壊れた王のアンビバレント

宵の月

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後日談

凱旋

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 抜けるような晴天の空に、花びらが舞い歓声が響き渡る。

 「ダンフィル王国に祝福をーーー!!」

 蜜月関係だったダンフィルと長く引き離されていたリーベンは、若き国王夫妻の改めての正式来訪を大歓迎した。二人の仲睦まじい様子は、集まった国民を大いに喜ばせている。

 「国王夫妻に栄光をーーー!!」
 
 リーベン王宮テラスで寄り添う、若き国王夫妻。詰めかけた観衆は熱狂していた。カーティスがアルヴィナの腰を抱くと、観衆の浮かされたような声が響き渡る。

 「美しいな、アルヴィナ。よく似合っている。」
 「に、兄様……今は……」

 赤くなるのをこらえるように身を引くアルヴィナを、カーティスは強く引き寄せる。

 「わざわざ祝福に来た、親愛なるリーベンの民達を落胆させるのか?」
 「そういうわけでは……」
 「ダンフィル国王の寵愛をリーベン大公家の姫は一身に受けている。せっかく来たのだ。安心させてやらねばなるまい。」
 「カーティ……んっ!!」

 奪うように唇を塞がれた次の瞬間、カーティスの熱い舌が口内に侵入してくる。さすがにうろたえたアルヴィナは、しっかりと抱きこまれた腕の中で身動きを取ることもできなかった。

 「……ねぇ、トゥーリ?僕の娘が倒れそうなんだけど……。大丈夫?」
 「叔父上。カーティスはあれでも我慢しているんですよ……」

 最重要取引国として、国民間でも盛んな交流がある両国。ダンフィルの王族はリーベン国民の人気が高い。ナイトメアによって断絶されていた国交を、グレアム大公の養女の婚姻が回復させた。
 、リーベンでアルヴィナの人気は特に高い。

 「妖精みたいにすごく可愛いもんね。あんな娘ができて嬉しいよ。」

 輝くような美貌の上リーベンにまで轟いていた、ダンフィルの名門フォーテル一族の末裔。リーベン王族に連なるグレアム大公家の養女。国交の正常化の立役者。カーティスが着々と打つ布石に、トゥーリは苦笑いを零した。その布石は後々、カーティスの望みを容易く叶えさせるだろう。

 「アルヴィナちゃんと二人でお茶がしたいな。」
 「叔父上。カーティスは宝物は見せびらかすより、しまい込むタイプです。」
 「えー。だってあんなにかわいいんだよ?仲良くなりたい。」
 「諦めてください。」

 今カーティスは国王だから我慢している。でも妖精を独り占めしたい一人の男としては、

 《披露目の時間はまだ先だというのに、妖精見物にもう詰めかけているとはな。熱心なことだ》

 と、朝からイライラする程度には気に入らないらしい。

 「アルヴィナちゃん、大丈夫かな?恥ずかしくて倒れちゃうんじゃない?」
 
 せっかく妖精みたいにかわいい娘が出来たのに。心配そうな叔父にトゥーリはため息を吐いた。

 「カーティスの心は猫の額より狭いんです。」

 グレアム大公の心配が通じたのか、少々長すぎる国民へのサービス所有権主張はようやく終わる。割れるような歓声と恥ずかしさに、ふらりとよろめいたアルヴィナを、カーティスがしっかりと支えた。

 「アヴィー、お前の美しさに国境は関係ないようだ。」

 長々見せつけたことで、少しは満足したカーティスは皮肉気に口角を上げた。恥ずかしさに真っ白になっていたアルヴィナの耳に、徐々に痛いほどの歓声が戻ってくる。

 「……それは兄様です……」

 美しいカーティスの視界に僅かでも入りたいと、甲高い呼び声は途切れることはない。すねたように見上げてくるアルヴィナに、カーティスは目を細めた。

 「私の視界はお前しか映さない。」
 「!!!!」

 その笑みの優しさと、言葉の甘さにアルヴィナは瞬時に赤くなる。カーティスがニヤリと笑って、そのまま澄ました顔で観衆に振り返った。手を上げたカーティスに、観衆が沸きたった。

 「末永くお幸せにーーーーー!!」

 歓声に負けじと張り上げられた声に、アルヴィナはハッとして振り返った。口元に両手を添え、全身で叫ぶ白衣の女性。

 「ジェリン……!!」

 目を見開いたアルヴィナは、蕩けるように笑みを浮かべた。処断される可能性よりも、同じ女性としてアルヴィナを労わってくれた医師。その姿に花が咲くように微笑み、アルヴィナは手を振った。

 「ありがとう、ジェリン!」

 憎悪に晒され、ボロボロだったアルヴィナはもういない。ひなげし、かすみ草、すみれにたんぽぽ。繊細な刺繍が美しく施されたシーフシルクのドレスが、ふわりと風に舞う。

 《……ああ、アヴィー。美しいな……》

 ため息のような讃美をカーティスから引き出すほど、輝くように美しい今日のアルヴィナ。
 約束のドレスに思い出の花冠の刺繍。取りこぼしていたカーティスの想いを拾い集めて纏ったアルヴィナが、熱狂的な祝福の歓声の中で幸福にほころぶようにジェリンに向かって微笑んだ。
 その笑みの美しさに、集まったリーベンの民は息を飲む。一瞬にして観衆の心を鷲掴みした王妃に見惚れ、誰もがつられるように微笑みを浮かべる。

 ただ一人、妖精を手に入れたダンフィル国王だけが、思わず見惚れたそのことに腹を立てるように不機嫌そうに眉根を寄せた。

 リーベンではこの日以来、とりどりの花の刺繍を施したドレスへ注文が殺到した。

 
※※※※※


 数日前のお祭り騒ぎに沸き立ち、未だ余韻に浮かれるリーベン国民達。裏腹にリーベン王宮の聖堂は、厳かな静けさに包まれていた。
 聖協会の大神官が眠る魂を起こさぬよう運び出した、アルヴィナの母の棺に礼をとる。

 「……義母上、お待たせしました。」

 鎮魂の魔石で護られたもう随分小さくなった棺に、カーティスが静かに語りかけアルヴィナは無言でそっと寄り添った。
 哀悼の沈黙が流れ、カーティスとウォロックは静かに立ち上がった。

 「………兄様、ウォロック。ありがとう……」

 アルヴィナは母の棺に寄り添ったまま、聖堂を後にする二人に呟いた。扉が閉まる音を背中に聞く。母と二人にしてもらったアルヴィナは、棺に向き合った。
 湧き上がって膨れ上がった感情は、入り乱れて胸を締め付けた。アルヴィナはそっと棺を優しく撫でた。

 「お母様、お父様がお待ちです。一緒に帰りましょう……」

 アルヴィナの瞳から、涙がこぼれ落ちた。
 風に、水に、土に、光に。鎮魂の魔石の棺で眠る肉体と魂は、ゆっくりと時間をかけて望むものとなって天に還るという。
 幸福だと言い切れる今を積み上げても、簡単に忘れられない過去への想いが確かにある。それでもアルヴィナは、敢えてこの感情に名をつけることを避けた。代わりに祈った。
 もう取り戻せないものに向けて。安らかであるように。今、穏やかであるように。


※※※※※


 カーティスとウォロックは、聖堂を出ると無言のまま歩き出した。重い沈黙が辿る回廊を満たしていた。
 聖堂から離れると先を歩くカーティスは、ゆっくりと足を止めた。そのまま振り返り、ウォロックを真っ直ぐに見下ろす。

 「ウォロック・シルヴォロム。義母上とアルヴィナへの手厚い保護に感謝する。」

 そのまま静かに礼を取るカーティスに、ウォロックは衝撃を受けたように声を上げた。

 「……なっ!!陛下!!」

 一国の王が他国の貴族に取るには、丁重すぎる礼。心からの真摯な謝意に、ウォロックは言葉を失う。

 「……陛下……」

 ようやく顔を上げたカーティスと、ウォロックの視線が絡む。ゆっくりとカーティスが瞳の色を濃くしていく。ウォロックがごくりと唾を飲み込むのを、カーティスが見据えたまま微かに口角を上げた。

 「アルヴィナはこれから私が護る。お前の手を煩わせることは、今後一切二度とない。」

 カーティスが放った言葉に、ウォロックは衝撃を受けたように目を見開いた。口を開きかけたウォロックの言葉を遮るように、カーティスは昂然と顎を反らした。

 「アルヴィナは私だけの妖精だ。」

 勝ち誇ったような声音が脅すように回廊に響く。

 「……ただ私は……心で想うだけで……」
 「許さない。」

 ウォロックの思わず呟いた声に、被せるようにしてカーティスは言い切った。ピリッとした空気に落ちた沈黙。

 「……ふっ……ふふふっ」

 やがて小さく笑い出したウォロックが、その沈黙を破る。カーティスは笑い出したウォロックに、訝し気に眉根を寄せた。

 「……何がおかしい?」

 不機嫌丸出しの声に、ウォロックはますます笑いが止まらなくなった。
 強国ダンフィルの若き国王。神の寵愛を一身に受けた美貌。疑うべくもない明晰な頭脳。威厳に満ち均整の取れたしなやかな立ち姿。
 誰が見たってわかる。ウォロックは、何一つかなわない。それなのに敵意むき出しで威嚇してくる。自分のものだと。何一つ譲らないと。
 強国ダンフィルの王が、まるでだたの一人の男のように。他国の一貴族にすぎない男が、まるで対等なライバルかのように。それが少し誇らしく感じた。

 「……笑うな。」
 「……す、すいません……ふふっ」

 そんなにも気に入らないのに、愛する女とその家族への恩義はきっちり果たすのだ。王が頭を下げてまで。それほどまでに愛している。これほどまでに真摯に一途に。
 ウォロックが顔を上げる。訝し気に眉を顰める美しい王を、まっすぐに見つめた。

 「ダンフィル王国、カーティス陛下。ご結婚おめでとうございます。お二人の行く末が、数多の幸福に満ち溢れることを心よりお祈り申し上げます。」

 深く頭を垂れ、丁重に恭順を目の前に差し出した。

 「……受け取ろう。」
 「どうか、末永くお幸せに。」

 大好きなアルヴィナ。君は必ず幸せになれるね。君が愛したのがこの男だから。この男に愛されているのだから。
 顔を上げたウォロックは笑みを浮かべた。その笑みは清々しく晴れやかだった。ある日突然奪われてしまった、大切な愛しい妖精。奪っていったのがこの男でよかった。

 「そのつもりだ。」

 幼いころからずっと胸に秘めてきた初恋。少しの切なさを残し、幸福だった余韻を残して終わりを迎えた。
 こんな風に終わるなら悪くない。ウォロックは尊大に頷くカーティスを見つめ、笑みを浮かべながら心の底からそう思った。

 
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