21 / 38
2章
修行
しおりを挟むラブレターの騒動も終わり、俺は宇佐美の家へと帰ってきていた。そして、今は使用人室で宇佐美の家のメイド長、二条纏さんと対面していた。対面している二条さんは相変わらず、感情の見えない表情をして、俺の顔をまっすぐ見つめている。
そして、俺は二条さんに使用人まで来てもらった要件を伝えるのだった。
「二条さん、俺を強くしてください! 俺、宇佐美の隣に立てる男になりたいんです! お願いします」
俺の要件を聞いた二条さんは、しばらく沈黙した後、不意に口を開く。
「なぜ、私に頼むんですか? 私以外にも、執事長の榊など、適任者はたくさんいるように思えるのですが?」
「榊さんには一度頼みました。そしたら、少し怒られましたけど、二条さんが一番適任だって教えてくれました」
「執事長がそんなことを……」
俺の言葉を聞き、しばらく顎に手を当てて考えていた二条さんだったが、考えがまとまったのか、顎から手を離し、言葉を発する。
「わかりました。私で務まるかは分かりませんが、精一杯、周王様が強くなれるよう、私が鍛えて差し上げます。しかし、相応に厳しいので覚悟はしておいてください」
「はい! よろしくお願いします!」
その日から、二条さんの指導が始まった。
二条さんの指導は厳しく、しかし、同時に二条さんが課してくる課題をクリアするたびに、自分が肉体的にも精神的にも強くなっていることを実感することができた。
そして、今日も学校から帰宅し、宇佐美と食事を済ませた後、宇佐美の家の敷地の中にある運動施設に俺と二条さんはいた。
二条さんは体にピッチリと貼り付くボディラインがしっかりと見える服を着ていた。動きやすくするために、敢えてピッチリとした服を着ているらしいが、近くで見ている俺にとっては動くたびに二条さんの一般的な女性ぐらいの胸が揺れ、目に毒である。
「さあ、今日も始めましょうか」
そう言って、二条さんと俺の指導の時間が始まる。最初の方こそ、体力作りや筋力作りが中心だったが、最近は筋力トレーニングの方は自主練習で、指導の時間中のほとんどは二条さんとの手合わせとなっている。
これまで何百回と手合わせをしてきたが、俺は未だに一度も二条さんを触ることすらできないでいた。
「ほら、フォローが遅いですよ」
二条さんは俺が突き出した腕を掴み、俺の懐にいとも簡単に入り、がらあきの顎に拳を寸止めする。流れるようなその体捌きに尊敬と同時に悔しさが込み上げてくる。
俺と二条さんの手合わせはいつも俺が全力で二条さんに当てにいき、二条さんは当たる寸前で止めるという、二条さんだけ、マス・ボクシングという形で行っている。
最初こそ、全力で当てにいくことに抵抗が有ったが、再三、拳を寸止めされ、実力に大きな開きがあると理解してからは、俺も全力で当てにいくようになっていた。
「今日はこれくらいにしておきましょうか」
「ハァ……ハァ……はい」
俺は地面に仰向けになりながら、息も絶え絶えになりながらもなんとか返事をする。気がつけば、俺と二条さんの指導が始まってから、1ヶ月以上が経っていた。
手合わせははっきりとした結果が目に見えるわけではないが、たった一度だけだが、二条さんの頬を拳が掠めたことがあり、それなりに強くなっているのだと信じたい。
この時間に意味があるのかはわからない。でも、何もしないわけにはいかない。何もしなければ、何も変わらない。俺は一生、宇佐美の隣に立つことが出来なくなるだろう。だから、俺はもしこの時間が無駄になったとしても後悔はない。間違いなく、前に進んではいるのだから。
ーーーーーーーーーー
《二条纏視点》
「執事長、意外でしたよ。まさか、あなたが私を周王様に推薦するとは。あなたは周王様に良い感情は持っていなかったと記憶していましたが?」
使用人室、その一角で私と執事長、榊清十郎は対面していた。
「ふんっ、今でもあの小僧に良い感情は持っておらんわ」
「なら、なぜ?」
「……」
私が訊ねると、執事長はしばらく閉口していたが、私から顔を背け、ゆっくりと口を開く。
「……努力しようとする者の足を引っ張るほど、儂の性格は悪くないわ。あの小僧のことは気に食わんが……努力しようとする姿勢だけは認めている」
「……そうですか」
そう言うと、執事長は使用人室から出て行く。
これが彼が宇佐美家の執事長を務めている由縁ですかね。お嬢様への行き過ぎた忠誠こそ問題ですが、平常の彼は人格者ですからね。
少し心配していましたが、この分なら周王様と和解する日も近いかもしれませんね。さて、いいかげん私も仕事を始めなくてはいけませんね。
私は使用人室を出ていった執事長を追うように、私もまた、使用人室から出て行くのだった。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
家政婦さんは同級生のメイド女子高生
coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)
@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」
このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。
「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。
男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。
「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。
青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。
ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。
「カクヨム」さんが先行投稿になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる