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後日談
尊き日常
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尊き日常
下草をふみしめてエクルドは、なだらかな丘陵を歩く。友人二人が眠る墓石の前で立ち止まると、跪いて丁寧に花を捧げた。
「ゲイル、夫人。アルヴィナ妃の懐妊が分かってね。すまないが私で我慢してくれ。」
礼を取っていた足を崩し、エクルドはその場にのんびりと腰を下ろした。
「……お二人目の子供は女の子だと、魔道具で判定されたよ。楽しみだな。」
すでに嫁には出さないと、全方位に向けて警戒しているカーティスを思い出し、エクルドは苦笑を浮かべた。
「前国王陛下を思い出すよ。ゲイルも夫人も覚えているだろ?レティス王妃の主治医がブチ切れたのを……。さすが親子だ。似なくていいところまで似ておいでだ。」
愛情深い王家の男は、とにかく伴侶に尽くす。うろちょろと周りを徘徊し、小さなことまで世話を焼く。それはまだいい。許容の範囲内。問題は他にある。
「私はノーラの血管が千切れないか、毎日気が気じゃない。」
厄介なのはお腹が目立ち始めてからだった。普段はしまい込む派の王家の男は、妻が自分の子を身籠っている。その事実を自慢したくなるらしい。
明らかに妊婦だと分かるようになると、子を身籠っています。自分が父親です。とドヤ顔をしたくてたまらなくなるらしい。
「結局、例のパーティーを開催したんだが、カイル殿下にもしっかりと受け継がれてしまったようでなぁ……」
身重で大変な王妃を連れ回させるより、もう相手に来てもらって一回、好きなだけ自慢させ満足させよう。そんな意図のもと、王が終始ドヤ顔する王家伝統の懐妊お披露目パーティーが先日行われた。
「陛下と一緒に見事なドヤ顔をしていたよ。兄になりたいとずっと言っておられたからなぁ。」
凄みのあるドヤ顔の横で、得意げにドヤる王子は兄になる誇らしさに目をキラキラさせていた。
「陛下はともかく、殿下はとても可愛らしかった。」
カーティスとアルヴィナ。二人の美貌を半々に受け継いだような王子。素直で優しい性格は、幼い日のカーティスを思い出させた。
「羨ましいだろう?」
皮肉げに口元を歪めて、エクルドはゲイルの墓石を振り返った。
「勝手に死ぬからそうなる。」
相談も手助けもさせてくれず、先に逝ってしまった親友。生きていれば快活で愛らしいカイル殿下に会えた。もうすぐ生まれる小さな命にも。
「キリアン卿もリース卿も、まだまだ頼りない。蜂蜜かと言いたくなるほど、陛下に甘すぎるんだ。」
三人の結束は固い。別人になるほどのカーティスの絶望。それを間近で見ていた二人。悪夢が晴れても、二人はカーティスに甘いままだ。
だからといって莫大な予算を費やして、妻の妊娠を自慢する。それだけのために地図にある全ての国の王族を、呼ぼうとするのはいただけない。
「全く、おちおち引退もできんよ。」
カーティスの望みを叶えようとする二人に呆れ、「殿下と姫に婚約の申し入れが殺到するでしょうね」と取りやめさせたのはエクルドだ。
「夫人、プリシラと一緒にお待ちください。できるだけたくさんの土産話をお持ちしますから。」
立ち上がったエクルドは、ゲイルの墓石に適当に手を振った。その分メリベルの墓石には、丁寧に頭を下げる。
「ゲイル、土産話は当分先だ。生きてる者の特権だろう?」
いつか妻と友人夫妻に、語って聞かせよう。長い悪夢を乗り越えた先のダンフィルを。
ようやく安息を手にいれた王を支え、レジスト侯爵家の後継を育てあげる。幸福と平和を謳歌して、精一杯生きる。いつか再び見まえる大切な者たちに伝えられるように。それが生き残った者の使命なのだろうから。
※※※※※
柔らかな風に運ばれてきた、楽し気な声にカーティスはしばし足を止めた。
「ははうえ。僕のいもうととは、まだあえないのですか?」
「ふふっ。もうすぐ会えるわ。」
「僕、はやくあいたい。」
「じゃあ、お願いしてみる?早く会いに来てって。」
「はい!……アイリス。おにいちゃんだよ。はやくおいで。いっしょにあそぼう。」
「アイリスはきっと、優しいお兄ちゃんを大好きになるわ。」
「ははうえ、僕、いいおにいちゃんになります! アイリスにえほんをよんであげていいですか?」
自然と笑みが浮かび、カーティスは遅刻気味の足を早めた。
「カイル、父上も会いたがっていると伝えなさい。」
「ちちうえ!」
「カーティス。終わったのですか?」
「ああ。待たせたな。」
嬉しそうにカーティスを見上げるカイルを撫で、アルヴィナの頬に背後から口づける。くすぐったそうに身をよじり、カーティスを見上げたアルヴィナに目を細めた。
「変わりはないか?」
「……カーティス。そんなに心配しなくて大丈夫です。」
会議に出ていた三時間ほどで、劇的に体調が変化するわけがない。アルヴィナは困ったように眉尻を下げた。心配はありがたいが、ちょっと確認する頻度が多すぎる。
「妻の体調を考慮するのは当然のことだ。……カイル、下りなさい。」
「私は平気です。」
「だめだ。」
アルヴィナに抱っこされていたカイルが、広げかけた絵本を手に戸惑ったように母親を見上げる。アルヴィナはため息を飲み込みながら、カイルに優しく微笑みかけた。
「カイル、大丈夫よ。アイリスに絵本を読んであげて?」
カイルは迷うように母親と父親を見回した。優しく微笑む母と、むすっと腕を組んで仁王立ちする父。カイルは少し考えて、そのまま妹に絵本を読むことにした。結局父は母に勝てないことを、カイルはすでに感覚的に学習していた。
「はるのようせい。だんふぃるのはるには、ようせいがとびかいます。」
絵本を読み始めたカイルに、カーティスはぴくりと眉を震わせた。背後から凄んで見せても、母親を味方につけた息子は、気にせず絵本を読み続ける。アルヴィナも優しく絵本を読む息子を見つめている。
カーティスはため息をつくと、そのまま背後からアルヴィナをカイルごと抱き上げた。
「きゃっ!!カーティス!!」
「わあ!ちちうえ、すごい!」
慌ててカイルを抱きしめたアルヴィナを抱えたまま、回り込んだ椅子に腰を下ろす。
「カーティス!」
「平気なのだろう?」
皮肉気に口角を上げたカーティスに、アルヴィナは慌てて抗議した。
「カ、カイルを抱いているのは平気という意味です。下ろしてください!」
カイルを抱くアルヴィナを、カーティスが膝にのせている。人数分の椅子が用意されているのに、わざわざサンドイッチ状態でいる羞恥に、アルヴィナは真っ赤になった。控えている給仕の侍女達は、微妙に視線を逸らしている。アルヴィナは必死にカーティスに懇願した。
「カーティス、下ろしてください!危ないです!」
「私が落とすとでも?そのままカイルを抱いていればいい。」
「カーティス!」
「カイル、どうした?絵本を読んでやるんだろう?」
アルヴィナの抗議を聞き流し、力持ちな父親をきらきらと見つめていたカイルに微笑みかける。大きく頷いたカイルは、張り切って絵本に顔を戻した。
「……えっと。だんふぃるのようせいは、きれいな花がだいすきです。かだんにはたくさんの、ようせいがあつまります。」
「確かにお前の母上は花が好きだ。」
「カ、カーティス?」
「ははうえも?」
きょとんと首を傾げたカイルに、カーティスはニヤリと笑みを見せた。
「知らなかったのか?お前の母上はダンフィルの妖精だぞ?」
「……ははうえは、ようせいなの?」
「な、なにを言って……」
「そうだ。カイル、お前は母上より美しいものを見たことがあるか?」
「!!!!」
驚いたように大きな目を見開いていたカイルの顔が、ゆっくりと輝きだした。
「……それじゃあ、ははうえは……」
「そうだ。これほど美しいのだから、妖精なのは当然だ。」
「はい!」
「…………カイル……」
キラキラと輝く純粋な瞳を向けられて、アルヴィナは真っ赤になった顔を覆って俯いた。
「アイリス!きこえた?僕たちのははうえは、ようせいなんだって!すごいね!」
「……違うの……カイル……やめて……」
アルヴィナの羞恥で小さくなった声は、大興奮の息子には届かない。カーティスはますます笑みを深めて息子に頷いた。
「そうだろう?きっと生まれてくるお前の妹は天使だ。」
「……てんしっ!!僕のいもうとはてんし!!」
嬉しさにアルヴィナの膨らんだお腹に、カイルが抱きついた。
「カイル……違うの……カーティス……信じてしまうではありませんか……」
真っ赤になって顔を上げられないアルヴィナに、カーティスは満足げに笑みを浮かべた。そっとアルヴィナの耳朶にすり寄り囁きかける。
「アヴィー。体調を心配する夫を無下にするからこうなる。」
「無下になど……」
「心配するな。私とお前の娘だ。天使が生まれるに決まっている。」
「そういうことではありません。」
「アイリスがどれほど美しい天使でも、私の愛しい妖精はいつまでもお前だ。」
「…………カーティス……お願いですから……」
俯いたまま小さな小さな声で、絞り出すように呟くアルヴィナを、カーティスは満足そうに眺めた。
優しい午後の日差しが降り注ぐ、白亜宮の中庭。侍女達の目のやり場に困る光景は、在りし日の王家のひと時を思い出させた。
カーティスが優しくアルヴィナとカイルを抱き寄せる。そのぬくもりは歪に固まった心に優しく沁みて、悪夢に失ったものを取り戻させてくれる気がした。
「私のアヴィー。身体を厭い、健やかな子を産め。」
「……はい、カーティス……」
《全ての痛みと苦しみを、歓びと幸福を互いのものとして分け与え、分かち合う。
互いの精神、身体、生命を持ってこの愛に殉じよ。生ある限り忠誠を持って誓いを全うせよ。
この宣言をもって全てに優先する、未来永劫不変の愛の誓約を魂に刻むものとする》
絶望の中にあって唯一の指針であった誓約。カーティスだけが護り続けた誓いは、等しく二人で分かち合う魂を繋ぐ願いとなった。
「愛しいアヴィー。私の側から離れるな。」
ため息のような甘やかな囁きは、穏やかに吹き抜けた風に溶け、ふわりと空に舞い上がる。アルヴィナに口づけを落としたカーティスは、密やかに嘆息した。
アイスブルーの瞳が、優しくまっすぐ射貫くようにアルヴィナを見つめている。その視線はアルヴィナを痺れたように動けなくしてしまう。
目の前で見つめ合う両親に挟まれ、カイルがぽかんと二人を見上げた。この二人の間に生まれた子供達は、そんな両親を間近で日常として受け止め成長していくことになる。
王家の懐妊お披露目パーティーの伝統は、どうやらこの先も途切れることはなさそうだ。
※※※※※
これにて完結です。お付き合いいただきありがとうございました。また別作でお会いしましょう!
下草をふみしめてエクルドは、なだらかな丘陵を歩く。友人二人が眠る墓石の前で立ち止まると、跪いて丁寧に花を捧げた。
「ゲイル、夫人。アルヴィナ妃の懐妊が分かってね。すまないが私で我慢してくれ。」
礼を取っていた足を崩し、エクルドはその場にのんびりと腰を下ろした。
「……お二人目の子供は女の子だと、魔道具で判定されたよ。楽しみだな。」
すでに嫁には出さないと、全方位に向けて警戒しているカーティスを思い出し、エクルドは苦笑を浮かべた。
「前国王陛下を思い出すよ。ゲイルも夫人も覚えているだろ?レティス王妃の主治医がブチ切れたのを……。さすが親子だ。似なくていいところまで似ておいでだ。」
愛情深い王家の男は、とにかく伴侶に尽くす。うろちょろと周りを徘徊し、小さなことまで世話を焼く。それはまだいい。許容の範囲内。問題は他にある。
「私はノーラの血管が千切れないか、毎日気が気じゃない。」
厄介なのはお腹が目立ち始めてからだった。普段はしまい込む派の王家の男は、妻が自分の子を身籠っている。その事実を自慢したくなるらしい。
明らかに妊婦だと分かるようになると、子を身籠っています。自分が父親です。とドヤ顔をしたくてたまらなくなるらしい。
「結局、例のパーティーを開催したんだが、カイル殿下にもしっかりと受け継がれてしまったようでなぁ……」
身重で大変な王妃を連れ回させるより、もう相手に来てもらって一回、好きなだけ自慢させ満足させよう。そんな意図のもと、王が終始ドヤ顔する王家伝統の懐妊お披露目パーティーが先日行われた。
「陛下と一緒に見事なドヤ顔をしていたよ。兄になりたいとずっと言っておられたからなぁ。」
凄みのあるドヤ顔の横で、得意げにドヤる王子は兄になる誇らしさに目をキラキラさせていた。
「陛下はともかく、殿下はとても可愛らしかった。」
カーティスとアルヴィナ。二人の美貌を半々に受け継いだような王子。素直で優しい性格は、幼い日のカーティスを思い出させた。
「羨ましいだろう?」
皮肉げに口元を歪めて、エクルドはゲイルの墓石を振り返った。
「勝手に死ぬからそうなる。」
相談も手助けもさせてくれず、先に逝ってしまった親友。生きていれば快活で愛らしいカイル殿下に会えた。もうすぐ生まれる小さな命にも。
「キリアン卿もリース卿も、まだまだ頼りない。蜂蜜かと言いたくなるほど、陛下に甘すぎるんだ。」
三人の結束は固い。別人になるほどのカーティスの絶望。それを間近で見ていた二人。悪夢が晴れても、二人はカーティスに甘いままだ。
だからといって莫大な予算を費やして、妻の妊娠を自慢する。それだけのために地図にある全ての国の王族を、呼ぼうとするのはいただけない。
「全く、おちおち引退もできんよ。」
カーティスの望みを叶えようとする二人に呆れ、「殿下と姫に婚約の申し入れが殺到するでしょうね」と取りやめさせたのはエクルドだ。
「夫人、プリシラと一緒にお待ちください。できるだけたくさんの土産話をお持ちしますから。」
立ち上がったエクルドは、ゲイルの墓石に適当に手を振った。その分メリベルの墓石には、丁寧に頭を下げる。
「ゲイル、土産話は当分先だ。生きてる者の特権だろう?」
いつか妻と友人夫妻に、語って聞かせよう。長い悪夢を乗り越えた先のダンフィルを。
ようやく安息を手にいれた王を支え、レジスト侯爵家の後継を育てあげる。幸福と平和を謳歌して、精一杯生きる。いつか再び見まえる大切な者たちに伝えられるように。それが生き残った者の使命なのだろうから。
※※※※※
柔らかな風に運ばれてきた、楽し気な声にカーティスはしばし足を止めた。
「ははうえ。僕のいもうととは、まだあえないのですか?」
「ふふっ。もうすぐ会えるわ。」
「僕、はやくあいたい。」
「じゃあ、お願いしてみる?早く会いに来てって。」
「はい!……アイリス。おにいちゃんだよ。はやくおいで。いっしょにあそぼう。」
「アイリスはきっと、優しいお兄ちゃんを大好きになるわ。」
「ははうえ、僕、いいおにいちゃんになります! アイリスにえほんをよんであげていいですか?」
自然と笑みが浮かび、カーティスは遅刻気味の足を早めた。
「カイル、父上も会いたがっていると伝えなさい。」
「ちちうえ!」
「カーティス。終わったのですか?」
「ああ。待たせたな。」
嬉しそうにカーティスを見上げるカイルを撫で、アルヴィナの頬に背後から口づける。くすぐったそうに身をよじり、カーティスを見上げたアルヴィナに目を細めた。
「変わりはないか?」
「……カーティス。そんなに心配しなくて大丈夫です。」
会議に出ていた三時間ほどで、劇的に体調が変化するわけがない。アルヴィナは困ったように眉尻を下げた。心配はありがたいが、ちょっと確認する頻度が多すぎる。
「妻の体調を考慮するのは当然のことだ。……カイル、下りなさい。」
「私は平気です。」
「だめだ。」
アルヴィナに抱っこされていたカイルが、広げかけた絵本を手に戸惑ったように母親を見上げる。アルヴィナはため息を飲み込みながら、カイルに優しく微笑みかけた。
「カイル、大丈夫よ。アイリスに絵本を読んであげて?」
カイルは迷うように母親と父親を見回した。優しく微笑む母と、むすっと腕を組んで仁王立ちする父。カイルは少し考えて、そのまま妹に絵本を読むことにした。結局父は母に勝てないことを、カイルはすでに感覚的に学習していた。
「はるのようせい。だんふぃるのはるには、ようせいがとびかいます。」
絵本を読み始めたカイルに、カーティスはぴくりと眉を震わせた。背後から凄んで見せても、母親を味方につけた息子は、気にせず絵本を読み続ける。アルヴィナも優しく絵本を読む息子を見つめている。
カーティスはため息をつくと、そのまま背後からアルヴィナをカイルごと抱き上げた。
「きゃっ!!カーティス!!」
「わあ!ちちうえ、すごい!」
慌ててカイルを抱きしめたアルヴィナを抱えたまま、回り込んだ椅子に腰を下ろす。
「カーティス!」
「平気なのだろう?」
皮肉気に口角を上げたカーティスに、アルヴィナは慌てて抗議した。
「カ、カイルを抱いているのは平気という意味です。下ろしてください!」
カイルを抱くアルヴィナを、カーティスが膝にのせている。人数分の椅子が用意されているのに、わざわざサンドイッチ状態でいる羞恥に、アルヴィナは真っ赤になった。控えている給仕の侍女達は、微妙に視線を逸らしている。アルヴィナは必死にカーティスに懇願した。
「カーティス、下ろしてください!危ないです!」
「私が落とすとでも?そのままカイルを抱いていればいい。」
「カーティス!」
「カイル、どうした?絵本を読んでやるんだろう?」
アルヴィナの抗議を聞き流し、力持ちな父親をきらきらと見つめていたカイルに微笑みかける。大きく頷いたカイルは、張り切って絵本に顔を戻した。
「……えっと。だんふぃるのようせいは、きれいな花がだいすきです。かだんにはたくさんの、ようせいがあつまります。」
「確かにお前の母上は花が好きだ。」
「カ、カーティス?」
「ははうえも?」
きょとんと首を傾げたカイルに、カーティスはニヤリと笑みを見せた。
「知らなかったのか?お前の母上はダンフィルの妖精だぞ?」
「……ははうえは、ようせいなの?」
「な、なにを言って……」
「そうだ。カイル、お前は母上より美しいものを見たことがあるか?」
「!!!!」
驚いたように大きな目を見開いていたカイルの顔が、ゆっくりと輝きだした。
「……それじゃあ、ははうえは……」
「そうだ。これほど美しいのだから、妖精なのは当然だ。」
「はい!」
「…………カイル……」
キラキラと輝く純粋な瞳を向けられて、アルヴィナは真っ赤になった顔を覆って俯いた。
「アイリス!きこえた?僕たちのははうえは、ようせいなんだって!すごいね!」
「……違うの……カイル……やめて……」
アルヴィナの羞恥で小さくなった声は、大興奮の息子には届かない。カーティスはますます笑みを深めて息子に頷いた。
「そうだろう?きっと生まれてくるお前の妹は天使だ。」
「……てんしっ!!僕のいもうとはてんし!!」
嬉しさにアルヴィナの膨らんだお腹に、カイルが抱きついた。
「カイル……違うの……カーティス……信じてしまうではありませんか……」
真っ赤になって顔を上げられないアルヴィナに、カーティスは満足げに笑みを浮かべた。そっとアルヴィナの耳朶にすり寄り囁きかける。
「アヴィー。体調を心配する夫を無下にするからこうなる。」
「無下になど……」
「心配するな。私とお前の娘だ。天使が生まれるに決まっている。」
「そういうことではありません。」
「アイリスがどれほど美しい天使でも、私の愛しい妖精はいつまでもお前だ。」
「…………カーティス……お願いですから……」
俯いたまま小さな小さな声で、絞り出すように呟くアルヴィナを、カーティスは満足そうに眺めた。
優しい午後の日差しが降り注ぐ、白亜宮の中庭。侍女達の目のやり場に困る光景は、在りし日の王家のひと時を思い出させた。
カーティスが優しくアルヴィナとカイルを抱き寄せる。そのぬくもりは歪に固まった心に優しく沁みて、悪夢に失ったものを取り戻させてくれる気がした。
「私のアヴィー。身体を厭い、健やかな子を産め。」
「……はい、カーティス……」
《全ての痛みと苦しみを、歓びと幸福を互いのものとして分け与え、分かち合う。
互いの精神、身体、生命を持ってこの愛に殉じよ。生ある限り忠誠を持って誓いを全うせよ。
この宣言をもって全てに優先する、未来永劫不変の愛の誓約を魂に刻むものとする》
絶望の中にあって唯一の指針であった誓約。カーティスだけが護り続けた誓いは、等しく二人で分かち合う魂を繋ぐ願いとなった。
「愛しいアヴィー。私の側から離れるな。」
ため息のような甘やかな囁きは、穏やかに吹き抜けた風に溶け、ふわりと空に舞い上がる。アルヴィナに口づけを落としたカーティスは、密やかに嘆息した。
アイスブルーの瞳が、優しくまっすぐ射貫くようにアルヴィナを見つめている。その視線はアルヴィナを痺れたように動けなくしてしまう。
目の前で見つめ合う両親に挟まれ、カイルがぽかんと二人を見上げた。この二人の間に生まれた子供達は、そんな両親を間近で日常として受け止め成長していくことになる。
王家の懐妊お披露目パーティーの伝統は、どうやらこの先も途切れることはなさそうだ。
※※※※※
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でもハッピーエンドで良かった💏
丁寧なお返事ありがとうございました🙇
次回作も楽しみにしています😆💕
感想ありがとうございます!
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感想ありがとうございました!今日も暑いので体調にはお気をつけて!また別作でお会いしましょー!
完結おめでとうございます㊗️
番外編は、どの話もめっちゃ×♾️良かったです😊
ハッピーエンドで良かった😊
ウォロック、国王を前に笑いが止まらないって大物だな😆
ウォロックにも幸せになって欲しい😊
エクルド視点、カイル殿下の話しは泣けてきた😢
亡命以外に選択肢は無かったのかな
妻子をリーベンに避難させて、ゲイルはカーティス達とってすれば、5年なんてかからずに終息できたのではと思う💦
そうしたら、可愛い娘、孫の取り合いに妻達が呆れるなんて未来もあったのかな😂
父親と祖父が争ってる横で、ちゃっかり妹を連れ去るカイルとかも(笑)
そんな未来を奪った元王妃もリーベンでの強制労働ですか?
後、元凶でもあるネロはどうなったのですか?
平民が貴族に脅されたら、死ぬか従うしか選択肢は無いと思う
仕方ないとは言えないけど、沢山の命を奪った分これからは沢山の人を助ける薬を作るのを贖罪に生きてほしいな😢
感想ありがとうございます!
後日談、楽しんでいただけてよかった!もしもアルヴィナが成人していたなら、婚姻を結び王族となれば保護石で身を守れた。残るという選択をできたかもしれません。
亡命を決めた時点で、王家は混乱の原因も掴めていなかった。完全に後手の上に、まだ黒幕である王妃の父も生きていました。
保護石もなく残っていたら、ゲイルがリーベンへ辿り着けなかったように、生き残れなかったでしょう。アヴィーも心が折れてしまっていました。
ネロ君ですが、ウォロック、リーベン王太子訪問時の会話に処遇が出てきます。
スティグマ(烙印、隷属)の魔石で、ダンフィルの持ち物として、リーベンにて医療分野尽力が贖罪となります。
王妃は未来へで処遇が決定してますね。兄とともに、コラプションの幻覚を見ながら生涯を牢獄で過ごすことになります。
カーティスは死という救いを、二人に許しませんでした。
書いていませんでしたが、キリアンはコラプションで婚約者を失っています。
最初に考えていたラストは、壊れたままの王を今度はアルヴィナが支える!という切ないラストになる予定でした。実はほんのりメリバ予定だったのでした。
ですが書いてみるとカーティスくんが、あまりにも生き生きと意地悪をしてるし、アルヴィナもなんだかんだ耐えるしメンタル強めでした。
なんかこれはこれで幸せなんじゃ……ってことでこのラストに落ち着きました(笑)
こっちのラストにしてよかったです。
最後まで楽しんで下さりありがとうございました!新作も書き溜めしてます。また見かけて気に入ってくださったら、お付き合いいただけたら嬉しいです!
感想ありがとうございました!!!
こちらでの完結お疲れ様でした!
ほんとに番外編では幸せすぎてなんかまた一波乱起きないか心配になりましたw
ところで1つ気になることが…
結局セレイアとヘレナの誤解は解けたんでしょうか…
それとも放置案件ですかね?
感想ありがとうございます!
波乱がありすぎて安心できなくなってる!!大丈夫!きっと幸せに暮らしていくはず!
セレイアとヘレナの件、一応聖文婚姻が成立する時には解消されます。そこまでは誤解させておくでしょうけど(笑)
聖文婚姻はかなり特殊な婚姻として位置づけてまして、愛だけを条件としているぶん愛の証明となるいくつかをクリアしないと認められません。
今カーティスが認められないのは、婚約の解消しその上別の相手と婚姻をしているから。
話の主体ではないのであまり詳しくは書かなかったのですが、結構厳しい条件があり、それが認められるならカーティスは潔白と必然的に分かることになります。
なので聖文婚姻認められるまでの間の誤解となってました。
カーティスくんは文句もつけようもない程自身の潔白を示せて、アヴィーにも示させる聖文婚姻にめっちゃ拘ってます(笑)
感想ありがとうございました!また別作でもお会いできたら嬉しいです!応援心強かったです!