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弾劾裁判 2
しおりを挟む重く垂れ込める沈黙に、耐えきれなくなったように男が立ち上がった。
「………そ、そもそも側妃には政治権限はない!それも爵位を返上して逃げたフォーテル家門じゃないか!」
「そ、そうだ!!陛下の寵愛を利用して、未だ混乱にあるダンフィルを、リーベンと密通して陥れようとしているのではないか?
悪夢をはらせる医術のキロレスへの不信を陛下に植え付けたのだろう!」
「フォーテルは国を見捨てた逆賊だ!!」
次々と挙がる罵声に、アルヴィナは眉根を寄せた。呆れたように面々をただ黙って見回す。
全く動揺の見えないアルヴィナに、貴族派はだんだんと声を落とし始める。
「何とか言ったらどうなんだ!!」
一際大きい罵声が上がり、賛同に頷く貴族派はようやく静かになった。
「………根拠のない憶測は退廷では?」
振り返って判官を見るアルヴィナに、判官は視線をそらす。見捨てたようにアルヴィナは判官を一瞥するとキリアンを振り返った。キリアンは頷くと、一歩前に進み出る。
「そもそも何を持って逆賊と妃を罵倒しているのか分かりかねますが、フォーテルに関して逆賊は当てはまりません。」
「陛下の補佐官まで抱きこむとは……」
「発言には責任が伴いますよ?アルヴィナ妃は王の妃です。」
「………」
不穏な空気に口を閉じた男を睨めつけ、キリアンはフォーテルの紋章が型押しされた文書を掲げた。
「亡きゲイル・フォーテル公爵閣下が、前国王に提示した文書です。
亡命前にキロレス公国最高位医術薬師、ネロ・テンペスを捕縛し王家に調書とともに献上した証拠文書です。前国王の玉璽も押下されています。
簡単に言いますと身動きの取れない王家に代わっての、リーベンへの助力嘆願を引き受けられていた。爵位も領地も擲って。」
「……なっ………!?」
絶句した貴族派の顔からみるみる血の気が失せていく。物は言いようだとアルヴィナはすました顔で微笑んだ。その意図はあっても実際は、父は妻子を生かすために亡命を選んだ。
愕然とした面々に、追い打ちをかけるようにアルヴィナは微笑んだ。
「王家は証人をお呼びしています。」
さっと手を差し伸べた先に視線が集まり、貴族派は呆然と目を見開いた。
王権派閥と中立派閥がさっと立ち上がり、丁重に礼を取る。
「リーベンの王太子、トゥーリ殿下です。」
「親愛なるダンフィル国民の諸君、ごきげんよう。と言ってもダンフィル乗っ取りを疑われていたようだけど。」
皮肉げに唇を吊り上げたトゥーリに、貴族派は気力を失ったように椅子にへたりこんだ。
「キロレスがおかしな公示をして、ダンフィルの医療が崩壊の危機にあるって聞いて来たんだけど。とんでもない所に出くわしたものだ。
当然だけどリーベンは、ダンフィルを乗っ取るだなんて考えもしていないと証言するよ。リーベン王家の名のもとにね。」
「トゥーリ殿下……。同盟国として格別な配慮を頂いたのに、こういった恥を晒すことになり申し訳なく思っております。」
「我が従兄妹殿と、ダンフィルとの長きに渡る友好に免じて、僕一人の心に収めておくことにするよ。父上が聞いたら魔石兵器の試しうちに乗り出しかねない。」
「ご厚情賜り感謝いたします。」
「こちらこそ。忠義に篤く辣腕で轟いたダンフィルのフォーテル一族を、リーベンに迎えられた幸運に比べたら何ほどでもない。
国の危機に全て擲って糸口を指し示した、誉れ高き一族だ。それほどの忠義は当然報いられるべきさ。
末永く両国の友好の象徴として力を尽くしてくれると信じているよ。」
「この身の及ぶ限り、御温情に報いてみせます。」
貴賓席にゆったりと腰をかけ、トゥーリはにこやかに笑みを浮かべて、貴族派を睨めつけた。
トゥーリがアルヴィナの価値を、何倍にも跳ね上げた。エクルドが満足そうに笑みを浮かべる。
チラリと貴族派閥に視線を向け、アルヴィナはまつげを伏せた。
「……礼儀も弁えぬ有様で重ねてお詫びいたします。」
弾かれたように立ち上がり、貴族派が慌てふためいて礼を取る。
「気にしないで、従兄妹殿。王の不在に弾劾裁判を開く連中に、礼儀など最初から求めていないから。」
「お恥ずかしい限りです。」
困ったように眉根を寄せたアルヴィナに、トゥーリはにこにこと笑みを浮かべて続けるようにと促した。
「リーベンがダンフィルを陥れようなどと、聞くに耐えない妄言がありましたが、ならば問います。
ナイトメアの解毒薬、3千回分を保持していたのに提供の打診もなく、輸出制限解除の条件として提示する国家と、無償の医療団を派遣してくださった国家と、どちらが真の友だと?」
「…………」
「お答え下さい。」
「私はただ……」
「ただ?発言には責任が伴います。まして貴方達が提起した裁判の場です。」
トゥーリの登場で、あからさまに媚びる態度になった貴族派に、アルヴィナは剣呑に目を細めた。
キリアンが駆け寄り手渡された小瓶を、アルヴィナは受け取ると高く掲げた。
「元より陛下の尽力で、ナイトメアとコラプションの解毒薬は、キロレスの提供を受けずとも完成しています。」
「………っ!?そんな……」
「すでに各診療院にて、治療が開始されています。
……陛下が自らを犠牲に解毒薬を開発していなければ、どうなっていたことでしょうね?
自ら広めた毒に予め用意していた解毒薬。そう疑いたくなるほど、キロレスに回復の途上の財を毟られ、不平等な条約をいくつも結ばねばならなかったかもしれません。
解毒薬を保有していても、我が国の悪夢を対岸の火のように黙して、ただ眺めていた国なのですから。」
静まり返った法廷で、キリアンが判官に証拠品を提出に向かう足音が高らかに響いた。
「キリアン卿が提示した古式文書は王妃との婚姻で交わされた婚姻誓約書です。
王妃の地位は懐妊によって確約されると明記されています。つまり、子のいないセレイア妃は法的には正式には王妃ではありません。
よって⑤はそもそも議論は成り立たず、④も陛下の薬物中毒の証拠の提示がなされていません。」
微笑みを浮かべてアルヴィナは提起者を眺めた。
「なぜ薬物中毒だと思われたのです?医師の診察もなく中毒だと断定するなら、それなりの根拠がお有りなのでしょう?
まさか王に薬物を盛っていた方が?それを知っていて黙認していたわけではないですよね?
さあ、証拠の提示と共に根拠をお聞かせ下さい。」
ガタガタと震えだした貴族派に、言葉はなくただ怯えるようにアルヴィナを見つめた。
美しくたおやかな美姫。まるでそれが擬態であるかのような威厳に、ただ貴族派は呆然と目を見開く。
「反論もないようですね。ですが公の場で陛下を侮辱したことはしっかりと覚えておきますね。
では投票に移ることになるでしょうが、その前にお話があるようです。」
待ちかねたように中立派閥が一斉に立ち上がる。憎悪に燃える瞳で貴族派閥に詰め寄ると、叩きつけるように文書を押し付けた。
恐る恐る目を落した貴族派閥の面々は、小さく悲鳴を上げて崩れ落ちる。
「薬物介入で結ばれた婚姻は、特別法7条の適応によって白紙となりました。
各家門からの損害賠償と正式な通知書は、後日お手元に届くかと。通知を受け取られた方は、特別法11条が適応され、薬物使用の嫌疑で拘束されます。
犯罪者にこの国の未来への投票など許されないのは当然ですよね?」
アルヴィナはにっこりと笑みを刻み、近衛騎士団が素早く貴族派を取り囲んだ。
「では残った方々。投票に移りましょう。」
中立派閥の票を見込んでいた貴族派は、切羽詰まった様子で叫んだ。
「……取り下げます!!私は騙されたんだ!!」
「どうか慈悲を……!!」
「誤解です!!こんなつもりじゃなかった……!!」
笑みを浮かべるアルヴィナに取りすがるように、貴族派が手を伸ばすのをリースが制する。
「……いいわけは牢で聞く。囚えろ。」
次々と捕縛される貴族派に混じって、連れ出される判官にエクルドは囁いた。
「帳簿の開示が楽しみだ。」
にたりと嗤ったエクルドに、判官は怯えたように震え上がった。
(ほらな、カーティス。早く起きて僕に泣いて感謝しろよな……)
続々と引き立てられていく貴族派を見送りながら、トゥーリは祈るように呟いた。
(……早くしないとリーベンに連れ帰るぞ……)
全く嬉しげな素振りも見せずに、足早に退室していくアルヴィナを追いかけながら、トゥーリは血の気の失せた顔で眠り続けるカーティスを思う。
(早く起きろ、カーティス……)
悪夢は明けた。最後の後片付けがカーティスを待っている。
日没迫る紫紺に染まり始めた空は、悪夢が晴れた穏やかさでゆっくりと美しいダンフィルを、夜の帳で包んでいった。
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