ようこそ! アレイスター魔術学園へ〜脳筋令嬢の学園再建奮闘記〜

宵の月

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トマトの完熟を見分ける魔術

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 急にアクティブに動き出したレオンに、その場の全員が呆気に取られる中、レオンはもってきた紙に魔術式を描き始めた。

「……魔力にまず地属性を付与。その魔力を地面に滑らせる……」

 手帳に書かれているトマトの完熟を見分ける魔術式を、レオンは基本通り中心から描き始める。

「滑らせた魔術が作物に衝突したら、魔力の分散を発生させる。障害物に衝突した魔力は衝突物に沿って上昇。衝突しなかった魔力はそのまま地面の進行を続ける……」

 中心から螺旋状に発動手順の順に描かれ、少しずつ手帳に書かれた魔術式に近づいていく。

「トマトの茎を這い上がった魔術は、既定魔力を検知したら発光を設定。規定魔力に達していない場合は、そのまますり抜けて空気中に発散される」
「……あ、なるほど、トマトに含まれる魔力の量を完熟判定の基準にしてるんだね」

 感心したように呟くヒースの言うように、完成間近のトマトの完熟を見分ける魔術は、解説を聞きながら描かれると詳細がよくわかった。

「ええ……この完熟判定の魔力の設定をいじると、完熟ではなく逆に未熟なトマトの判定をすることもできたりするんです」
「へー、面白い! ……けど、トマトの完熟を見分ける魔術、よね?」

 一体何がそんなに気になるのか、食い入るように魔術式を見つめるレオンに、フィオナは眉を顰めて首を傾げた。

「……わかんないのか!?」

 驚いたように顔を上げたレオンに、フィオナだけでなくヒースとローランも首を傾げた。思わずレオンが扉前に控えるエディにも振り返るも、エディも申し訳なさそうに首を傾げる。レオンは衝撃を受けたように目を見開くと、ため息をついて新しい紙を引き寄せ、再び魔術式を描き始めた。

「……まず魔力は無属性。発動魔術は大気中に円状で分散。進路上に生物反応を検知したら、形状を把握し検知しない魔術はそのまま進行……」
「あ……!」
「まさか、これ……」
 
 書き上げられていく魔術式に、ヒースとローランは思い至ったのか小さく声を上げた。まだピンとこないフィオナは、レオンを振り返り続きを促す。呆れたようにため息をついたレオンが、スラスラと続きの魔術式を描き始める。

「一定魔力を検知したら上昇して破裂。進行範囲はまあ、本人の魔力次第で設定、だな」
「これ……探知魔術……?」

 完成魔術式を見てようやくわかったフィオナに、レオンはちょっと呆れたように頷いた。

「まあ、すぐわからなくても仕方ないけどな。超メジャー魔術でも、ほとんど刻印されない魔術だし」
「そうね……」

 ちょっと信じられない思いでフィオナは探知魔術と、トマトの完熟を見分ける魔術を見比べる。ほとんど同じ手順を踏む魔術式は、片や超メジャー戦闘魔術で、もう一つはトマト農家の間では大活躍しそうな汎用魔術として存在している。

「探知魔術は有用性も高く超メジャー魔術だ。でも魔力の消費量が大きすぎて刻印じゃなくて、魔石かスクロールで代用されているよな?」
「そうだね……一番魔力効率のいい刻印でも、消費魔力が大きすぎて実用圏外。それなら探知魔術発動要員を一人用意しての、魔石かスクロールでの運用をするしかなくて……」
「このトマト様式の魔力効率を見ろ。魔力効率は四分の一に抑えられてる」
「そんなに!?」

 魔力効率にレオンの言葉にフィオナは思わず声を上げたが、ヒースは無言のままレオンを見つめた。その表情からはいつもの笑みが消え、瞳の色が濃くなっている。

「……そうか。無属性に地属性にしてるから……大気中に分散させずに同じ地属性の大地に魔力を滑らせる分、魔力効率が格段に上がるのか……」

 レオンの書き起こした魔術式を見比べながら、呟いたローランにレオンが驚いたように頷いた。
 
「あ、はい。それと検知する魔力を設定しているから……」
「ああ、そうだね。じゃあ……検知条件を変えて……完熟規定は下位魔獣の平均魔力……んー、判定の発光を検知魔力によって変更するようにすれば……」

 ぶつぶつと呟きながら魔術式をスラスラと書き換えていたローランが、できたと嬉しそうに顔を上げた。

「これでどうかな? 少し魔力効率は下がるけど、検知条件を動作するものに衝突に変更して、反応条件を下位魔獣の平均魔力と設定。判定の発光を魔力量で大きさで色分けするようにしてみたよ」
「え? 今!? そんなにすぐできるわけ……」

 身を乗り出してきたフィオナに、ローランが照れたように頭を掻いた。

「あー、僕も一応、魔術理論の教授だからね」
「いや……それにしたって早すぎるでしょ……?」

 同意を求めるように、同期の理論首席を振り返る。レオンも困惑したように頷いた。

「……魔術式に手を加えるには、元の魔術式を知ってるだけだじゃだめだ。現状の魔術式を完璧に把握した上で、加えたり変更する魔術まで、熟知してないと……」
「ローラン様の学生時代のあだ名は「術式オタク」だったそうです」

 スッと紅茶を差し出しながら、エディがにこりと笑みを浮かべた。

「術式オタク……」
「あ……エディ……そのあだ名は恥ずかしいから……」

 赤くなったのを誤魔化すように、ローランが恥ずかしそうにカップに手を伸ばす。

「いえいえ。エレイン様は学園を三部門首席で卒業なさいましたが、常々本当は二部門首席だったとおっしゃっていました」
「エディ! その話は……!」

 しみじみと語るエディに慌てるローランを無視して、フィオナは身を乗り出した。
 
「え? どういうこと?」

 エディがにこりとフィオナに笑みを浮かべて頷く。

「ローラン様は卒業試験で緊張しすぎたせいで、お腹を壊され当日試験を受けられなかったんです。そのため後日試験を受けて卒業されたのですが、本来であれば満点だったローラン様が首席だっただろうと……」
「え……もしかしてお父様ってすごい人……?」
「登録魔術の数なんか、関係なかったな」
「うっ……」

 さりげなくレオンに皮肉られて、フィオナは顔を顰める。
 
「そんな……! 僕は魔術式を眺めるのが好きなだけで、実技はからっきしだし……!」
「いや、すごいことなのに……」

 恥ずかしそうに俯くローランを、フィオナは唖然として見つめた。ローランは実は非常に優秀で、その上頭脳に全振りらしい。そして何よりもとてつもなく繊細なようだ。緊張しすぎてお腹を壊して試験を受けられなかったとか。一刻も早く試験を受けたくて、前倒ししろと大騒ぎするアレイスターでは考えられない。繊細すぎてヤギどころか、マンボウばりの繊細さだ。

(だからわかってあげて、だったのかな……)

 よく知っているアレイスターの面々とは、異人種かというほど違いすぎる。別の人種として接さなければ、お腹を壊してしまうかもしれない。何せ頭脳に全振りなのだ。

「……ローラン教授。今すぐこの探知魔術を魔術登録してもらえますか?」

 ローランが改良を加えた魔術式を見ていたヒースが、真剣な面持ちで顔を上げた。

「これだけ魔力効率の上がった探知魔術を使えるなら、現在の騎士団編成を一から見直せるほど、結界外の魔獣掃討は格段に効率が上がります」
「え、あ……そうなのかい? じゃあ、別にそのまま……」
「いえ、魔術登録してください。これほど革命的な魔術を開発したのが、アレイスター学園の教授であることを知らしめるためにも。瀕死の学園を救う魔術の第一弾として、絶対に魔術登録をしてください」
「あ……え、学園をこの魔術が救えるのかい……?」

 キッパリと頷いたレオンに、ローランが驚いたように瞳を揺らした。

「この魔術だけではないと思います。多分教授がこれまで集めてきた魔術の中に、探知魔術のように革命的な変化をもたらす魔術があるかもしれません。今の学園を建て直すのには、そういう魔術が必要だったんです」
「あ……」

 レオンの言葉にローランがフィオナを振り返る。フィオナはローランをまっすぐに見つめて頷いた。

「お父様、今求められていて、目指すべきは魔術は低コスト低容量。それでいて高性能な魔術なの! 魔獣討伐に必須なのに魔力効率が悪すぎた探索魔術が生まれ変わったみたいに、汎用魔術の工夫を組み合わせた新しい魔術で学園をきっと建て直せる」
「本当に……? 本当に僕の魔術がエレインの愛した、フィオナが引き継いだ学園を守れるの……?」

 瞳を潤ませたローランに、フィオナも鼻の奥が痛くなるのを感じながら頷いた。

「うん! きっと……!」
「ああ……エレイン……僕はやっと……」

 顔を両手で覆ったローランに、エディが慰めるような笑みを向ける。フィオナは積み上がったボロボロの手帳に口元を緩めた。エレインとフィオナのために、ローランが集め続けた魔術達。ずっと見せてもらう機会がなかった魔術が、切実なフィオナの願いを叶えてくれるかも知れないことに胸が熱くなる。フィオナは大きく息を吸い込んで立ち上がった。

「お父様! 感動に浸っている暇はありませんよ! どんな魔術があるかすぐにでも確認しなくちゃ! あ、先に魔術登録ね! やることはいっぱいです。今までずっと講義してこなかった分、ビシバシ働いてもらいます!」
「うん……うん! 頑張るよ、フィオナ。学園を建て直せるならいくらでも……!」

 フィオナはにっこりと笑みを浮かべると腕捲りをした。それを合図にヒースが立ち上がり、ローランに振り返った。

「じゃあ、教授。今すぐ、魔術登録に行きましょう」
「あ、うん」
「フィオナ、魔術の確認をするぞ。属性と用途、特徴別で一度整理しよう」
「わかった。じゃあ、場所を移して取り掛かりましょう!」
「お手伝いします」
「ありがとう、エディ」

 バタバタと各自仕事に取り掛か始め、やる気に満ちたフィオナはもうローランへのぎこちなさは薄れ始めていた。
 
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