壊れた王のアンビバレント

宵の月

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爪痕 ★

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 執務室に向かう回廊に、いつもより人が多い。

 (何かあったのかしら……?)

 忙しなく行き交う執政官達に、アルヴィナは内心目を丸くした。

 「マルクス、今日は何か……」
 
 端に寄りながら、マルクスに話しかけたときだった。

 「ああああああーーーーーーー!!!」

 突如、悲鳴のような絶叫が上がった。合図になったように、廊下の角からも絶叫が上がる。
 何事かと視線を巡らせた先で、執政官が文書を放り捨て、闇雲に近くの人物に掴みかかった。呆気に取られて呆然とするアルヴィナの耳に、

 「……ナイトメアだ!!」
 「騎士を呼べ!取り押さえろ!!」
 「機密文書を守れ!持ち出させるな!!」

 切羽詰まったような怒鳴り声が届く。執務室から飛び出してきた人も含め、回廊は一気に騒然とした混乱に乱れた。
 取り押さえに向かう人に逆らって、その場から逃げ出し始めた人々。入り混じった人ごみに、アルヴィナはその場から押し出される。

 「お嬢様!!」
 「うあああああああーーーー!!」

 マルクスが分断を避けようと焦った声を上げて、近寄ろうとした背後から、奇声を上げてもう一人、ナイトメアが走り込んできた。

 「………っ!!」

 5年前に舞い戻ったような混乱に、呆然としていたアルヴィナは、背後から口を塞がれた。
 抑え込むようにして、回廊の影に引きずり込まれる。

 「んーーーー!!」

 華奢なアルヴィナの抵抗を物ともせず、喧騒からどんどんと引き離されていく。
 とっさにヒールを脱ぎ捨て、踏み留まろうとする足を、すくい上げられアルヴィナはようやく相手の顔を認識した。

 「メナード・ベルタング……!!」

 窶れた頬に狂気の笑みを閃かせ、アルヴィナを抱えたメナードは走り出した。

 「マル………!!」

 叫ぼうとした口を塞がれる。階段を下りいくつかの回廊を曲がる。激しく揺らされる振動で、視界が揺れ気持ち悪さが込み上げてくる。
 口を強く塞がれているせいで、息が苦しかった。ぼんやりと意識が遠のきそうになったアルヴィナは、乱暴に床に降ろされて覚醒した。

 「ここは………」
 「どこだと思う?」

 粘りつくような声に、振り返ったアルヴィナは、ギラギラと光る琥珀の瞳に見据えられる。ズリズリと後退るアルヴィナに、一歩で近づくと、髪を掴まれ上向かされた。
 メナードが口で栓を引き抜いた小瓶を、アルヴィナの唇に押し当てた。無理やり流し込むと、そのまま口と鼻を塞がれる。

 「んーー!!」

 苦し涙が目尻から伝い落ちるのを眺めながら、メナードはニヤニヤと笑みを浮かべた。

 「フォーテルの雌犬め。堕落の底に沈めてやる。」

 口を塞ぐ手を引き剥がそうと抵抗しながら、必死にもがくも呼吸の限界に流し込まれた薬液を飲み込む。
 独特の舌が痺れる甘さに、コラプションだと気が付いた。

 「あ……あ……はぁ……」
 「壊れるまで犯してやるよ!!」

 カッと熱くなり始めた身体が震えだし、狂気に顔を歪めたメナードが、ゆっくりとアルヴィナのドレスに手をかけた。


※※※※※


 カーティスは魔筆を持つ手を止め、ちらりと時計に目を向けた。今日はまだアルヴィナの訪れがない。
 会うつもりはないのに、その訪れを待つ自分に、カーティスは自嘲の笑みをはいた。

 「陛下!!ナイトメアです!!」

 息を乱した騎士が飛び込んできた。さっとカーティスが立ち上がり剣を佩く。

 「報告しろ。」
 「東回廊の……」
 「陛下!!アルヴィナ様が!!」

 押しのけるようにマルクスが滑り込む。その瞬間、カーティスは猛然と駆け出した。

 「カーティス!!」

 キリアンが声を上げたのも、構わずカーティスは東回廊に向かって風のように走り去った。


※※※※※


 バリッと空間を切り裂くように閃光が走り、メナードは舌打ちしながら手を引いた。

 「保護石か……」

 蹲るようにして息を乱しながら、睨むアルヴィナに、メナードは哄笑を上げた。

 「いつまで保つかな?」
 
 からかうように走る閃光に手を伸ばし、バチバチと小さな火花を面白そうに眺めた。

 「父上に追い落とされ爵位を返上。惨めに落ち延びたフォーテルが!
 大人しく平民でいれば見逃してやったものを……」
 
 嘲るようにアルヴィナを見下すメナードに、アルヴィナは震える唇に笑みを浮かべた。

 「見、逃す?お、追い落とす……?はぁ……出入国、制限で……追えなかった、だけ……兄様が……防いだ……」

 強烈な欲求に唇を噛み締めながら、アルヴィナはせり上がる怒りのままに声を押し出した。

 「はぁ……ううっ……ネ、ネロ……を捕えたのは……お父様……それ……が、全てを突き崩した……追い落と、されたのは……ベルタング……」

 目を見張ったメナードが、徐々に憎悪に顔を歪めた。

 「貴様ーーーー!!」

 不可侵の閃光に構わず、メナードがアルヴィナの腕を掴む。絶え間なく炸裂音と閃光が走り、肉が焦げる匂いが漂い始めた。
 押さえつけた手首を引き寄せ、引き倒したアルヴィナのドレスが引き裂かれた。

 「いやぁぁーー!!」

 触れられた皮膚に強烈な快楽と嫌悪が這い回り、アルヴィナは悲鳴を上げた。

 「離して!離して!兄様!!兄様!!」

 まろび出た乳房を鷲掴まれる。走り抜けた快楽に、目の前が歪むほど絶望感が沸き上がる。
 バチバチと閃光が覆いかぶさるメナードを焦がしても、狂気に瞳を血走らせたメナードは止まらなかった。

 「やめて!いやぁ!兄様ぁ!!」

 首筋に舌が這い回り、ゾクゾクと背筋に震えが走る。乱暴に揉みしだかれる乳房から滲むように熱が広がる。
 全身が痺れるように粟立ちながら、皮膚の下の神経が絶えず電流を流されるようにして震えた。

 「いやぁ!いやぁ!離して!」

 手首を押さえつけていた手が、ドレスの裾を捲くりあげるのを感じて、下腹部が絞られるよう蠢き、アルヴィナは絶望した。
 ぐちゅっ。メナードの指がそこに触れた感触に、アルヴィナは目を見開いて絶叫した。

 「ああああぁぁーーーーー!!」
 「はっ!はははははっ!」

 メナードが気が触れたように、笑い声を上げる。急激にせり上がってくる快楽に息を詰め、絶望に瞳を閉じかけた。
 バンッ!!アルヴィナの消えそうな保護石の炸裂音に混じり、背後で轟音が鳴り響いた。

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