秘密の切り札

宵の月

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後編 2

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 ようやく手に入れた婚約者を盗み見ながら、フェリオルは満足げに笑みをこぼした。
 美しく素直で気高い。ただちょっと素直すぎる気もするが。
 辿り着いたフェリオルの私室に躊躇いもなく入るアデーレに、こっそりとため息をつく。チョロい。あのデリオスの娘とは思えないほどチョロい。私室に入る意味を分かっているのだろうか?未だに軟禁されていた事実には気づいてもいない。

 「まあ、気付いて抵抗したとしても結局私室に軟禁予定だったんだがな。」

 フェリオルの私室以外だとデリオスが突撃して来かねない。

 「………?何か?」
 「いや。あぁ、アデーレは母君に似たのか?」
 「そうですね、そう言われる事が多いです。」

 唐突な質問に不思議そうなアデーレは純真そのもので、確実に母親似だなと確信した。デリオスにこんなかわいげは存在しない。
 フェリオルは王太子にする。でもかわいいアデーレは嫁にやらない。フェリオルに知らせずにいたのは、面倒な王位だけを教え子に押し付けるためだ。フェリオルを王位に就けるための切り札アデーレを切らずにいるつもりだっただろうが、そうは問屋が卸さない。そう教育したのは他ならぬデリオスだ。
 目の前でかっさらってやり、長年の溜飲がようやく下がった。できればもう少しのらりくらりと引き伸ばして、別宅で楽しんでいたかったが、本気で間諜になろうとするアデーレの行動力に早々に切り上げた。他の男を誘惑し籠絡などとんでもない話だ。

 「アデーレ。」
 「はい。」

 素直に歩み寄りフェリオルを見上げるアデーレに頬が緩む。やっと手にした婚約者は随分と愛らしい。苦労したかいがあった。引き寄せて抱きしめる。すっぽりと覆い隠せる華奢な身体に愛おしさが募った。

 「お前は俺の妃だ。」
 「……はい。」

 腕の中で夢見心地にアデーレが小さく頷いた。抱きしめる腕に力が籠もる。離し難いぬくもりに、そっとつむじに口づけを落として自嘲した。

 (お前は確かに切り札だな)

 自他とも認める気難しいフェリオル。面倒なだけの王位もアデーレを娶るためなら就いてもいい。フェリオルを振り回せる唯一の弱点。それは間違いなくアデーレだ。
 腕の中でもぞもぞと動き、アデーレが顔を覗かせる。照れたような笑みに、ぎゅっと胸が詰まり奥歯を噛み締めため息を吐き出す。

 「アデーレ、この部屋から出るなよ?」
 「………?わかりました。」

 美しすぎるのも考えものだ。アデーレにはその辺の自覚がイマイチ足りない。この美貌は自分だけが知っていればいい。

 「お前は秘密の切り札だからな。」

 なんせ切り札だ。大切に仕舞い込んで、誰にも見せないように。悟らせないように。得てして切り札とはそう扱うべきものだ。
 切る気がない切り札ジョーカー。そのカードを切らずに終えるのが最善手。

 きょとんとフェリオルを見つめるアデーレに深く口付ける。その唇の甘さにフェリオルはひどく満ち足りていく。
 ずっと欲しかった女。これほど美しく愛らしくなっていたのは嬉しい誤算だ。一目で誘惑され簡単に自分を籠絡したアデーレ。
 その甘い舌を絡めとりながら、真綿で包んで大事に隠したデリオスの心情をちょっとだけ理解した。
 フェルーディオ家が12年も秘匿してきた秘密の切り札は、やたらと美しくひどく甘い。切り札とするのにふさわしい女だった。
 
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