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凶刃
しおりを挟むキロレスへの対応会議に、アルヴィナは妃としてカーティスの隣に座した。
ひそひそと不穏な囁きが浴びせられ、俯かないよう必死に堪えるアルヴィナだったが、開会した議会はそれさえ忘れるほど殺伐としていた。
「要求は輸出制限の全面解除です!現行の7割解除では、以前の食料事情に届かない!全面解除すべきです!」
「輸出に関わるキロレスの船員は、公国民の飢えに喘ぐ窮状を切々と訴えておりました。私も全面解除すべきだと思います。あまりにも哀れだ……!!」
一方は正義に燃えるかのように怒り、一方は良心の呵責に耐えられぬとばかりに項垂れた。
カーティスは演劇のような訴えかけを、冷ややかに切り捨てた。
「草でも食ってろ。」
「………っ!?」
「なぜそう伝えなかった?流通制限がかかった理由は?」
「それは……」
「答えろ。」
「み、密輸と密入国です!」
「そうだな。罪を犯せば罰が与えられるのは当然だと思うが?」
「……う、飢えるのは、民間人です……」
必死に反論を繰りだした男に、カーティスは冷ややかに目を細めた。
「公主選定権を持つその民間人が、公主の輸出入の関税緩和に乗せられ、強硬派閥を支持してバカをのさばらせていた。」
「…………」
「キロレスの食卓に並ぶ品はどこから来ている?当然理解していて、再三の警告に手緩い対応を繰り返していた。つまり草しかない公国で、草でも食って腹を満たす覚悟でいたということだ。」
「ですが……」
なおも食い下がるしつこさに、うんざりしたようにカーティスは手を振る。
「読みあげろ。解除されない3割の品目を。今すぐ。」
「……ワ、ワイン……茶葉……香辛料……」
「説明しろ。地面に額づいて、命乞いをする立場の国の食卓に、ワインを載せる必要性を。食事を香り高くする意味を。水ではなく茶を嗜む正当性を。」
「……それは……」
「その船員とやらに伝えろ。バカをのさばらせたからその様だと。
ダンフィルはバカ共が骨身にしみて理解するまで、キロレスの食卓にワインをのせるつもりはない。」
「………」
青ざめて口籠ったベルタング家門を、カーティスは睥睨した。
「心配するな。貴様らにはなんの影響もない。なにせ渡航制限がかかっているからな。キロレスで食事をする機会は訪れない。」
「………っ!?と、渡航制限!?な、なぜ!?」
「キロレス前大公の裁判にて、貴様らの名前が挙がった。嫌疑があっては入国を制限せざるを得ないそうだ。
楽しめるうちに我が国で、ワインでも茶でも味わうといい。」
ニイッと笑みを浮かべたカーティスに、二人が震え上がった。
「マリク・デセンシア!ツベリア領のレント港の責任者はデセンシアだな?なぜトーマス・ハフスが管理している?」
「はい。管理権の移譲が婚姻によって成立しています。」
「トーマス・ハフス。キロレスに入国制限を受けている身で、輸出入の管理義務を果たせるとでも思っているのか?」
「それは……」
「誓約停止手続きを3日以内にすませろ。」
「はい……」
「渡航制限の件は別途処遇を通知する。」
呆然と椅子に座り込んだ二人をもう見もせず、カーティスは議席に座る者たちをゆっくりと睨めつけた。
縮み上がった貴族派ベルタングは、底光りする眼光に震えて唇を引き結んだ。
「陛下、最終提案書に概ね同意します。しかし、ネロ・テンペスの母親の遺骨引き渡しについてご説明いただきたい。」
中立派閥の一人が立ち上がり、瞳を険しくさせた。アルヴィナはそっと俯向いた。
人質となっていたネロの母親は、すでに帰らぬ人となっていた。それを知らずにネロは母親の無事のためにと、悪夢と堕落を広げ続けたことになる。
「王家で管理する。」
「罪人です。必要ありません。」
堕落に貶められた中立派閥は、暗い目でカーティスの答えを待っていた。
「手綱をつけるのに必要だ。」
「生かすのですか?」
「そうだ。」
憎悪に燃え上がる瞳に、カーティスは平坦に告げた。
「……彼は……!!」
「堕落は更生します。目指すのは完全なる更生であるべきですね?」
アルヴィナが静かに遮った。中立派閥が一斉に顔を上げ、貴族派は戸惑うように視線を巡らせた。
「そのためだとご理解ください。」
「………わかり、ました。」
真っ直ぐに向けられたアルヴィナの視線に、歯を食いしばって中立派の男は椅子へと腰を落とした。
許せないだろう事は理解できても、別館での治療にネロは必要だ。
「異論はないな?」
静まり返った議会内に、カーティスの声が響き渡る。ゆっくりと会場内を見回して、酷薄に笑みを浮かべるとカーティスは立ち上がった。
「では貴族院の承認で、この内容をキロレスへの最終対応案とする。」
沈黙が肯定をとなってその場を支配する。カーティスが振り返り、差し出した手をとってアルヴィナは立ち上がった。
扉に向かって歩くカーティスとアルヴィナを、貴族派閥が暗い瞳で見送った。
※※※※※
「カーティス!」
本宮から白亜宮へと回廊を進む途中、高らかに響いた声に振り返る。アルヴィナの手を取るカーティスの手に、力がこもったのが伝わった。
「何用だ?」
振り返った先の毒華の美貌を、カーティスが冷ややかに睥睨した。
アルヴィナも怯えることなく、真っ直ぐセレイアを見返す。燃えるような髪と真っ赤に染められた唇。湧き上がるのはもう恐怖ではなく、嫉妬に彩られた憎悪だった。
「宿下がりのご挨拶に。」
常のヒステリックさが鳴りを潜め、嫣然とした淑女のような笑みを浮かべてセレイアは笑った。
「そうか。挨拶は不要だ。失せろ。」
カーティスは昂然と顎を反らして冷ややかに言い放つ。礼をしたままのセレイアを一瞥すると、アルヴィナを抱き寄せて踵を返しかけた。
その瞬間、顔を上げたセレイアの目がギラリと光る。
「陛下!!」
切羽詰まったリースの声が、回廊に響き渡った。
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