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不用品
しおりを挟む素早く握った白刃を煌かせ、セレイアは倒れ込むようにアルヴィナに迫った。
時が止まったように感じた。ギラつく琥珀の瞳と真っ赤に吊り上がった唇が笑みを刻んでいるのがはっきりと見えた。ゆっくりと死に向かって行ったあの時のように。
狂気に満ちて凄絶な笑みで迫るセレイアは、アルヴィナの肚を明確に狙っていた。
護衛が焦ったように駆け寄りながら手を伸ばしたが、届きそうにない。
「アヴィー!!」
迫る狂気を目を見開いて呆然と見ていた世界が、強く引き寄せられてぶれた。周りが反転し白地に金糸の刺繍が視界を覆った。
「……カー、ティス……?」
きつく囲い込むように抱きしめられたアルヴィナが、呆然と呟いた。怒号が遠くで響き、気が触れたような哄笑が、回廊に響いた。
アルヴィナの左半身に、じわりと暖かい液体が染み込んでくる。
「カーティス……?」
ゆっくりと力を失っていく自分を抱きしめる腕に、アルヴィナは震える声を上げた。
「……カー、ティス……」
「……アヴィー……保護、石を……」
「カーティス!カーティス!」
信じたくない現実が染み込んでくる。白地が目の前でみるみるうちに、真紅に染まっていく。
ずるりと倒れかかるようにして、カーティスの身体から力が抜けていく。それでもアルヴィナを抱きしめた腕は外されなかった。
「カーティス……カーティス……?」
「身を、守れ……アヴィー……保護、石を……死ぬことは……許さない……」
「兄様、血が……血が……兄様……」
「生涯をかけ、て、贖罪をと……約束しただろう……?……私の、アヴィー……早く、保護石を……
お前、の命は……私、だけのもの……だ……」
ぐったりと青ざめて、目を閉じたカーティスに、アルヴィナは呆然としたまま唇を震わせる。
「兄、様……?兄様……返事をして……ねぇ……兄様!」
支えきれなくなったカーティスを抱き止めたまま、アルヴィナは崩れ落ちるようにへたりこむ。
カーティスを抱きしめる手が血でぬめる。手についた血が温度を失うごとに、命の灯火が消えていくようでアルヴィナは、引き止めるように必死にカーティスを抱き締める。
「……ノーラ!ノーラ!!ノーラ!!ノーラ!!!
助けてノーラ!!兄様を助けて!!早く兄様を助けて!!ノーラ!!」
「どうして!!カーティス!なんでその女を庇うの!!なんでよ!!」
狂ったように叫びながら、セレイアはカーティスに這いずり続けるのを、取り押さえた騎士達が抑え込む。
駆け寄ったノーラが、真っ青な顔で広がり続ける血のシミの中心を強く圧迫する。
「マルクス!ネロを!ネロ・テンペスを連れてきて!!」
「兄様……兄様……いや……いや……目を開けて……兄様……」
血まみれの手で蒼白なカーティスの美貌に縋り、アルヴィナはカーティスを呼び続ける。
触れた肌から体温が失われていくのをせき止めるように、必死に抱きしめ体温を分けようとした。
「カーティス!!」
駆けつけたトゥーリとウォロックは、フードの奥で夥しく流れる血に青ざめ言葉を失う。
回廊の騒ぎに貴族達が忙しなく指示を飛ばし、次々と駆け出していく。
貴族派閥の家門が暗い瞳で、騒ぎを密やかに眺めていた。
「……あの女!狂ってやがる。側妃を刺すとこだったぞ……」
「だが、結果的に陛下が庇って刺されたなら問題はない。」
「そうだな……このままたたみ込む。急げ。」
口元に薄く笑みを浮かべ、静かに立ち去っていった。
※※※※※
「……懐刀に出血毒が塗られていたようです。解毒処置はしましたが……。」
「大丈夫なんでしょ?ねぇ、ネロ……そうよね?」
「…………」
俯向いたネロに、アルヴィナは激高して掴みかかった。
「ネロ!!」
「……出血は止めましたが、流しすぎた。解毒に耐えられるか……」
「なんとかして!死なせたら許さない!!」
「お嬢様!!」
常にない激しさで詰め寄るアルヴィナを、ノーラが必死に引き止めた。
「………最善を、尽くします。」
「カーティス……カーティス兄様……」
呆然と枕元に座り込み、アルヴィナは冷めたいカーティスの手を握り込んだ。絞り出すような悲痛な声に、室内の人々は、青褪めた顔で黙り込む。
「………キリアン……」
そっとかけられたリースの声にキリアンは顔を上げ、後ろ髪引かれるように退室していく。
エクルドもトゥーリに振り返り、頷いたトゥーリがウォロックを連れ出ていった。
沸き上がる感情を飲み込み、それぞれが顔を上げ拳を握りしめる。
悪夢の夜明けは目前。
一人剣を振り続け凶刃に倒れた王のために、それぞれは目前に迫った夜明けのために歩き出した。
※※※※※
「………アルヴィナ様。弾劾裁判が開かれます。」
3日経っても目覚めないカーティスの枕辺に寄り添っていたアルヴィナが、エクルドの声にゆっくりと振り返った。
「……貴族派閥によって提起されました。開廷は2日後です。」
「………そう。」
「手続きは正規の手段です。……事前に準備していたのでしょう。」
「……ふふっそのために、なのね……呆れるわ。」
カーティスの手を握りしめ、アルヴィナは美しい微笑みを浮かべた。
王の不在の間に粛清の是非を問う。狡猾で卑劣。下劣で悪辣。人はこうまで堕落する。
「……もう、いらないわね。」
アルヴィナの嫣然とした笑みに、エクルドは背筋を凍らせた。アルヴィナはカーティスを振り返り、そっと頬を優しく撫でた。
「もういいわよね?兄様。いらないわよね?後始末はお任せください。」
愛おしげに語りかけ、優しく微笑みを刻む。
「ネロ、ノーラ、カーティスをお願い。」
「「はい。」」
「エクルド卿、準備はできていますか?」
「はい。完了しております。」
「……そう。……行ってまいります、兄様。」
額に口付けを落とし、アルヴィナはそっと立ち上がった。
歩き出したアルヴィナの、強国ダンフィルの王妃の威厳にネロとノーラが丁重に礼をし見送った。
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