壊れた王のアンビバレント

宵の月

文字の大きさ
上 下
28 / 66

刻印

しおりを挟む



 ズキリと痛んだ頭に、アルヴィナはゆっくりと目を開けた。ぼんやりと霞んだ視界が収束し、アルヴィナの髪を弄ぶカーティスのアイスブルーと視線が絡んだ。
 ズキリと再び脳を揺らされるような痛みが走る。

 「………触らないで!」

 アルヴィナはカーティスの手を払いのけた。痛むこめかみを抑えながらカーティスをきつく睨みつける。

 「出ていって!嫌い!嫌い!大っ嫌い!」

 痛みが増す毎に、鮮明に蘇る忌まわしい記憶。
 激しくセレイアと愛し合っていたカーティス。優しい声で何度も愛を囁き、二人の姿に絶望しながらも欲情し、這いつくばって自らの手で絶頂した浅ましい自分。

 「アヴィー。」

 長い腕がアルヴィナを絡め取り、カーティスは愉快そうに口角を上げた。そのまま引き寄せられ、カーティスを罵る唇が塞がれる。ねろりと熱い舌が口内を弄った。

 「ん!ふぅっ!!」

 ぞくりと肌が粟立ち、熱を帯び始める。アルヴィナが、カーティスの胸板を強く拳で叩いた。

 「離して!触らないで!……いや!……いや!」
 「暴れるな、アヴィー。」

 暴れるアルヴィナを抱きすくめて、カーティスは何度も何度も口づけを繰り返した。

 「いや!いや!酷い!離して!」

 とうとう泣き出したアルヴィナに、カーティスはくすりと笑みをこぼした。

 「まだ抜けきらないか……。子供のようだなアヴィー。」

 アルヴィナはぼろぼろと、涙をこぼしながらカーティスを睨みつけた。
 目の前でセレイアと愛し合った。触れる唇が回される手が憎くてたまらない。

 「離して!……嫌い!嫌い!許さない!!」
 「アヴィー。」

 混乱したままのアルヴィナを、カーティスは強く抱きしめた。あやすように背をさすり、乱れた髪を梳き撫でる。

 「ふっ……ううっ……嫌い……兄様なんて嫌い……大っ嫌い……」

 流れ落ちる涙を舌ですくい取りながら、カーティスは何度も口づけを繰り返す。

 「アヴィー、何を見た?」

 優しく甘やかすような声音に、ゆっくりとアルヴィナは顔を上げた。

 「アヴィー?」
 「兄様が……兄様が……」
 「私が?」
 「ふっ……ううっ……セレイア妃と……」
 「……そうか。ふふっ……。上書きの手間が省けた。」
 「兄様……?」

 笑い出したカーティスに、戸惑うアルヴィナは眉を下げた。ひとしきり笑ったカーティスは、アルヴィナの両頬を挟み込み、その瞳を覗き込んだ。

 「アヴィー、お前が手を離したからそうなった。婚約で誓っただろう?命ある限りと。お前は逃げ出した。」

 優しく微笑みカーティスは、言い聞かせるように柔らかな声音で囁いた。

 「手を離したから奪われた。そうだろう?アヴィー?」
 「ふっ……ううっ……」

 カーティスの言葉がゆっくりと染み込んで、アルヴィナはくしゃりと顔を歪ませて泣き出した。細く声を上げて、美しい顔を歪ませて泣くアルヴィナを、カーティスは満足げに見つめ優しく撫でた。

 「奪われたくないのなら、手を離すべきではなかった。そうだな?アヴィー?」

 コラプションでさらけ出された本能に、消えきらない強迫観念に、刻み込むように言い聞かせる。打ちのめされ弱った心の奥の奥まで染み込むように。
 ナイトメアの洗脳の手順を、カーティスは優しく辿った。

 「幻覚を現実にしたくないのなら、もう二度と離れることを考えるな。いいな?アヴィー?」
 
 剥き出しにされた心に穿つように吹きこむ。子供のように泣くアルヴィナを抱きしめ、カーティスはうっそりと笑みを浮かべた。穿たれた楔は容易には抜けない。
 依存が抜けきる前の頭痛が、何度も刻みつけられた幻覚を蘇らせる。
 泣き疲れて再びアルヴィナが眠りに落ちるまで、カーティスは優しく抱きしめ続けた。

 「刻みつけろ、アルヴィナ。手を離せば何が起きうるか、二度と忘れないように……」

 寝台に横たえて、美しい寝顔にひっそりと囁く。そっと寝台を抜け出して身支度を済ませる。
 上着から取り出した、解毒薬をしばらく見つめ、カーティスは笑みを浮かべて小瓶を再び上着に戻した。どうせ刻み込むならできるだけ深く長く。
 そのままカーティスは部屋を出る。扉の前に張り付いていた、ノーラとマルクスの非難の視線に笑みを閃かせ、カーティスは白亜宮を後にした。


※※※※※


 「お嬢様……申し訳ありません……」

 再び目を覚ましたとき、外は日が落ちていた。
 アルヴィナの枕元に縋るようにしてノーラは泣き伏し、マルクスは自己嫌悪に顔を歪ませて俯いている。

 「……頭が、痛い……」

 ズキッと走った鈍痛に、アルヴィナは顔を歪ませた。

 「あぁ……いや……やめて……見せないで!」
 「お嬢様!」

 閃くように蘇る幻覚に、アルヴィナは悲鳴を上げた。
 逃げるように蹲るアルヴィナに、ノーラが必死に呼びかける。

 「お嬢様、こちらをお飲みください!」
 「いや!いや!やめて!」
 「お嬢様!」

 マルクスが蹲るアルヴィナを仰向かせ、ノーラが暴れる口に薬剤を流し込む。咳き込みながら半分ほどを飲み下し、アルヴィナはへたりこんだ。飲み込んだ途端、頭痛は収まり始める。

 「鎮静剤です。コラプションの依存性が頭痛を引き起こします。」

 アルヴィナは呆然と涙を流しながら、へたりこんだ。

 「……お嬢様……」
 「私は……コラプションを……」
 「はい……。」
 「申し訳ありません。私が……王妃の陽動に気づけていれば……」

 アルヴィナは緩慢に首を振った。ノーラが焦燥を抑えながら、ぼんやりとするアルヴィナにそっと声をかけた。

 「……お嬢様、陛下は幻覚前に対処されたのでしょう?」
 「……幻覚……?……見たわ……」
 「………っ!?」

 ギリッとノーラが歯を食いしばった。

 「……お嬢様、大丈夫です。解毒によって依存性を抑えられます。」
 「幻覚は……消える……?」
 「………記憶がなくなるわけではありません。ですが、依存性の頭痛が収まれば蘇ることもなくなります。」
 「……そう……」
 「コラプションはむりやり本能を剥き出しにします。痛覚を麻痺させ快楽中枢を刺激します。思い入れが深いものほど、幻覚が現れる傾向にあります。そのような薬なのです。
 ………感情の制御が効かなくなるのも、幻覚も全て薬効が無理やり引きずり出したものです。どうかあまり気に病まれませんよう……。」
 「思い入れが、深い……?」

 ぽとりと涙が落ちた。ノーラとマルクスが痛ましげに黙り込む。

 「……カーティス兄様は……」
 「………陛下は、今夜は……」

 俯いて嗚咽を堪えるアルヴィナに、ノーラがそっと抱き込んだ。

 《手を離したから奪われた。そうだろう、アヴィー?》

 静かに涙を流しながら、アルヴィナの鼓膜に幾度もカーティスの声がこだました。



 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄目当てで行きずりの人と一晩過ごしたら、何故か隣で婚約者が眠ってた……

木野ダック
恋愛
メティシアは婚約者ーー第二王子・ユリウスの女たらし振りに頭を悩ませていた。舞踏会では自分を差し置いて他の令嬢とばかり踊っているし、彼の隣に女性がいなかったことがない。メティシアが話し掛けようとしたって、ユリウスは平等にとメティシアを後回しにするのである。メティシアは暫くの間、耐えていた。例え、他の男と関わるなと理不尽な言い付けをされたとしても我慢をしていた。けれど、ユリウスが楽しそうに踊り狂う中飛ばしてきたウインクにより、メティシアの堪忍袋の緒が切れた。もう無理!そうだ、婚約破棄しよう!とはいえ相手は王族だ。そう簡単には婚約破棄できまい。ならばーー貞操を捨ててやろう!そんなわけで、メティシアはユリウスとの婚約破棄目当てに仮面舞踏会へ、行きずりの相手と一晩を共にするのであった。けど、あれ?なんで貴方が隣にいるの⁉︎

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜

k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」 そう婚約者のグレイに言われたエミリア。 はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。 「恋より友情よね!」 そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。 本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。

【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。 伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。 しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。 当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。 ……本当に好きな人を、諦めてまで。 幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。 そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。 このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。 夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。 愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。

処理中です...