壊れた王のアンビバレント

宵の月

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空白の五年

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 送書箱に届いた文書に、アルヴィナの手が震えた。
 淡々と事実だけを記録した文書。通し番号は騎士団の報告書と、国璽の押印された予算編成書と連動している。

 「……嘘でしょう……?そんな……」

 衝撃に呼吸が浅くなり、アルヴィナは震える手で口元を押さえた。それでも文字を追う手は止められなかった。

ーーーーー

 王歴253年、水の月、25
 《所轄対応》
 ナルアー港完全封鎖。強制検問・検品開始。同日同時、港湾管理責任者ロベリオ・ネルマイリー侯爵家への家宅捜索開始。小規模反乱あり。即時鎮圧。
 《民間対応》
 港湾利用業者への許可証の提示・確認開始。輸出入品の帳簿開示請求。原材料指定の物品押収。
 《被害状況》
 近衛騎士団、損害軽微。
 《検挙内容》
 民間人6名負傷。キロレス商人4名死亡。7名検挙。ナイトメア6名検挙。3名死亡。所領騎士団24名死亡。
 ナイトメア現品50押収。原材料指定品3種、2箱押収。指定品(ベラン・水仙・ラグアム)


 王歴253年、水の月、27
 《所轄対応》
 王都南地区完全封鎖。ナイトメア中毒者の捜索、検挙開始。賭博場、完全封鎖後家宅捜査開始。小規模反乱あり。即時鎮圧。
 同日同時、賭博場土地家屋所有者テヘル・サンローズ伯爵家門、全域家宅捜査開始。
 《民間対応》
 近隣住民への聴き取り開始。別途4-12に記載。脅迫を受け、ナイトメアを匿っていた家屋が炎上。全焼。延焼軽微。
 《被害状況》
 近衛騎士団2名負傷。
 《検挙内容》
 民間人25名負傷。12名死亡。賭博場土地家屋所有者テヘル・サンローズ死亡。嫡子ネクサス・エビテル検挙。妻ケイネ逃亡。16時間後、サンローズタンゼル街道にて捕縛後、自死。家門領地、テーネ領より、ナイトメア現品15押収。ナイトメア5名死亡。2名確保。

ーーーーー


 思い出と結びつかない、カーティスの身体に残るいくつもの傷跡。剣を振るうことがあったことは予想していた。
 ナイトメア中毒者の犯行はどれも残忍だった。でもこれは……。

 「マルクス!ノーラ!」

 頭を巡る恐怖と予感にせきたてられ、アルヴィナは泣きながら二人を呼んだ。

 「お嬢様っ!?」

 尋常ではないアルヴィナの呼び声に、マルクスが飛び込んできた。その腕に縋るようにアルヴィナはせきたてた。

 「エクルド卿を呼んで!今すぐ!早く!ここに連れてきて!」
 「お嬢様、落ち着いて下さい!」
 「お嬢様!!」
 「お願い!今すぐ呼んできて!」
 「ノーラ!お嬢様を頼む!」

 ノーラにアルヴィナを預け、マルクスが駆け出した。慰めるように抱きしめるノーラに身を寄せ、アルヴィナは繕うこともできなかった。
 リーベンからダンフィル王宮までの道のりで、見かけた街道の敷設工事が思い出される。通し番号の予算編成書の、特別拠出金は……。

 (違う……違う……)

 カーティスの執務室へ向かう回廊で囁かれる貴族達の囀り。

 (違う……間に合う……まだ間に合う……)

 あの悪夢を振り払うための、カーティスが払った代償。から回る思考と押しつぶされそうな不安に、涙はとめどなく溢れて止まらない。

 「お嬢様!!」

 飛び込むように入ってきたマルクス。その後ろで静かに立つエクルドに、アルヴィナは救いを求めるように手を伸ばした。

 「エクルド卿……エクルドおじ様……まだ間に合いますよね……?カーティス兄様は、大丈夫ですよね?」
 
 何も答えずにエクルドは、ゆっくりとアルヴィナの前に膝をついた。

 「……アルヴィナ様、確認されたのですね?」

 伸ばされた手を励ますように握りしめ、エクルドは覗き込むようにアルヴィナを見つめた。


※※※※※


 カーティスが払った代償は大きかった。貴族院の議会を通さずに、強権を発動した。
 告知も予告もなく、武力による鎮圧に乗り出した。証拠も証人もなく、ある日突然完全武装の騎士団と共に踏み込んだ。それは街だけでなく貴族邸宅にも及んだ。
 疑わしきを疑うのではなく、疑わしいものを全て粛清する強攻策。

 (暴君……狂王……)

 それは囀る貴族達の言葉そのものの姿だったのだろう。月日を重ねるごとに、被害規模は大きくなり、民間人の死傷者も増えていた。
 もう駆け寄る子供もいない、王宮の馬車。遠巻きに見つめる国民の視線を思い出す。それを見つめるカーティスの眼差し。
 誰よりも国を民を愛し、愛されていた陽だまりのような春の王は、全てを凍てつかせた冬の王となった。
 被害者も加害者もまとめて切り捨てる、大規模粛清という名の虐殺。返り血がカーティスを赤く染めあげ、その苛烈な怒りは、復讐を求めた。
 いつかナイトメアになるかもしれない。時には潜在犯として今、潔白な者を手をかける事すらあったと記録されている。

 「だからこれほど早く情勢が安定したのですね……」
 「ええ。当然反発は強く、武力対抗する貴族もおりました。ですが陛下は一切耳を貸さず、手を緩めることもしませんでした。
 ナイトメアは薬効の性質上、根拠ある証拠の提示が困難です。証拠がなければ動けないと高を括っていた者達は、顔色を失くした。」

 僅かでも疑わしいとなると、カーティスは武力をもって立ちはだかった。後ろ暗い者も、そうでない者も、誰もが恐れて口をつぐんだ。

 「……それなのに証拠は出てこなかったのですか……?」
 「……中毒者から信憑性のある証言は望めません。ナイトメアを流していたと思われる貴族は、獄中で暗殺されました。」

 食事や水に毒を仕込まれ、自白が取れても調書や証拠品は、何者かに持ち去られている。時には牢番だったナイトメアが止めを刺していた。

 「そもそも陛下は明白な証拠は望んでいませんでした。」
 「……え?」

 顔を上げたアルヴィナに、エクルドは首を振った。

 「牢番を入れ替えても、入れ替えた者がナイトメアになる。貴重な人材を浪費するより、そうなる可能性がある者も含めて粛清することを選ばれました。」
 「それは……」

 瞳を揺らし唇を震わせたアルヴィナに、エクルドは淡々と頷いた。

 「ですが、その強硬な姿勢がナイトメアの終息を早めたのは確かです。根拠がないといくら叫んでも、捜査を拒むには王国最精鋭の近衛騎士団を退けるだけの、武力で対抗するしかありませんでしたから。」

 拒めば拒むほどカーティスは、苛烈に踏み込んで行った。振りかざして、一切手を降ろさない武力によって治安は回復し、急速に安定していった。
 力も権力もない平民ほどカーティスを讃え、財ある貴族達はカーティスを怖れた。
 ナイトメアに関わっていなくても、強制捜査で不正が明るみに出た者もいたようだ。

 「陛下は証拠より、ナイトメアを捕らえることに注力されました。」
 「ですが、捕らえても……」
 「ナイトメアを解毒するために。」
 「まさか……」
 
 振り返った先でノーラが頷いた。

 「捕えた中毒者からサンプルを取り、ログナークに複数のサンプルを記録しました。治験を繰り返し、強烈な依存性を抑圧し鎮静する薬剤の精製法が確立されています。」
 「これは、ゲイルの……父君の功績です。」

 目を見開いたアルヴィナに、エクルドは目を細めた。ハッと立ち上がり、キリアンからの資料を漁る。フォーテルの紋章が型押しされた革張りの文書を手に取り、震える手でゆっくりと開いた。


 
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