壊れた王のアンビバレント

宵の月

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違和感

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 鏡に写る自分の姿を、アルヴィナはじっと見詰める。薄いベール越しにも分かるほど、用意されていたドレスに戸惑っていた。

 (シーフシルク……こんな形で着ることになるなんて……)

 極細の絹糸で織られた、風に軽やかに靡く極上のシルク。花弁のように折り重なって、純白から裾に向けてアイスブルーへと色を変えいく、美しいドレス。

 《……お母様……すごく綺麗……》
 《ありがと。シーフシルクっていうのよ。お父様と結婚披露式で着たの》
 《本当にとっても綺麗……。私もいつか着てみたい……》
 《僕が贈るよ。僕との結婚披露式で、僕の色のシーフシルクのドレスを着て。アヴィーの銀の髪と合って、きっと夢みたいに綺麗だよ》
 《………兄様…》
 《ふふっ。よかったわね、アヴィー。殿下が贈ってくださるって。私の娘は同じシーフシルクを着て嫁ぐのね》
 《はい!メリベル夫人、お約束します。僕が必ずアルヴィナにシーフシルクを贈ります》
 《ふふっ。カーティス殿下、その日を楽しみにしていますね》

 そっと鏡に写る自分の姿に近づいて手を伸ばす。シーフシルクのドレスは、光に反射して淡く青味を帯びるアルヴィナの銀の髪に、軽やかに映えて柔らかく風をはらんでいる。

 (お母様……シーフシルクです……)

 ただの偶然だと分かっていても、アルヴィナは静かにこみ上げる嬉しさに、小さく笑みを浮かべた。
 用意していたのはリーベン王室で、きっと王女のためのものだった。シーフシルクは、簡単に用意できるものではない。
 それでもあの日の約束が果たされたような気がして、少しだけ嬉しかった。
 母が楽しみにしていた、アルヴィナがシーフシルクを着る日。もう愛されての婚姻ではなくなってしまった。
 それでも今この時だけは、このドレスを着る日を楽しみにしていた自分に、少しだけ浸りたかった。

 「アルヴィナ妃、なんてお綺麗なんでしょう……」
 「ジェリン。」

 うっとりと頬を染めたジェリンの、ため息混じりの賞賛に、アルヴィナは思わず笑ってしまった。

 「ふふっ。ありがとう。ジェリンは大げさね。」
 「そんなっ!!大げさなんかじゃありません!これほど美しい方にはお会いしたことがありません!」

 アルヴィナは苦笑を浮かべて賛辞を受け取ると、そっとジェリンの手をとった。

 「本当にありがとう。貴女がいてくれて本当に良かった。」
 「……アルヴィナ妃……どうか、お元気で……」
 「ありがとう。ジェリンも元気でいてね。貴女からの恩義は決して忘れないわ。」
 「アルヴィナ妃……」

 ジェリンの潤む瞳に、アルヴィナはそっと笑いかけ、迎えに来た侍女について歩き出した。


※※※※※


 アルヴィナの姿にカーティスは、僅かに目を細め、無言のまま手を差し出した。アルヴィナも何も言わずに手を差し出す。
 屋根が取り払われた馬車に乗り込み、王宮を出発した。7両の馬車は均等に間隔を空けて、すでに鈴なりに人の集まった王宮通りをゆっくりと進んでいく。
 アルヴィナが王宮入りした直後から、大々的に婚姻の告知がなされ、事前に予定されていたかのように滞りなく進んでいく。

 (いつから……?)

 花弁が降り注ぎ、沸き上がる歓声に小さく応えながら、ふと落ちてきた違和感にそっとカーティスを盗み見た。
 ほんの少しだけ口角を上げて、時折手を上げるだけのカーティス。幸せそうには見えないが、嫣然と整った美貌に集まった人々は熱狂している。

 (滞在は5日……)

 予めの予定はあったはずだ。それでもあまりにも円滑に進みすぎている気がした。王宮を長く空けられない状況で。じわりと染みのように違和感が広がる。

 「どうした?」

 振り返ったアルヴィナは、ぞくりと背筋を震わせた。まるでアルヴィナの心を、見透かしているかのようなアイスブルーの瞳。
 アルヴィナを見据えたまま、カーティスが愉快そうに笑み刻んだ。満足げで皮肉に満ちた笑み。
 射竦められたように、アルヴィナは動けなくなった。ゆっくりと上がる口角に、魅入られたように息が詰まる。歓声が遠ざかったように感じた。

 (もしかしたら……)

 ぼんやりとあり得ない答えが形を成そうとした時、

 「………ヴィナ!アルヴィナ!!」

 知った声にアルヴィナが、ハッとして振り返った。カーティスから逃れるように視線を外し、見回した群衆から声を張り上げるウォロックを捉えた。
 人混みをかき分けるようにして、ウォロックはアルヴィナに手を伸ばして叫んでいる。

 「ウォロック……」
 「アルヴィナ!アルヴィナ!!」
 「ウォ…………」

 思わず上げかけた声を、必死に飲み込む。この場でカーティス以外の名を、叫ぶことはあり得ない。
 何も伝えられないまま王宮へ連れて行かれ、連絡することもできずにいた。父の友人として長く交流し、亡命を助けリーベンでの生活にも力を貸してくれた恩人。

 「アルヴィナ!」
 (ウォロック、ごめんなさい……)

 カーティスもキリアンも、亡命の手助けをしたシルヴォロム家と、今会うことは許さないだろう。
 お礼も別れも言えないまま、アルヴィナはこのままダンフィルに向かうことになる。

 (ごめんなさい。おじ様、ウォロック……必ず連絡をするわ……)

 ウォロックをもう一度振り返り、アルヴィナは振り切るように前を向いた。じっと痛みを堪えるように俯くアルヴィナを、カーティスが冷えた満足げな眼差しで見詰めた。

 歓声が遠ざかり、馬車が国境の迎賓館へ到着しても、重く沈んだ沈黙は二人の間に漂ったまま振り払われることはなかった。
 
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