9 / 38
1章
待ち合わせ
しおりを挟むつい先程、宇佐美からデートのお誘いを受けた俺は、今、待ち合わせの場所に指定された駅前に向かうバスに乗っていた。待ち合わせの場所に近づくたびに、俺は自分の体が緊張で固まっていくのを感じる。
落ち着け、俺! 落ち着くんだ!
俺は胸を押さえ、何度も深呼吸をする。何とか自分を落ち着けようとあらゆる手を試すが、一向に体の緊張は解けない。いや、むしろ落ち着こうと思えば思うほど、これからのことを意識し、体が硬くなっていく。
「新浜駅~、新浜駅~」
俺が緊張を解こうと手をこまねいている間に、バスは待ち合わせの駅前に着いてしまう。もう覚悟を決めろと自分に言い聞かせ、俺は意を決してバスから降りる。
駅前に着いた俺は、宇佐美を探すためにキョロキョロと周囲に視線を巡らす。しかし、宇佐美はまだ来ていないようで宇佐美の姿をこの目に確かめることは出来なかった。
宇佐美がまだ来ていないことにホッとした俺は、服や髪に乱れがないかを確認していく。身なりを整え終わると、俺は左腕につけていた腕時計に視線を落とす。見ると、時計の針は11時40分を差している。
宇佐美はまだか……。いや、こんな緊張した状態で会わなくてよかったか。今、宇佐美に会ったら自分でもどうなるかわからない。
俺は宇佐美が見つけやすいように、駅前の噴水広場に移動し、宇佐美が来るのを心臓を激しく脈打たせながら待つ。
……15分後。
噴水広場でドキドキしながら宇佐美を待っていると、ここ最近で一番聞き馴染みのある声が耳に届く。
「ハルく~ん!」
宇佐美は俺に腕を振りながら、小走りで近づいてくる。宇佐美とすれ違った人達は、宇佐美の美貌ゆえか、一人残らず振り返って二度見して見惚れている。
「ハル君! ごめんね、待った?」
「いや、大して待ってないさ」
宇佐美は動き易さを重視してなのか、パンツスタイルにキャップを合わせ、少しボーイッシュな服装をしている。普段の可愛らしい服装とのギャップに俺の胸が高鳴る。今日の宇佐美は、色眼鏡を無しにしても、そこらにいる女子とは比べものにならないほど輝いていた。いつも以上に可愛い宇佐美の姿に、俺は自然と顔が熱くなる。
「ふふっ。それじゃ、行こ? ハル君」
そう言って宇佐美が俺に手を差し出す。目の前にある光景に、はじめて宇佐美の家に来た時のことを思い出す。
『さぁ、行こ? ハル君』。あの時の宇佐美も俺に手を差し出し、優しく家に招いてくれた。宇佐美の優しさに触れ、壊れかけていた俺の心は徐々に回復しつつある。
思えば、あの時はあんなに死にたいと思っていたのに、今では死のうと意識することはなくなった。今、俺の心の根底には宇佐美と一緒に生きたいという思いで溢れていた。
「ああ、行こう」
俺は心の中で宇佐美に感謝しながら、宇佐美の手を取る。俺が手を合わせると、宇佐美もエヘヘと嬉しそうに笑う。
「それじゃ、まずはお昼ご飯を食べようよ!」
「ああ、そうだな」
昼時で腹も空いていた俺は宇佐美の提案に乗り、俺たちは噴水広場から歩き出す。
ーーーーーーーーーー
《二条纏視点》
「お嬢様、αからδまで配置完了いたしました」
「ご苦労、ハル君とのデートのサポートを開始しなさい」
「かしこまりました」
建物の上で身を潜めていた私はお嬢様からの命を受け、周王春樹様とお嬢様の恋路をサポートするために編成されたチーム、【プレアデス】に指示を出す。
「αとβは引き続きお二人の監視を、γとδはお二人の進行方向にいる人間を排除しなさい」
「イエッサー!」
私の指示を受け、プレアデス達は一斉に動き出す。私もお二人を見渡せる位置に移動し、今後の動き方を探る。眼下では手を繋いだ2人の少年、少女達が歩きながら談笑する様子が見てとれる。
とりあえずはうまく行っているようですね……。緊張も見ている感じなさそうですね。
デート直前には、慌てふためいていた自らの主人が順調にデートする様子を見て、二条纏は満足そうに頷く。
二条纏にとって自らの主人、宇佐美杏は恩人であった。イギリスの名門メイドスクールをわずか1年で卒業し、業界ではスーパーエリートと私は目されていた。
しかし、実際にメイドとして働こうと、様々な家に雇ってくれないかと申し入れをしても、どこの家も雇ってはくれなかった。なぜダメなのかと理由を聞いても、言葉を濁すばかりではっきりとした答えは帰ってこない。
あとから知ったことだが、私がどこに行っても門前払いだったのは、スクール時代、私と同期で卒業した卒業生の仕業だった。
どうやら、問題行動を数多く起こし、親から放逐するような形でメイドスクールに入った名家の令嬢が、私を一方的に敵視していたらしい。本人からは、私が3年間苦労してやっと卒業に漕ぎ着けたのに、たった1年で卒業した私が憎たらしかったと聞いた。
彼女は自分の家の力を使い、あらゆる名家や資産家、挙句の果てには一国を牛耳る王族にまで私の悪評を流し、メイドとして働けないように圧力を掛けたらしい。
しかし、そんな中、唯一私を雇ってくれたのがお嬢様であった。世間に流された悪評など一切気にせず、ただ私という人間を見て宇佐美家で雇うという決断をしてくれた。
だからこそ、私はお嬢様の望む通りに動くのである。お嬢様の望みを叶え、幸福になってもらう。それだけのために今の私は存在している。
私が昔の記憶に思いを馳せていると、お嬢様から新たな指令が入る。
「これよりハル君と昼食を摂ります。その間、周囲の人間の排除を行いなさい」
「了解しました」
お嬢様から新たな命を受け、私はプレアデス達に指示を行っていく。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
家政婦さんは同級生のメイド女子高生
coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。
男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)
@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」
このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。
「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。
男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。
「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。
青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。
ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。
「カクヨム」さんが先行投稿になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる