘拐を指示した人間だって……」

「ッ!」

 王島さんの言葉に、俺は最も当たって欲しくない最悪の予想が当たっていたと知り、唇を噛む。でも、なぜ王島さんが俺たちを攫うんだ? ハッ! それより宇佐美は無事なのか?

「王島さん、いや王島英梨香……宇佐美は無事なんだろうな!」

「ふふふ、そんなに声を荒げないでください。心配しなくても、あの女は無事ですわ……今のところはね」

 王島英梨香の言葉に、宇佐美がとりあえず無事であることに安心する俺だったが、最後に付け足された言葉に不安を感じ、訊ねる。

「今のところはってどういうことだ? お前、宇佐美に何かするつもりなのか!」

「いやですわ、私そんなに野蛮な女ではありませんわ。ただ、少しだけ……そうですね。明日の昼ごろまで拘束させて貰うだけですわ」

 そう言って、王島英梨香はオホホホホと笑い出す。しかし、俺の方は王島英梨香の言葉が気になって気が気でない。

「何をするつもりなんだ?」

「明日が何の日かご存知ですか?」

「いや……」

「では、教えてあげましょう。明日は宇佐美家が所有する大企業の株主総会ですのよ」

「それがどうしたのか?」

「その大企業の名目上の取締役は宇佐美杏になってるんですの。そして、明日の株主総会で彼女は取締役を解任されるんですの」

「……されるとどうなるんだ?」

 まだ、話の流れがしっかりと見えていない俺は王島英梨香に訊ねる。

「宇佐美杏が将来、宇佐美家の当主になることの条件、それが件の大企業の取締役を高校を卒業するまでに務めること。つまり、明日、宇佐美杏が取締役を解任されれば、彼女は宇佐美家の力を引き継げなくなってしまう。おそらく、分家辺りの人間が代わりに当主になるでしょうね」

「お前……!」

 王島英梨香が描いている最悪の未来を理解した俺は、動かない体を王島英梨香の方に近づけようとするが、すぐに執事達に取り押さえられてしまう。

「やっと、あなたにも理解できたみたいですわね。そう、明日、宇佐美杏は宇佐美家の力を失う」

「お前、なんでこんな事をするんだ! お前だって財閥の一人娘で力なんて幾らでも持ってるんだろ!」

「……」

 俺の言葉にしばらく沈黙を保っていた王島英梨香だったが、不意に目尻を吊り上げ、口を開く。

「私の上に誰かがいるのが許せませんのッ! あの女が来てから、周囲の人間が讃えるのはみんなあの女ッ! あの女ッ! あの女ッ! あの女さえいなければ、私は永遠に頂点にいるという喜びを味わえるッ!」

「そんなことでッ!」

「そんなことではありませんッ! まぁ、庶民のあなたには一生理解できませんわよね」

 目の前にある渦巻く悪意に目眩がしそうになる。でも、ここでこの悪意に屈してしまうわけにはいかないッ!

 俺が必死に王島英梨香の悪意に耐えていると、彼女が言葉を発する。

「でも、あなたには感謝してるんですのよ、周王春樹君。あなたがいなければ、この計画は実現しなかった」

「……どういうことだ?」

「あなたの弱みを調べている時に何も出なかった時は困りましたわ。でも、それならあなた自身を囮にすれば良いって考えついたんですの。あなたを捕らえようとすれば、あの女は間違いなく、あなたを守ろうとする。だから、あなたとあの女が一緒にいる時に襲撃したんですの」

「ッ!」

「あの女、一人だけなら簡単に逃げられたでしょう。でも、あの女にはそれができない。あなたという存在が近くにいるから。あなたを置いて自分だけ逃げるわけにはいかない。その結果、あの女は私の手のものに捕らえられた」

「……!」

 俺がいたせいで宇佐美は捕まってしまった? 俺を守るために逃げなかったから、宇佐美はコイツらに捕まってしまった? クソッ! 俺はいつも宇佐美に守られてばっかじゃないかッ!

「それでは失礼しますわ、周王春樹君。私もそろそろ、あの女の屈辱に歪む顔を見たいですからね」

 そう言い残すと、王島英梨香は一人だけ執事を伴い、その他の執事達を残して去って行ってしまう。

 クソッ! このままでいいのか俺ッ! 宇佐美は俺がドン底にいた時に助けてくれた。傷ついて動けない俺の側にいつまでもいてくれた! 覚悟を決めろッ! 今こそ俺が宇佐美を助ける時だッ!

 宇佐美を助けるという覚悟を決めた俺は二条さんの指導の時の言葉を思い出す。

『いいですか、周王様。もしかしたらこの先、あなたやお嬢様が危険な目に遭う時が来るかもしれません。もしかしたら、身動きが取れない時が来るかもしれません。その時のためにコレを教えます。ですが、コレをやる為には少しだけ覚悟が必要ですよ?』

 二条さんが教えてくれた技、それを思い出す。行くぞ、俺ッ! ケツの穴締めて、覚悟を決めろッ! うおおおおおおおおお!

 ゴキッ。

 鈍い音が聞こえ、談笑していた執事達が俺に振り返ろうとする。でも、もう遅いッ!

「オラァッ!」

 俺は一番近くにいた執事の腹に蹴りを入れる。蹴りを入れられた執事は床を少しの間、滑ったあと止まる。

「ハァ……ハァ……」

 やっぱり痛ええええぇぇぇぇ! 俺がしたこと、それは親指の関節を外すことである。親指の関節が外れたことにより、縄は解けたが、今でも右手の親指は力なくプラプラと揺れている。

「お前ッ! 関節を外したのかッ! なんて野郎なんだッ!」

 俺がした事を理解した執事の一人が信じられないものを見るような目で俺を見る。

「ハァ……ハァ……正解だッ! 足も縄で縛らなかった自分達を恨みなッ!」

 周王春樹の反撃が、今始まる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

男がほとんどいない世界に転生したんですけど…………どうすればいいですか?

かえるの歌🐸
恋愛
部活帰りに事故で死んでしまった主人公。 主人公は神様に転生させてもらうことになった。そして転生してみたらなんとそこは男が1度は想像したことがあるだろう圧倒的ハーレムな世界だった。 ここでの男女比は狂っている。 そんなおかしな世界で主人公は部活のやりすぎでしていなかった青春をこの世界でしていこうと決意する。次々に現れるヒロイン達や怪しい人、頭のおかしい人など色んな人達に主人公は振り回させながらも純粋に恋を楽しんだり、学校生活を楽しんでいく。 この話はその転生した世界で主人公がどう生きていくかのお話です。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ この作品はカクヨムや小説家になろうで連載している物の改訂版です。 投稿は書き終わったらすぐに投稿するので不定期です。 必ず1週間に1回は投稿したいとは思ってはいます。 1話約3000文字以上くらいで書いています。 誤字脱字や表現が子供っぽいことが多々あると思います。それでも良ければ読んでくださるとありがたいです。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

ただ巻き芳賀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

女の子にされちゃう!?「……男の子やめる?」彼女は優しく撫でた。

広田こお
恋愛
少子解消のため日本は一夫多妻制に。が、若い女性が足りない……。独身男は女性化だ! 待て?僕、結婚相手いないけど、女の子にさせられてしまうの? 「安心して、いい夫なら離婚しないで、あ・げ・る。女の子になるのはイヤでしょ?」 国の決めた結婚相手となんとか結婚して女性化はなんとか免れた。どうなる僕の結婚生活。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

処理中です...