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来訪
しおりを挟む呼び出された地龍宮の応接の間で、アルヴィナは思わず両手で口を覆った。
「ウォロック……!トゥーリ殿下……!」
リーベンからの医療団と同じ制服を着込み、紛れ込むようにして座る懐かしい顔。嬉しげにアルヴィナは顔を綻ばせた。
トゥーリはにこやかに親しげに手を上げ、ウォロックは泣きそうに瞳を揺らした。
「アルヴィナ!」
思わず足を踏み出そうとしたウォロックを、トゥーリが服の裾を掴んで止めた。キリアンはやや青ざめてその様子を見守り、カーティスを横目で盗み見する。
「アヴィー。」
カーティスがアルヴィナを呼び、視線を取り戻す。振り返ったアルヴィナに、正しい場所を示すように腕を広げた。
「カーティスが招待したのですか?言ってくださったら歓迎の準備をしましたのに。」
「いや、勝手に来た。」
「……勝手に……ですか……?」
「アルヴィナ妃の医療計画をシルヴォロム家経由で知ってね。ちょうどいいから詳細を詰めようと思って来たんだ。」
「……僕は……君が心配で……」
「ウォロック……ありがとう。直接お礼を伝えられて嬉しいわ。
ずっと助けもらって、今もこうして手助けに来てくれるなんて……」
アルヴィナに笑みを浮かべかけたウォロックは、刺すような視線に振り返った。凍てつくような冷ややかな眼差しに、ウォロックは唇を引き結ぶも視線を外すことはしなかった。
冷え込んだ空気にトゥーリはため息を噛み殺し、アルヴィナを促してソファーに腰掛けた。
「キロレスとの会談、ナイトメアの出現でバタついてるようだから、僕らが来てるのは知られないほうがいいと思ってね。」
「そうだったのですね。」
確かに王宮の空気は、あまりいいとは言えなかった。白亜宮から出た途端、張り詰めた緊張感が肌を刺すかのようだった。
「それでも従兄妹殿の立案は魅力的だからさ。」
にこっと笑みを浮かべたトゥーリに、アルヴィナは戸惑った。医療団に紛れてお忍びで来るほどのものではなかったはずだ。
思わず隣のカーティスを振り返る。感情の読めない顔でカーティスは頷いた。
「リーベンの王太子は随分暇らしい。暇つぶしを提供してやるといい。」
「……はい。」
僅かな違和感を飲み込みアルヴィナは、柔和に笑むトゥーリと物言いたげなウォロックと向き直った。
サッとキリアンが、簡単にまとめた草稿をそれぞれに手渡す。アルヴィナはゆっくりと口を開いた。
アルヴィナの医療計画は、薬草の生育環境構築を要とし、リーベンの魔石でキロレスの特殊な風土を再現。魔石の効果範囲内で薬草の栽培環境の完成を当面の目標としている。
「ダンフィルの悪夢は、人命に関わる分野の他国依存が招いたものです。依存が高いほど打撃は大きい。
薬草の自国生産と医療知識の向上が、同じ悪夢を繰り返さないために必要になります。」
「……確かにね。ナイトメアだけじゃなく疫病だって蔓延すると、キロレスに依存せざる得ない。」
「火急時の初動対応で生存率も変わってきます。」
「だけどキロレスの環境がそもそも把握できていないんだよね。」
「……ネロ・テンペス。キロレスの最高位医術薬師がいます。彼のログナークの情報は膨大です。
彼なら最低限確保すべき薬草の種類、生産量、生育環境の情報提供ができます。」
祈るような気持ちでアルヴィナはカーティスを振り返った。カーティスは無言でアルヴィナを見つめ返した。
ネロは罪人だ。悪夢と堕落の元凶でもある。粛清までしたカーティスが、彼の生存を容認するかは未知数だった。
「スティグマ魔石がある。」
にこやかなトゥーリの声にアルヴィナは振り返った。
「本人が了承するかは分からないけどね。ダンフィルにスティグマで隷属させて、育成環境構築と医療技術向上を贖罪とするなら、まあ妥当じゃないかな?
ログナークの共有をさせてもらえるなら、リーベンで責任を持って預かるよ。」
「……栽培育成研究が進めば、天候、季節に関わらず育成が望めます。ダンフィルの農耕作にも転用できるでしょう。」
ウォロックもトゥーリの助け舟を補強した。縋るようにカーティスを見上げたアルヴィナに、カーティスは頷いてみせた。
「ダンフィルから農耕研究者も同行させる。」
「カーティス……」
「……義父上の判断でもある。尊重すべきだろう。」
死んでも構わないと言っていたのはどの口だったのか。ノーラがぴくりとこめかみを震わせた。
「……ありがとう、ございます。」
父の名に感激したように顔を輝かせて、アルヴィナはカーティスに頷くと、振り返ってトゥーリとウォロックに感謝の笑みを投げかけた。
にこにことトゥーリが頷き、ウォロックが目元を緩めて複雑そうに笑みを返してくる。
「満足したか?アルヴィナ、この件は適任者に引き継がせる。お前は王妃の職務に集中しろ。」
ばさりと文書を手渡され、アルヴィナは目を見開いた。
「キロレスへの対応会議に参席させる。議会ではこの最終稿を通す。頭に入れておけ。」
「はい。」
「下がれ。」
礼をして嬉しげにアルヴィナは白亜宮へと戻っていく。扉が閉まるとカーティスは唇を吊り上げた。
「……さて、ウォロック・シルヴォロム。ネロ・テンペスとの面会を許可する。
帰国までに草稿をまとめておくように。」
「……はい。」
リースに伴われてウォロックも退室していく。残されたトゥーリが呆れたようにため息をついた。
「……こわっ!独占欲も過ぎれば毒だぞ?」
「黙れ。」
「はいはい。それにしても、悪夢の後始末としては100点満点だね。ネロの処遇と再発防止に現状改善提案。おまけに農耕に転用して、先々には利益が見込める。共同研究による同盟維持で万が一離縁しても安心。」
「口を閉じろ。」
「はぁ……いいなぁ……やっぱり僕の王妃にしたかった……」
「死にたいか?」
冷ややかに睨みつけてきたカーティスの視線を、トゥーリは肩をすくめて受け流した。
「彼女になら伝えるべきだと思うけどな。キリアン卿もそう思うだろ?」
両手を組んで背を預けたソファーから、背後のキリアンに顎をのけぞらせてトゥーリが問う。
「……ですね。」
キリアンは短く認めた。トゥーリは得たりと笑みを刻み、意地悪く光らせた視線でカーティスを睨めつける。
「後がない奴らほど手段は選ばない。心構えはさせておくべきだ。
彼女ほど聡明ならなおさらそうすべきだと思うけどね。」
「……手出しなどさせない。」
「そうじゃなくてさ。」
「もう、お前帰れ。」
頑固に唇を引き結んで瞳を険しくさせた幼馴染に、トゥーリはため息を吐いた。
「心配で駆けつけた幼馴染に随分な態度だな。後で僕に泣いて感謝することになっても知らないぞ?」
無視し始めたカーティスを、憐れむような視線で見つめる。
自分以外がアルヴィナに関わることを、徹底的に排除する頑なさ。例えそれが悪意ある策略だとしても。
(気づかせずに終わらせて、なかったことにするつもりなんだろうけどさ……)
アルヴィナに起きる全てを、自分の手のひらで制御するなどできるわけがない。悪夢に想い人を奪われたトラウマは、そう簡単に消えはしないようだった。
アルヴィナの身に起こる全てを把握し、制御し掌握する。カーティスが許容できない出来事は、そもそもなかったことにして不測の事態がまた彼女を奪わないように。
「トゥーリ、スティグマ魔石はどれだけ用意できる?」
「……ん?それほど希少性はなく、使いみちも限られてる。有り余ってるよ。」
「使いみちを提供してやる。」
「はははっ。お買い上げありがとうございます。」
清算への大詰めを迎えた今、その頑なさがひどく危うくてトゥーリは無理を推してダンフィルに来た。アルヴィナからシーフドレスのことを尋ねられたことが気にかかった。それすら直接確認できない仲なのかと。
ずっと悪夢に苦しみ続けたカーティスが、無事に悪夢から目覚められるように手伝いに来た。もう彼は十分苦しんだ。幸せになってほしかった。
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