壊れた王のアンビバレント

宵の月

文字の大きさ
上 下
51 / 66

最良の未来

しおりを挟む




 執務机でカーティスは疲労に目元を覆った。メナードが起こした騒ぎで、キロレス対応会議は延期された。

 「陛下、診療院から再三の催促が来ています……」

 さすがにダンフィルの医術薬師だけでは、診療院は回らなくなり、人員の補充の嘆願が止まらない。
 
 「キロレスと調整中と診療院にだけリークしろ。リーベンの医療団も3日後には到着する。」
 「併せて伝えます。」
 「陛下、エクルド卿がいらしてます。」
 「入れ。」

 入室してきたエクルドの顔も疲労が色濃かった。差し出したキロレス対応への最終草稿を受け取り、素早く目を通した。

 「……輸出解除は現行から7割までにする。」
 「まあ、そうですね。7割まで解除すれば、キロレス全体には行き渡ります。」
 「キリアン、最終稿だ。準備しておけ。」
 「はい。」

 ホッとしたように受け取ったキリアンも、隈がひどかった。キロレスへの対応案がまとまり、やっとベッドで寝ることができそうだった。

 「陛下、対応会議ですが……アルヴィナ様もご出席すべきかと。」
 「…………」

 ぴくりと動いた眉に、エクルドは内心ため息をついた。

 「ずっと白亜宮に閉じ込めておくわけにはいきません。王妃に据えるのならば、早めに認知を広めるべきです。」

 キリアンが伺うようにカーティスを振り返る。賛同の視線にカーティスは嫌々口を開いた。

 「……ベルタングを一掃したわけではない。危険だ。」
 「一掃してから連れ帰らなかったのは陛下ですよ?世論選別に散々利用したのです。こうなることは目に見えていた。むしろ露出し、寵愛を見せたほうが安全です。」
 「…………」
 「まだ拗れたままなのですか?アルヴィナ様は訪れを待っていましたよ?」
 「……分かっている。全て方をつけたら……」
 「手遅れになりますね。」

 被せるようにエクルドは、呆れたように遮った。冷ややかな眼差しで睨むカーティスに、エクルドは憐れむように首を振った。

 「……もうアルヴィナ様は先を見据えてますよ。ダンフィルの悪夢にご自身ができる後片付けを始めている。ネロの処遇と悪夢が終わった先を見ています。」

 差し出された草稿に、カーティスは目を見張り手のひらに顔を埋めた。完璧な後片付けに俯向いたカーティスに、エクルドは慰めるように声を落とした。

 「彼女はフォーテルです。情報を止め、矜持を傷つけ、立てないよう心を折ろうと腐心しても、ご自身で答えを出してこうして歩かれていかれます。」

 決めてしまったら止められない。どんなに懇願してもその心は変えられない。
 カーティスの懇願を毅然と振り切った。フォーテル公爵は、父王さえも止められなかった。

 「……確かに追い詰められたベルタング傘下が、不穏な動きを見せています。だからこそ示すべきです。王妃が誰であるかを、もう碁盤は覆らないと。」

 草案を握り締めたカーティスに、かつての自分が重なった。置いていくのと置いていかれるのは、どちらがより辛いのだろう。

 「失ったものを数える時間は、終わったのかもしれません。目指せる最良の未来を目指して進む時が来ているのでしょう。
 アルヴィナ様とお話してください。フォーテルは悪意なく意地悪ですからね。口実など根こそぎ奪っていきます。」
 「………ハッ!そんな女をどう引き止めろと?」

 カーティスがいなくても生きていける女。カーティスもそうだと勝手に思い込み、最良の未来とやらに振り向きもせずに突き進んでいく。愛でも義務でも罪悪感でも、恐怖ですら縛ることが出来ないのなら、どうしたら大人しく側に置けるというのか。

 「本心で話されたらよいかと。意地悪ですが、無慈悲ではありません。」
 「…………」

 俯いたままのカーティスに、エクルドは礼をして立ち去った。

 懐かしき友人が愛した国は、美しい茜に染まりエクルドに悪夢の終わりを感じさせた。


※※※※※


 《時々は足の遅い者を振り返ってやってください》
 《抱えたものが多すぎて、すぐには歩けない。歩けずにいるなら、どうか手をとって連れて歩いてあげてほしい……》

 寝台に腰掛けてアルヴィナは、エクルドの寂しげに揺れる瞳を思い出していた。
 エクルドも抱えたものが多すぎて、すぐには歩けないのかもしれない。きっとカーティスも。
 メナードが起こしたナイトメア騒ぎが、少し前までのダンフィルの日常だった。疑心暗鬼になって誰も信じることができない日々。
 粛清は悪夢を晴らした。でも淡々と記載された負傷者、死亡者の数犠牲となった者の人生、その死を悼むものまでは書かれていない。

 (きっと誰もが多すぎる荷物を抱えている……)

 それでも容赦なく時は過ぎ、いくつもの選択肢が何度でも突きつけられる。生きている限り。

 (一緒に歩きたくても、差し出した手を握り返してもらえないのなら……)

 その時はどうすればいいのか。足を重くする荷物がアルヴィナなら……。
 一緒に歩いていきたかった人の手は、一度離してしまった。もう一度手を繋いでくれるのだろうか。

 まだカーティスの訪れのない白亜宮。少しだけ痛むこめかみを無視するように立ち上がった。思い出したくもない幻覚に、カーティスを穢されたくない。来てくれると約束した。頭痛の気配に怯えそうな心を叱咤して、アルヴィナは夜空を見上げた。
 窓辺で見上げた月は青みを帯びた銀の光を落とし、静かに闇夜を照らしていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。

曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」 きっかけは幼い頃の出来事だった。 ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。 その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。 あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。 そしてローズという自分の名前。 よりにもよって悪役令嬢に転生していた。 攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。 婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。 するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?

年下の彼氏には同い年の女性の方がお似合いなので、別れ話をしようと思います!

ほったげな
恋愛
私には年下の彼氏がいる。その彼氏が同い年くらいの女性と街を歩いていた。同じくらいの年の女性の方が彼には似合う。だから、私は彼に別れ話をしようと思う。

【R18】スパダリ幼馴染みは溺愛ストーカー

湊未来
恋愛
大学生の安城美咲には忘れたい人がいる……… 年の離れた幼馴染みと三年ぶりに再会して回り出す恋心。 果たして美咲は過保護なスパダリ幼馴染みの魔の手から逃げる事が出来るのか? それとも囚われてしまうのか? 二人の切なくて甘いジレジレの恋…始まり始まり……… R18の話にはタグを付けます。 2020.7.9 話の内容から読者様の受け取り方によりハッピーエンドにならない可能性が出て参りましたのでタグを変更致します。

ヤンデレ幼馴染が帰ってきたので大人しく溺愛されます

下菊みこと
恋愛
私はブーゼ・ターフェルルンデ。侯爵令嬢。公爵令息で幼馴染、婚約者のベゼッセンハイト・ザンクトゥアーリウムにうっとおしいほど溺愛されています。ここ数年はハイトが留学に行ってくれていたのでやっと離れられて落ち着いていたのですが、とうとうハイトが帰ってきてしまいました。まあ、仕方がないので大人しく溺愛されておきます。

【完結】帰れると聞いたのに……

ウミ
恋愛
 聖女の役割が終わり、いざ帰ろうとしていた主人公がまさかの聖獣にパクリと食べられて帰り損ねたお話し。 ※登場人物※ ・ゆかり:黒目黒髪の和風美人 ・ラグ:聖獣。ヒト化すると銀髪金眼の細マッチョ

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...