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王妃の資格
しおりを挟むセレイアは窓辺に座り込み、細かく砕いた砂金の砂時計を見つめていた。サラサラと流れ落ちる金の砂は、陽光を反射してキラキラと輝いている。
(カーティスの美しい髪のよう……)
美しく流れるプラチナブロンドの髪を思い浮かべ、うっとりと飽きることなく見入る。
透き通ったアイスブルーの瞳。丁寧に作り込まれた彫刻のような美貌。低く響く美声。その全てがセレイアを魅了してやまない。
(カーティス……カーティス……)
一目で恋に落ちたカーティスは、婚約者がいた。時が来るまで我慢したのは、父がカーティスを約束してくれたから。
(あの女……あの時に死ねばよかったのに……!!)
思い出の中でも、今この時でも目障りな姿を思い出し、眺めていた金の砂時計を壁に叩きつけた。
逃げたくせに舞い戻り、執務室でまで盛る女。
(出入国制限さえなければ……!!生かしておくつもりなどなかったのに!!)
逃げ出した跡を追わせた者は、折り悪く国境で捕らえられた。
それでもセレイアはカーティスの妻になった。唯一の王妃。邪魔になる者は追い落とし、全てをかけて手に入れた。
(カーティス……)
風が燃えるような赤毛を舞いあげ、狂い咲く毒華の美貌に微笑みが浮かぶ。カーティスを初めて見たのもこんな日だった。
「……いいわ。視界に入る全てを消し続ければ、理解するでしょう?貴方は誰にも渡さない……」
真っ赤な唇を吊り上げて、笑みを刻んだ時、ざわざわと扉の外が、騒がしいことに気が付いた。ぴくりとこめかみを震わせ、セレイアは立ち上がった。
扉に向かおうと足を踏み出すと、外から乱暴に開け放たれる。
「まぁ!!……カーティス!!」
「始めろ。」
喜色に満ちたセレイアの声に、カーティスは振り向きもせず手を上げた。
どやどやと騎士たちが私室に踏み入ってくる。
「カーティス……?一体何なの!会いに来てくれたのではないの?」
「差し押さえだ。」
「差し押さえ?何を言ってるの?」
瞳を吊り上げたセレイアに、カーティスは嘲るような笑みを浮かべた。
「婚姻維持費が足りない。」
「………!?嘘よ!兄上は?今すぐ呼んで!!」
その間にも騎士たちは勝手に室内の装飾品や、宝石類を運び出していく。
「何なの!カーティス、やめさせて!!」
「言っただろ?婚姻維持費が足りないと。だから悪趣味な宝石やらは、差し押さえて売却する。誓約を果たせ。」
「何を言っているの……?そんなはずは……」
「1年半か。思ったよりも持ちこたえたな?」
「カーティス!!」
冷ややかに侮蔑を乗せた笑みに、セレイアは激高して声を荒げた。
「陛下!ドレスなどの衣類は……」
「すべて持ち出せ。」
「やめて!今すぐやめさせて!!」
「ならば婚姻維持費を払え。期日は過ぎているぞ?」
「兄上!兄上を今すぐ呼んで!!」
「お前の兄は屋敷にこもって出てこない。」
「そんな……やめて!!それに触らないで!!」
婚姻式典のドレスを運び出す騎士に、飛びかかったセレイアを、女騎士が丁重に押し止めた。
「離せ!!離せ!!カーティス!カーティス!」
涙を浮かべて伸ばした手を、カーティスは冷笑を浮かべてただ見つめた。
「カーティス……カーティス……お願いよ……愛しているの……やめさせて……私達の婚姻式のドレスなのよ……やめさせて……」
騎士を振り解いて伸ばした手は、バリッと空間を裂くような音に阻まれる。カーティスの指輪が赤い輝きを放つ。
呆然と座り込むセレイアを、昂然と顎をそらしてカーティスは睥睨した。
「給与が未払いの侍女は退職するそうだ。屋敷に籠もったメナードが、せめて食費だけでも払ってくれることをここで祈るといい。まあうっかり飢えて死んでも、一向に構わないがな。
護衛の騎士は常に側でお前の行動を見ている。安心するといい。」
堪えきれずにカーティスは笑みを浮かべる。手当たり次第運び出した騎士たちが、次々と引き上げる。何もなくなった室内を愕然と見回し、セレイアは歯軋りした。
「………どういうこと!!」
「なんだ?」
「私は王妃よ!!貴方の妻よ!!」
「婚姻誓約が守られている限りは、な。」
「こんなっ!!」
「不満か?ならば誓約を履行しろ。」
「………貴方が……貴方が私を抱かないから!!義務を果たさないから!!」
目を血走らせたセレイアを、カーティスはせせら笑った。
「抱く?誓約は週に一度の王妃宮への訪問だ。義務は果たしていただろう?」
「私を抱けば……子を身ごもったら……」
「そうだな。維持費の支払いは打ち切り、王妃宮の予算は国庫が財源になるはずだった。」
「それなのに、貴方が!!」
「その気にさせるのはお前がすべきことではないのか?
私はコラプションまで飲んでやった。抱く気になれなかったことまで責めるのか?心外だ。おかげで解毒薬は完成したが。」
「カーティス!!……貴方、そのために……?」
「だったら何だ?毎度頼みもしないのに盛ったのはお前だろう?
コラプションを飲ませれば、お前を抱くとでも思っていたか?あてが外れたな。」
図星を指されて怒りに顔を蒼白にして、セレイアは立ち上がった。どれだけ不利な婚姻誓約でも、コラプションがあればモノにできると思っていた。愛し合えると。
「私がどれだけ愛しているかわからないの!!どんなこともしたのに、どうして!!」
「蹴落とし、毒を盛り、脅迫し、強姦させる。確かにしてないことを探すほうが難しい。
それほど身勝手で醜悪なものを愛と呼ぶのか?」
「身勝手?醜悪?貴方が欲しいのよ。それがいけないこと?それが私の愛よ!!貴方は私だけのものよ!!抱きなさいよ!今すぐ!!」
凄絶な笑みを浮かべてセレイアはカーティスに掴みかかる。不可侵の閃光が走っても、セレイアは構わずカーティスの腕に取りすがった。
バリバリと火花が散り、室内に肉の焼ける匂いが漂う。
「触れるな。」
決死の覚悟ですがったセレイアを、カーティスは虫を追うように振り払った。倒れ込んだセレイアを、カーティスは冷然と見下ろす。
「二度と私に触れるな。」
「……カーティス……どうして私を愛さないの?ここまでしてるのにどうしてわからないの?
あの女とは婚姻式典もしなかったじゃない!私を愛しているからでしょう?」
「ハッ!側妃としての式典など不要だ。アルヴィナは正妃となる。正しい認知を広めるべきだろう?」
「嘘よ……!!させない!私を愛しているはずよ!」
「正気か?お前を愛しているだと?まあ、愛とは身勝手で醜悪なものか。ならば誰を愛そうが私の勝手だな?」
「カーティス……どうしてこんな……」
「どうして?分からないのか?理解に苦しむ。そこまで知性がなくて、どうここまで生きてこられたのか……。王妃は阿呆には務まらない。
分からないなら教えてやる。献上している婚姻維持費が、何に使われているか。ナイトメアの復興支援だけではない。」
復讐に燃え切り刻む愉悦に笑みを歪めて、カーティスはセレイアの琥珀の瞳に言い聞かせるように告げた。
「リーベンへの街道の新規敷設。白亜宮の品格維持費だ。」
「………!?あの女の……!!」
ぶるぶると怒りに震えるセレイアに、カーティスは狂気の笑みを浮かべた。
「そうだ。リーベンでのドレスも、キロレスを迎えたシーフシルクもあの宝石も全て。
お前たちが溜め込んだ財は、私の妖精を美しく着飾らせ、心地よい鳥籠を維持するために使われている。
喜べ。リーベンへの街道の敷設が終われば、アルヴィナは私の正妃として凱旋する。」
「よくも………!!」
「お前達が奪った金を返してもらったまでだ。損害賠償は当然の義務だろ?」
「……許さない!!許さない!!」
「私もだ。気が合うな。私の母と父を弑し、国を壊した。私のアルヴィナに毒を盛った女を、私が愛することなど永遠にない。死してなお許すことなどあり得ない。」
「王妃は……王妃は私よ……!!」
「アルヴィナが私の子を身籠ればそれも潰える。ようやくここまで来た。私の悪夢はもうすぐ終わる。」
アイスブルーを輝かせ、カーティスは昂然と笑みを浮かべた。その玲瓏とした美しさに歯を食いしばり、セレイアは眦を吊り上げた。
「……できるわけない!未だにできていないじゃない!!」
セレイアは嘲るようにカーティスの瞳を睨みあげた。
「コラプションを飲んですら未だに身籠っていない!!あの女は子を身籠れない!!」
「…………」
すっと目を細めたカーティスに、爛々と目を輝かせてセレイアは声を張り上げた。
「あの女は身籠れない!!王妃の座は永遠に私のものよ!!」
狂気に目を輝かせて哄笑を上げたセレイアを、侮蔑に満ちた瞳で睨みカーティスは踵を返した。
「私が永遠に貴方の妻なのよ!!」
セレイアの狂った叫びを背に、カーティスはその場を後にした。
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