壊れた王のアンビバレント

宵の月

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激高

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 剣を腰に佩きカーティスは、そのまま白亜宮に向かった。
 
 「陛下……?」

 予告なく踏み入った室内で、アルヴィナは驚いたように立ち上がる。ノーラは目を見開き、マルクスは瞳を険しくさせた。剣呑な気配にそっと部屋からすり抜けると、足早に回廊を駆け出す。
 それには構わず、カーティスは短く命を下した。

 「………探せ。」
 「……アルヴィナ妃、失礼いたします。」
 「え?あの……」

 戸惑ったようにカーティスを見つめるアルヴィナ。リースを始め3名の騎士は、丁重に礼を取り命に従った。
 女性騎士の誘導で、アルヴィナは執務机から引き離され不安げに佇む。

 「陛下!何事ですか!!」

 ノーラが講義の声を上げたが、カーティスは厳然とただアルヴィナを見据えた。

 「……兄様……?」

 そっとアルヴィナが、カーティスの顔色を伺うように見上げた。カーティスは唇を引き結んだまま、アルヴィナを見下ろした。

 「………陛下……」

 リースは寝台横のチェストから、薬瓶を見つけてしまい苦く唇を噛みしめる。

 「ここへ。」
 「……それは……」

 リースがカーティスの手に載せた薬瓶に、アルヴィナは顔色を失くす。ノーラが薬瓶にあっと息を飲んだ。

 「ノーラ、跪け。」
 「兄様……それは……」
 
 血の気の失せた顔で、ノーラが震えながら跪く。ゆっくりとカーティスが剣の柄を握った。

 「兄様!やめて!違うの!ノーラは何も知らない!!」

 カーティスがスラリと剣を引き抜き、白刃がゆらりと光を反射した。アルヴィナは恐怖にまろびながら、ノーラの前に駆け出した。

 「やめて!ノーラは本当に何も知らないの!兄様!どうか……!!」

 両手を広げノーラを背にかばう。必死の懇願を向けた先のカーティスの瞳は、感情が抜け落ちたかのようだった。
 ガタガタと震えながら、恐怖に引きつれる喉を励まし、アルヴィナは懸命に声を張り上げる。剣はアルヴィナの首元を掠め、ひやりとした冷気を皮膚に伝えてくる。
 痛いほど張り詰めた空気。誰もが息をすることさえ恐れて沈黙した。アルヴィナの胸に恐怖と後悔が渦巻いた。

 「………お前は……今ここで命を賭けるのか……」

 色のない声が室内の沈黙に落ちた。カーティスは剣を引き、怒りを示すように剣を力任せに床に突き刺す。

 「……拘束しろ。」
 「……兄様!やめて!本当にノーラは知らないの!お願い!」
 「連れていけ。」

 ノーラは呆然としたまま連れ出され、アルヴィナはカーティスに取り縋った。

 「お願い、兄様!ノーラじゃない!やめて!お願い!」
 「なら誰だ?」
 「それは……」
 
 目を逸らしたアルヴィナの肩が、カーティスに掴まれる。その力の強さに思わず呻き、顔を上げたアルヴィナが息を飲んだ。
 絡んだ視線の先、凄絶な怒りに燃え瞋恚に染まったアイスブルーの瞳が、アルヴィナを射殺すかのように見据えた。

 「国を捨て私を見捨て、生きることを選んだお前は、今ここで命を賭けるのか!!」

 目を見開いたアルヴィナに、カーティスは激情をぶつける様に瞳の色を濃くしていく。

 「悪夢の中に私を残し、そうまで生きることを選んだお前が!!今ここで!!ノーラのために!!その命を賭けるのか!!答えろ!アルヴィナ!!」
 「わた、しは……」

 その怒りの激しさに飲まれ、唇を震わせながら目をそらすこともできず、カーティスを見つめる。

 「私と共にいることに命を賭けなかったお前が、今ここで………その身を呈して守るのか……」

 激情は震える声に勢いをなくし、俯向いたカーティスの肩が揺れる。

 「……答えろ、アルヴィナ……
 《互いの精神、身体、生命を持ってこの愛に殉じよ。生ある限り忠誠を持って誓いを全うせよ》
 交わした聖文の誓いに背いてまで生き延びたのは、こうして私を欺き裏切るためなのか……」
 「聖文の、誓い……?」

 呆然と瞳を揺らすアルヴィナに、カーティスは顔を上げた。アルヴィナの表情に、ゆっくりと目を見開き、額に手を当て嗤い出した。

 「……くっ!はははははは!!お前は……お前は……覚えてすらいないのか……」

 嘲るように吐き捨てながら、狂ったように嗤うカーティスに、アルヴィナは震えながら唇を覆った。
 
 「くくくっ……ははは……私は……私はなんのために今まで…………!!」

 ぴたりと口を閉じ、カーティスの瞳から光が消えた。すっと感情が消え失せた美貌が、一瞬だけひどく傷付いたかのように歪み、それを確かめる前にカーティスは手のひらに顔を埋めた。

 「兄、様……」
 「お前は本当に、残酷な女だ……」

 震えるカーティスの声に、アルヴィナは手を伸ばしたがその手は強く振り払われた。
 何も言わず、カーティスは顔を覆ったまま歩き出した。

 「……カーティス!!」

 駆けつけてきたキリアンが、室内に飛び込んでくる。その後ろからエクルドとマルクスも追いついてきていた。

 「兄様……!待って……」

 涙に揺れる声を縋らせたアルヴィナに振り返ることなく、カーティスはそのまま扉に向かう。

 「兄様……お願い……行かないで……」

 震える声の懇願にも足を止めることなく、カーティスは部屋を出ていった。
 残された涙に濡れるアルヴィナに、マルクスが駆け寄る。

 「一体、何があったのですか……?」

 尋常じゃない空気にキリアンとエクルドが、カーティスの消えた背後を振り向きながらアルヴィナに歩み寄る。

 「カーティス兄様……お願い……話を聞いて……」

 呆然と涙を流しながら、何も言えずに震えるアルヴィナに変わって、残った女性騎士が事情を伝える。聞き終えたキリアンは、古代文書を無言でエクルドに押し付け駆け出していった。

 「……アルヴィナ様……」
 「兄様………私は………ノーラ……どうしたら………」

 膝をついて屈んだエクルドに、アルヴィナは顔を上げた。その手に古代文書をそっと手渡す。

 「これを……」

 戸惑うように瞳を揺らすアルヴィナに、エクルドは頷いた。

 「貴女は知らなければ……そして答えを出さなければなりません。」

 古代文書をしっかりと握らせ、言い聞かせるように告げた。

 「……ノーラのことは私にお任せください。」

 少しだけ口元に安心させるように笑みを浮かべて、立ち上がった。

 エクルドも立ち去った室内で、アルヴィナは残された古代文書に目を落とす。そっと開いて確かめた内容に、アルヴィナは蹲って泣き出した。

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