壊れた王のアンビバレント

宵の月

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敵国の使者

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 愛らしく可憐と評されているらしい狡猾な猿と、欲にまみれた下衆なガマガエル。目の前に図々しくも顔を見せたキロレス公国の使者に、カーティスは内心侮蔑の眼差しを向けていた。

 (小賢しいものだ……)

 金とアイスブルーの装飾品に、ドレスはシーフシルク。寵愛を推し図ろうと、二人は値踏みする視線をアルヴィナに向けている。
 すでにカーティスはこの茶番に飽き始めていた。視線を送った視界の影で、小さくキリアンが頷いた。

 「アルヴィナ、下がれ。」
 「……はい。」
 
 とっとと終わらせることに決めたカーティスは、アルヴィナを下がらせる。優雅に立ち上がったアルヴィナが、退室の挨拶を述べた。

 「お会いできて光栄でした、アルヴィナ妃。」

 公主の姪、ヘレナは挑戦的な声音を微かに響かせて笑みを浮かべて見せた。ほんの僅かに唇を震わせ、アルヴィナが礼をし退室していく。
 入れ違いに入室してきたセレイアは、すれ違うアルヴィナの装いを睨みつけ、威嚇するように歩み寄ってくる。その滑稽さにカーティスは、こみ上げてきた笑いを噛み殺す。

 「随分顔色が悪いな、メナード卿。」

 知性の足りない妹よりは、状況が分かっている兄は紙のように顔色を白くしていた。

 「挨拶は省こう。二人はゲダート大公とヘレナ公女とは旧知の仲だろうからな。」
 「何を……っ!?」

 無駄に睨み合っていたヘレナとセレイア、舐め回すようにアルヴィナの出ていった扉を見つめていたゲダートが動きを止めた。
 メナードとセレイアが衝撃に固まり、カーティスは冷ややかに睥睨した。

 「座れ。」

 真っ青になったセレイアが扉を振り返る。近衛騎士団が入口を塞いでいるのを見て、カーティスに振り返った。

 「カーティス!貴方……」
 「黙れ。」
 
 カーティスはセレイアを見もせず、指でトントンと机を叩いた。

 「それで?非公式の使節としてまで、我が国を訪問した目的は?」
 「……カーティス陛下……何か誤解をなさっているのでは?……お二方とは……」
 「目的は?」
 「カーティス陛下?誤解なさっておりますわ。お二人と私共は面識がございません。訪問の目的も、長く友好を保ってきた二国の和睦を願ってのことです。」
 「……ほう?」

 にっこりと微笑んで見せたヘレナに、カーティスは不遜に口角を上げた。その場の全員がヘレナに賛同し始める。

 「それほど主張するなら、今からでも猿芝居を続けたらいい。」

 胸ポケットから取り出した装飾を、カーティスは掲げて振りながら、馬鹿にしきったように嘲った。
 
 「それ、は……!!」
 「キロレス公国の位階章。階級は最高位医術薬師を示すものだろう?
 ネロ・テンペス。キロレス大公家がベンタング家に送り込んだそうだな?」
 「そ、そんなわけが!!粛清に巻き込まれたと……!!」
 「カーティス!まさか!!」
 
 慌てだした一同をカーティスは冷ややかに眺めた。

 「お信じになっていますの?」

 ヘレナが鈴の音のような声で、上擦った一同の声を遮った。

 「身元が不確かな者の二国を割く甘言を信じていらっしゃいますの?」
 「そ、そうです……他国の間者かもしれない!我々は確固とした結びつきの元、揺るぎない友好を築き二国間の不和を解消すべく参ったのです!」
 「複製のできない位階章だそうだが?」
 「はい。ですが精巧なレプリカを作成することはできましょう。例えばリーベンのような技術に長けた国ならば……」
 「ほう?」

 目を細めたカーティスに、ヘレナは微笑みを浮かべたまま視線を合わせた。

 「友好……ね。」
 「はい。我が国は医術と薬学に精通しております。より強い結びつきを持って、ダンフィル王国を覆った悲劇に完全な終止符を打つことができるはず。」
 「それはつまり《ナイトメア》と、《コラプション》をなんとか出来ると言いたいのか?」

 ピクリと口元を僅かに震わせ、ヘレナは頷いた。

 「私なら大公家の娘として、公主の姪として、カーティス陛下とダンフィル王国のお力になれます。
 強固な同盟関係の礎となり、その上に両国の流通正常化を築くことができれば、二国を引き裂く不穏な誤解も雪解けを迎えられます。私はそれを切に願ってやみません。」
 「ハッ!つまり何もかも誤解だから、流通制限を解除しろと言うことか。
 挙げ句にナイトメアとコラプションの解毒薬を餌にして、浅知恵ばかり回る猿を押し付けようとは。傑作だな。」
 
 カーティスの侮蔑のこもった声に、ヘレナが顔色を険しくした。ゲダートが旗色を伺うように口をはくはくさせている。
 カーティスはくつくつと笑いを堪えながら手を上げた。キリアンがすっと捧げ持った盆から、薬瓶を机に並べる。

 「解毒薬ならどちらも完成している。知らないらしいキロレス最高位の医術薬師の手によってな。」
 「………っ!?」

 ヘレナとゲダートだけでなく、メナードとセレイアまで息を飲んで押し黙った。きつくヘレナがセレイアを睨みつける。解毒薬ができるほどばらまく浅はかさに、怒りが堪えられないようだった。

 「ネロ・テンペスのログナークは身柄とともに確保している。数々のキロレス医術の記録と共に。」

 土気色に顔色を変えたベルタング家の二人と、震えながら顔色を変え黙り込んだヘレナとゲダートを睨めつける。

 「さて、お前達は敵国となっている我が国に、なんの切り札も持たずにのこのこと来た訳だが?
 輸出制限の引き金を作った主犯として責任追及でもされたのか?
 安心するといい。すぐに引き渡しはしない。お前たちが流通させた物をゆっくり確認し、解毒剤の効果も視察していくといい。本国で報告できるように、な。……連れていけ。」
 「陛下!!カーティス陛下!!」
 「どうか……!!お話を!!陛下!!」
 
 近衛騎士団にヘレナとゲダートが引きずられて部屋を出る。後には顔色を失くしたベルタングが残された。

 「さて、会談は終了だ。ご苦労。」
 「カーティス!待って!話を聞いて!!」
 「陛下……これには……」
 「何を慌てる。ネロ・テンペスも知らず、キロレス大公家とは関わりがないのだろう?なにせ証拠がない。」
 「それは……!」
 「私はこれから取り調べがある。二人は戻って休めばいい。」
 「あ……」

 カーティスは昂然と顎をそらして、ベルタングを睥睨した。踵を返して部屋を出る直前に、思いついたように振り返った。

 「……婚姻誓約が守られている限り、お前たちが望んだようにセレイア・ベルタングは王妃だ。」

 ニイッと吊り上がった口角に、愕然としてメナードは座り込んだ。

 「嘘よ……嘘……そんなわけない……」

 セレイアは呆然と扇を握りしめて、ぶつぶつと呟きを繰り返している。

 ゆっくりと崩れ落ちていく足元。その下に広がるのは底の見えない奈落。メナードとセレイアが落ちるのを待っている。
 
 (いつから……!!)

 まるで最高の娯楽を見物するように嘲笑うカーティスの幻影に、メナードが拳を握りしめた。
 
 
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