46 / 66
爪痕 ★
しおりを挟む執務室に向かう回廊に、いつもより人が多い。
(何かあったのかしら……?)
忙しなく行き交う執政官達に、アルヴィナは内心目を丸くした。
「マルクス、今日は何か……」
端に寄りながら、マルクスに話しかけたときだった。
「ああああああーーーーーーー!!!」
突如、悲鳴のような絶叫が上がった。合図になったように、廊下の角からも絶叫が上がる。
何事かと視線を巡らせた先で、執政官が文書を放り捨て、闇雲に近くの人物に掴みかかった。呆気に取られて呆然とするアルヴィナの耳に、
「……ナイトメアだ!!」
「騎士を呼べ!取り押さえろ!!」
「機密文書を守れ!持ち出させるな!!」
切羽詰まったような怒鳴り声が届く。執務室から飛び出してきた人も含め、回廊は一気に騒然とした混乱に乱れた。
取り押さえに向かう人に逆らって、その場から逃げ出し始めた人々。入り混じった人ごみに、アルヴィナはその場から押し出される。
「お嬢様!!」
「うあああああああーーーー!!」
マルクスが分断を避けようと焦った声を上げて、近寄ろうとした背後から、奇声を上げてもう一人、ナイトメアが走り込んできた。
「………っ!!」
5年前に舞い戻ったような混乱に、呆然としていたアルヴィナは、背後から口を塞がれた。
抑え込むようにして、回廊の影に引きずり込まれる。
「んーーーー!!」
華奢なアルヴィナの抵抗を物ともせず、喧騒からどんどんと引き離されていく。
とっさにヒールを脱ぎ捨て、踏み留まろうとする足を、すくい上げられアルヴィナはようやく相手の顔を認識した。
「メナード・ベルタング……!!」
窶れた頬に狂気の笑みを閃かせ、アルヴィナを抱えたメナードは走り出した。
「マル………!!」
叫ぼうとした口を塞がれる。階段を下りいくつかの回廊を曲がる。激しく揺らされる振動で、視界が揺れ気持ち悪さが込み上げてくる。
口を強く塞がれているせいで、息が苦しかった。ぼんやりと意識が遠のきそうになったアルヴィナは、乱暴に床に降ろされて覚醒した。
「ここは………」
「どこだと思う?」
粘りつくような声に、振り返ったアルヴィナは、ギラギラと光る琥珀の瞳に見据えられる。ズリズリと後退るアルヴィナに、一歩で近づくと、髪を掴まれ上向かされた。
メナードが口で栓を引き抜いた小瓶を、アルヴィナの唇に押し当てた。無理やり流し込むと、そのまま口と鼻を塞がれる。
「んーー!!」
苦し涙が目尻から伝い落ちるのを眺めながら、メナードはニヤニヤと笑みを浮かべた。
「フォーテルの雌犬め。堕落の底に沈めてやる。」
口を塞ぐ手を引き剥がそうと抵抗しながら、必死にもがくも呼吸の限界に流し込まれた薬液を飲み込む。
独特の舌が痺れる甘さに、コラプションだと気が付いた。
「あ……あ……はぁ……」
「壊れるまで犯してやるよ!!」
カッと熱くなり始めた身体が震えだし、狂気に顔を歪めたメナードが、ゆっくりとアルヴィナのドレスに手をかけた。
※※※※※
カーティスは魔筆を持つ手を止め、ちらりと時計に目を向けた。今日はまだアルヴィナの訪れがない。
会うつもりはないのに、その訪れを待つ自分に、カーティスは自嘲の笑みをはいた。
「陛下!!ナイトメアです!!」
息を乱した騎士が飛び込んできた。さっとカーティスが立ち上がり剣を佩く。
「報告しろ。」
「東回廊の……」
「陛下!!アルヴィナ様が!!」
押しのけるようにマルクスが滑り込む。その瞬間、カーティスは猛然と駆け出した。
「カーティス!!」
キリアンが声を上げたのも、構わずカーティスは東回廊に向かって風のように走り去った。
※※※※※
バリッと空間を切り裂くように閃光が走り、メナードは舌打ちしながら手を引いた。
「保護石か……」
蹲るようにして息を乱しながら、睨むアルヴィナに、メナードは哄笑を上げた。
「いつまで保つかな?」
からかうように走る閃光に手を伸ばし、バチバチと小さな火花を面白そうに眺めた。
「父上に追い落とされ爵位を返上。惨めに落ち延びたフォーテルが!
大人しく平民でいれば見逃してやったものを……」
嘲るようにアルヴィナを見下すメナードに、アルヴィナは震える唇に笑みを浮かべた。
「見、逃す?お、追い落とす……?はぁ……出入国、制限で……追えなかった、だけ……兄様が……防いだ……」
強烈な欲求に唇を噛み締めながら、アルヴィナはせり上がる怒りのままに声を押し出した。
「はぁ……ううっ……ネ、ネロ……を捕えたのは……お父様……それ……が、全てを突き崩した……追い落と、されたのは……ベルタング……」
目を見張ったメナードが、徐々に憎悪に顔を歪めた。
「貴様ーーーー!!」
不可侵の閃光に構わず、メナードがアルヴィナの腕を掴む。絶え間なく炸裂音と閃光が走り、肉が焦げる匂いが漂い始めた。
押さえつけた手首を引き寄せ、引き倒したアルヴィナのドレスが引き裂かれた。
「いやぁぁーー!!」
触れられた皮膚に強烈な快楽と嫌悪が這い回り、アルヴィナは悲鳴を上げた。
「離して!離して!兄様!!兄様!!」
まろび出た乳房を鷲掴まれる。走り抜けた快楽に、目の前が歪むほど絶望感が沸き上がる。
バチバチと閃光が覆いかぶさるメナードを焦がしても、狂気に瞳を血走らせたメナードは止まらなかった。
「やめて!いやぁ!兄様ぁ!!」
首筋に舌が這い回り、ゾクゾクと背筋に震えが走る。乱暴に揉みしだかれる乳房から滲むように熱が広がる。
全身が痺れるように粟立ちながら、皮膚の下の神経が絶えず電流を流されるようにして震えた。
「いやぁ!いやぁ!離して!」
手首を押さえつけていた手が、ドレスの裾を捲くりあげるのを感じて、下腹部が絞られるよう蠢き、アルヴィナは絶望した。
ぐちゅっ。メナードの指がそこに触れた感触に、アルヴィナは目を見開いて絶叫した。
「ああああぁぁーーーーー!!」
「はっ!はははははっ!」
メナードが気が触れたように、笑い声を上げる。急激にせり上がってくる快楽に息を詰め、絶望に瞳を閉じかけた。
バンッ!!アルヴィナの消えそうな保護石の炸裂音に混じり、背後で轟音が鳴り響いた。
3
お気に入りに追加
323
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる