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最良の未来
しおりを挟む執務机でカーティスは疲労に目元を覆った。メナードが起こした騒ぎで、キロレス対応会議は延期された。
「陛下、診療院から再三の催促が来ています……」
さすがにダンフィルの医術薬師だけでは、診療院は回らなくなり、人員の補充の嘆願が止まらない。
「キロレスと調整中と診療院にだけリークしろ。リーベンの医療団も3日後には到着する。」
「併せて伝えます。」
「陛下、エクルド卿がいらしてます。」
「入れ。」
入室してきたエクルドの顔も疲労が色濃かった。差し出したキロレス対応への最終草稿を受け取り、素早く目を通した。
「……輸出解除は現行から7割までにする。」
「まあ、そうですね。7割まで解除すれば、キロレス全体には行き渡ります。」
「キリアン、最終稿だ。準備しておけ。」
「はい。」
ホッとしたように受け取ったキリアンも、隈がひどかった。キロレスへの対応案がまとまり、やっとベッドで寝ることができそうだった。
「陛下、対応会議ですが……アルヴィナ様もご出席すべきかと。」
「…………」
ぴくりと動いた眉に、エクルドは内心ため息をついた。
「ずっと白亜宮に閉じ込めておくわけにはいきません。王妃に据えるのならば、早めに認知を広めるべきです。」
キリアンが伺うようにカーティスを振り返る。賛同の視線にカーティスは嫌々口を開いた。
「……ベルタングを一掃したわけではない。危険だ。」
「一掃してから連れ帰らなかったのは陛下ですよ?世論選別に散々利用したのです。こうなることは目に見えていた。むしろ露出し、寵愛を見せたほうが安全です。」
「…………」
「まだ拗れたままなのですか?アルヴィナ様は訪れを待っていましたよ?」
「……分かっている。全て方をつけたら……」
「手遅れになりますね。」
被せるようにエクルドは、呆れたように遮った。冷ややかな眼差しで睨むカーティスに、エクルドは憐れむように首を振った。
「……もうアルヴィナ様は先を見据えてますよ。ダンフィルの悪夢にご自身ができる後片付けを始めている。ネロの処遇と悪夢が終わった先を見ています。」
差し出された草稿に、カーティスは目を見張り手のひらに顔を埋めた。完璧な後片付けに俯向いたカーティスに、エクルドは慰めるように声を落とした。
「彼女はフォーテルです。情報を止め、矜持を傷つけ、立てないよう心を折ろうと腐心しても、ご自身で答えを出してこうして歩かれていかれます。」
決めてしまったら止められない。どんなに懇願してもその心は変えられない。
カーティスの懇願を毅然と振り切った。フォーテル公爵は、父王さえも止められなかった。
「……確かに追い詰められたベルタング傘下が、不穏な動きを見せています。だからこそ示すべきです。王妃が誰であるかを、もう碁盤は覆らないと。」
草案を握り締めたカーティスに、かつての自分が重なった。置いていくのと置いていかれるのは、どちらがより辛いのだろう。
「失ったものを数える時間は、終わったのかもしれません。目指せる最良の未来を目指して進む時が来ているのでしょう。
アルヴィナ様とお話してください。フォーテルは悪意なく意地悪ですからね。口実など根こそぎ奪っていきます。」
「………ハッ!そんな女をどう引き止めろと?」
カーティスがいなくても生きていける女。カーティスもそうだと勝手に思い込み、最良の未来とやらに振り向きもせずに突き進んでいく。愛でも義務でも罪悪感でも、恐怖ですら縛ることが出来ないのなら、どうしたら大人しく側に置けるというのか。
「本心で話されたらよいかと。意地悪ですが、無慈悲ではありません。」
「…………」
俯いたままのカーティスに、エクルドは礼をして立ち去った。
懐かしき友人が愛した国は、美しい茜に染まりエクルドに悪夢の終わりを感じさせた。
※※※※※
《時々は足の遅い者を振り返ってやってください》
《抱えたものが多すぎて、すぐには歩けない。歩けずにいるなら、どうか手をとって連れて歩いてあげてほしい……》
寝台に腰掛けてアルヴィナは、エクルドの寂しげに揺れる瞳を思い出していた。
エクルドも抱えたものが多すぎて、すぐには歩けないのかもしれない。きっとカーティスも。
メナードが起こしたナイトメア騒ぎが、少し前までのダンフィルの日常だった。疑心暗鬼になって誰も信じることができない日々。
粛清は悪夢を晴らした。でも淡々と記載された負傷者、死亡者の数犠牲となった者の人生、その死を悼むものまでは書かれていない。
(きっと誰もが多すぎる荷物を抱えている……)
それでも容赦なく時は過ぎ、いくつもの選択肢が何度でも突きつけられる。生きている限り。
(一緒に歩きたくても、差し出した手を握り返してもらえないのなら……)
その時はどうすればいいのか。足を重くする荷物がアルヴィナなら……。
一緒に歩いていきたかった人の手は、一度離してしまった。もう一度手を繋いでくれるのだろうか。
まだカーティスの訪れのない白亜宮。少しだけ痛むこめかみを無視するように立ち上がった。思い出したくもない幻覚に、カーティスを穢されたくない。来てくれると約束した。頭痛の気配に怯えそうな心を叱咤して、アルヴィナは夜空を見上げた。
窓辺で見上げた月は青みを帯びた銀の光を落とし、静かに闇夜を照らしていた。
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