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連行

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「……どうしよう……」

 ヒースとレオンの予想は外れることなく、フィオナは朝目覚めた瞬間青ざめた。勢いに任せてローランの部屋に乗り込み、ヒースに悪手だと言われていた責めの姿勢で積もり積もった不満をぶちまけてしまった。

「…………っ!!」

 ぼんやりと蘇るローランの傷ついた表情に、傷つけたのはフィオナなのに胸が痛む。それを振り払うように頭を振って、フィオナは唇を噛み締めた。

「でも……本当のことだし……!」

 自分は悪くない。話し合う予定が一方的に責め立てるようにはなってしまっても、伝えた言葉は嘘偽りのない自分の本心だ。だから自分は悪くない。
 心の隅から湧き上がってこようとする感情を無視するように、フィオナは勢いよくベッドから抜け出した。

「そうよ……私は悪くない! 堂々としてればいいの……!」

 誰ともなく宣言したフィオナだが、実際にはその宣言とは正反対の行動をくり広げることになった。

「……フィオナ様? おはようございます。お早いのですね。体調は問題ありませんか?」

 いつもより随分早い時間にコソコソと食堂に顔を出したフィオナに、メイが驚いて目を丸くした。

「う、うん……もう大丈夫……あの、もう朝食って食べたりできる? お腹すいちゃって……」
「はい、すぐにご用意できますよ。もう食事になさないますか?」
「じゃあ、お願いできる? できれば大急ぎで……」
「はい」

 メイが早速準備に食堂を出ていくと、フィオナは深く息を吐き出した。

「うちの使用人って本当にすごい優秀……」

 些細なことでしょっちゅう決闘騒ぎを起こるため、魔力切れに備えいつでも食事の準備は万端に整えてくれている。優秀な使用人たちはいつだって邸を居心地よく整えてくれているのだ。

「それなのにどうして、お父様は……みんな頑張ってくれてるのに……」

 自然と結びついた思考に、フィオナが唇を噛み締める。

「お待たせしました、フィオナ様」
「あ、ありがと!」

 食事を持って戻ってきたメイに、フィオナはハッとして顔を上げて笑顔を取り繕った。胸に蟠るモヤモヤを打ち消すように、フィオナは早速朝には重すぎるがっつりメニューに早速かぶりつき始めた。

「フィオナ様、デザートをお持ちしますか?」
「あ、お願い……」
 
 貴族してギリギリ許される速度でもりもりと食事を終えたフィオナが、ニコニコと見守っていたメイに頷きかけると、食堂のドアが小さく音を立てた。反射的に顔を上げると遠慮がちに、こちらの様子を伺っているローランと視線が合った。
 
「あ、あの……フィオナ……」

 ローランがオズオズと声をかけてきた瞬間、フィオナは勢いよく席から立ち上がり脱兎の如く逃げ出した。なんで逃げ出したのかは、自分でもわからなかった。とにかく反射的に身体が動き出した。

「え? あ、フィオナ様!? デザートは……!」
「フィ、フィオナ……!」

 戸惑うメイと縋るようなローランの声に、振り向くことなくフィオナは廊下を駆けていく。

「フィオナ、待って……」
「え……?」

 いつもは追ってくることなどないローランの声に、フィオナは焦りながら一層本気で走り始めた。その後をなぜかローランは必死に追いかけてくる。咄嗟に物陰に隠れて様子を伺っていると、息を切らして追いついてきたローランが辺りを探し始める。

「フィ、フィオナ……どこにいるんだ? ゲホっ……少し話を……」
(なんで……?)

 いつもとは違うローランの行動に、半ばパニックを起こしたフィオナは見つからない逃げ場所を探し始める。邸中を逃げまわりとうとう追い詰められたフィオナは、玄関を飛び出し生垣に逃げ込む。息を潜めながら呼吸を整えながら、ローランの行動に思考を巡らせた。

(な、なんで……なんであんな必死に……いつもは避けるくせに、なんで今回に限って……)

 面と向かって何を言おうとしているのか。それがわからなくて、一人パニックを起こしていたフィオナの頭上に影が差した。

「……フィオナ、何してる?」
「わ! え、あ……」

 急に声をかけられてビクッと顔を上げたフィオナは、出勤してきたレオンとヒースが長身を屈めて覗き込んでいる。

「なんでそんなところにいるの?」
 
 不思議そうにヒースに首を傾げられて、咄嗟に言葉が出ずにいると遠くからローランの叫び声が響いた。

「フィオナ……少し話を……」

 必死に探し回っているらしいローランの声に、レオンとヒースは全てを察したように呆れ顔になった。

「……今度はフィオナが逃げ回ってるんだね。話し合うんじゃなかったの?」
「昨日は威勢よく突撃してったのにな……隠れてないで話し合えよ……」

 見下ろしてくる二人の表情に、フィオナはムッとして生垣から立ち上がった。

「ちょっと、二人ともいいから早くあっちに行って! 見つかるでしょ!」
「別に見つかっていいでしょ?」
「おおかた頭が冷えて気まずくなったんだろ。でも教授も探してくれてる。いい機会だから今度こそ一方的に責め立てるんじゃなく、話し合えよ」
「ちょ……そんな、心の準備が……!」
「先にフィオナが心の準備ができてない人のところに、襲撃をかましただろうが。今度はフィオナが聞く番だ」
「それはそうだね」

 二人の制止を振り切ったことを根に持っているのか、レオンとヒースは味方をする気は全くないようだ。だんだん近づいてくるローランの声に焦って、フィオナは長身を生かしてさりげなく囲い込んでくる二人に、いっそ強行突破しようとグッと足先に力を込める。

「……フィオナ……!」

 魔術を繰り出そうとしたその時、息を切らしたローランに発見され、フィオナは観念して魔術を繰り出そうとしていた動作を止めた。ヨレヨレと走り寄ってくるローランにヒースが駆け寄り、レオンは呆れたように腕を組んでフィオナを見下ろした。

「フィオナ、お前今魔術を発動しようとしただろう?」
「う……」

 レオンに冷たく睨まれ、フィオナはしょぼんと肩を落とした。

「全く……!」

 レオンに襟首を掴まれ、フィオナは捕獲された。ヒースに支えられたヘロヘロのローランが、野良猫のように捕獲されているフィオナをオロオロと見つめる。

「教授の部屋でいいですか?」
「え、あ、うん……」

 ヒースににっこりと微笑まれ、ローランが反射的に頷く。世話の焼ける親子はさりげなくレオンとヒースに包囲され、そのままローランの私室へと連行されていくのだった。

※※※※※

 ニッコニコのメイがお茶を出して下がっていく。メイが出ていったドアの付近に、エディがさりげなく移動して塞いだ。まったりとお茶に手を伸ばすヒースは、不安そうに眉尻を下げたローランの隣に陣取っている。
 なんとか逃げ道を探していたフィオナだったが、横はレオンにガッチリ固められてしまっている。もう逃げ出すのは無理そうな最強の布陣が作られたことを悟って、フィオナは馴染みのないローランの部屋のソファーで俯いた。空間にシンと沈黙が落ちる。フィオナを必死に追いかけ回していたローランも、この空気に気力が萎んだのか黙ったまま俯いていた。

「ローラン教授、フィオナに何かお話があるんですよね?」

 にこやかに問いかけたヒースに、ローランがノロノロと顔を上げて小さく頷いた。

(ヒースが苦手なのね……)

 因縁のある王家の人間だからなのか、無意識に危険をかぎ取っているからなのか、ローランは非常にヒースが隣なのは居心地が悪そうに見えた。
 そっと視線を向けてきたローランと、フィオナは目が合ってしまい思わず顔を逸らす。ローランは悲しそうにため息をついたのが聞こえ、胸が痛んだが朝から唱えている「私は悪くない」が邪魔をして、視線は戻せなかった。ローランが助けを求めるようにエディを振りかると、小さく頷かれ励まされたようにソファーから立ち上がる。そのまま小走りでぐっちゃぐちゃな机に駆け寄ると、数冊の手帳を持って戻ってきた。

「フィオナ……今までごめんね……怒っているよね……僕はちゃんとわかってもらえるように努力すべきだった。今更遅いかもしれないけど……」
「…………」

 声は震えていてもローランは覚悟を決めたようだ。まだ逃げ出したい気持ちが消えないフィオナは、意地になったように俯いたままだった。

 
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