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選ぶ側、選ばれる側

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「……ヒースはフィオナだけの味方なんだな」

 フィオナの私室に向かう廊下で、不意に呟いたレオンにヒースがぴたりと足を止めて振り返る。

「……そうだけど、レオンは違うの?」
「いや、俺だってフィオナの味方だ。ただ……教授の気持ちもわかるな、と……」

 ヒースはムッとしたようににっこりと笑みを作ると、レオンを置き去りにするかのように止めていた足を勧め出した。数歩の小走りで追いついたレオンに、ヒースがチラリと視線を向けてくる。

「……草原でまったり草を食んでるヤギ、だっけ?」
「ヤギ?」
「ローラン教授」
「ああ、似ていないか?」
「ううん、ピッタリだと思うよ。草食の代表みたいな方だよね。それに比べてアレイスターは、脳みそを通過させないで思ったことを口に出す肉食の代表だ。ちょっとしたことでブースト決闘始める魔獣みたいなもん。例外なく脳筋の集団だ。だから僕だって教授には居心地悪いだろうと言うのはわかってる」
「居心地、ね……」

 ヒースとの認識の違いを、レオンは小さく呟いた。
 アレイスター家は確かに国内外に轟く王国一の名門家門で、野生に目覚めている代償かのように皆が魔術師として優秀だ。歴史に名を残す魔術師をいく人も輩出している。平凡な魔術師には確かに居場所は見つけられそうにない。でもそうではない。

「でもあの一族は笑っちゃうくらいお人よしだ。誰一人として教授を見下したり、疎外したりなんかしていない。エレイン様が選んだ人だから」
「ああ、そうだな……」

 一族総出のお祭り騒ぎでそれは理解している。でも。レオンは改めて当たり前のように抱き抱えたフィオナを、優しい眼差しで見つめるヒースを見つめた。
 
「……ヒースにはきっとわからない」

 そしてはっきりと言葉にした。ヒースだけではない。きっとフィオナも理解できないだろう。二人が推測するローランの抱える思いへの推測は、合っているようで間違っている。
 さも当然のように幼い頃からそばにいて、躊躇なく抱き上げることができるヒースにはわからない。全てを薙ぎ倒して爆走できる脳みその構造のフィオナにもきっとわからない。ヒースやフィオナにとっての当たり前は、レオンやローランにとっての当たり前ではないのだから。
 相手が受け入れてくれた瞬間、一族になれるのではない。受け入れられ自分も認めたと時、初めて居場所を認識できるのだ。それまではずっと蚊帳の外のまま。たくさんの物を当たり前に持っている人間に、何も持っていない者への理解は難しいんだろう。だからこんなにも微妙に噛み合わない。

「僕が何をわかってないって……!」
「今現実に厳然と身分差は存在する。ヒース自身が行ったことだろ?」
「……それは」
「それはアレイスターじゃあるまいし、簡単に飛び越えられるものじゃない。常に選ぶ側の人間に、の気持ちは理解できない」
「…………」
 
 キッパリと言い切ったレオンに、ヒースは押し黙った。でもその表情が不満そうで、レオンは思わず吹き出した。
 
「そんな顔するなよ。別に責めてるわけじゃない」
「……わかってるよ。僕だって責められる言われはない」
「ああ、そうだ。でも俺の立場からでもヒースの立場でもわかることはある。ローラン教授はエレイン様を愛していた。同じくらいフィオナのことも」
「それを否定をするつもりはないよ。だからこそ思うのはおかしくないでしょ? ローラン教授にはもっとやりようがあったって」
「そう、だな……」

 レオンはヒースの言葉を否定せずに受け入れた。確かにやりようはあったのだろう。でも多くはなかったはずだ。ローランが自分も王国一の名門・アレイスター一族だと、自分を認められるだけの選択肢は。

「でも俺がローラン教授だったとしても、きっと同じように魔術収集の旅に出ただろうな」
「……なんで?」
「だってエレイン様とローラン教授が恋に落ちたきっかけって、東方の魔術がきっかけだったんだろ?」

 持ち物の少ないローランにとって、エレインと結びつけてくれた魔術収集は、唯一誇れることだったはずだ。すでに行き詰まっていた学園経営に苦労するエレインを助け、立て直しに役立つことがローランにとって自分を認める最低条件だった。だからこそ大切な人のそばを離れてまで旅を続けた。

「ヒースもフィオナも、こんなに旅する必要はないと思ってるんだろ? エレイン様が亡くなった今は、もう必要ないとも思ってるかもな」
「それは、まあ、そうだね……」
「そこが俺たちとヒース達の違いだよ」
 
 きっと第二王子という最上だろう相手を捨ててまで、エレインがローランを選んだ時どんな気持ちになったのか。きっと幸福だけではなかったはずだ。それをきっとヒースもフィオナもわかることはない。自分を認められない限り、すっと付きまとう罪悪感を理解できない。

「でもな、必要なことなんだよ」

 やりすぎだと思われても。ローランにとって、必要なことだった。たとえエレインが亡くなったとしても。黙って聞いていたヒースがため息を小さく吐き出した。

「……そう。まあ、違いがあって理解できないことがあるとしても、僕だってローラン教授は気弱だけど誠実で謙虚な方なのはわかっているよ。天然だけどね。棚ぼたに自惚れるような方ではない」
「ああ」
「でもね、エレイン様が選んだのは第二王子ではなく、子爵家の三男だ。無理矢理にではなく、エレイン様の意思で。必要なのはその事実だけだよね?」
「そうだな」
「フィオナがこんな思いをする必要はない。そうだろ?」
「ああ……そうだな……」

 悲しそうに眠るフィオナに、視線を落としたヒースにレオンも頷いた。レオンには痛いほどわかるローランの葛藤。でもそれはヒースの言うように、フィオナを悲しませていい理由にはならない。

「……教授にさ、少しだけアレイスターがうつればよかったよな。そしたらここまではこじれなかった気がするな」

 ローランがもう少しだけ開き直れる人だったなら。思わず顔を顰めたレオンが、たどり着いたフィオナの私室の扉を開けた。フィオナの部屋に入りながら、ヒースも思わずおかしそうに小さく笑った。

「ふふっ……それは言えるね。そう考えると教授はすごいよね。無駄に前向きすぎる集団に囲まれて、ずっと後ろ向きでいられるんだから。フィオナになら、話せばわかる。そんなふうに開きなってくれたらよかったんだけどね……」

 そっと大事そうにベッドに寝かせたフィオナの頬を、ヒースが優しく撫でる。

「だよな」

 布団をかけてやり、薔薇色の髪をのけたレオンが頷いた。悲しそうなフィオナの寝顔を見つめながら、レオンは刻むように小さく呟いた。
 
(俺も間違えないようにしないとな……)

 ローランの気持ちが痛いほどわかるからこそ、気をつけなければいけない。選ばれる側の気持ちが理解されないように、選ぶ側の気持ちをレオンもきっと正確には理解できないのだから。自分の気持ちばかりを見つめていたら、取り返しがつかなくなる。
 身分も何も魔術師には関係ない。何度もそう言い切ったフィオナの気持ちに応えられるように。こんなに悲しそうな顔を、レオンがフィオナにさせることはしたくない。
 少しだけフィオナの寝顔を見守ってから、ヒースとレオンは静かにフィオナの部屋を後にする。

「フィオナが目が覚めたら、やっちゃったって大騒ぎするだろうね」
「自業自得だろ? 俺たちはちゃんと止めた」
「まあ、そうだね。でもやり方はどうあれ、やっと言いたいことは言えたみたいだし。あとは教授がどう出るか……」
「だな……」

 決して互いに嫌い合っているわけではない。むしろ思い合っているからすれ違っている。フィオナが本音をローランはどう受け止めるのか。
 脳筋すぎる娘と臆病すぎる父親。正反対するぎてそれぞれ全く予想がつかない言動をする親子に、振り回される二人はなんとか丸く治ってくれと祈ることしかできなかった。

※※※※※

中途半端過ぎたので、ここまで公開しまた書き溜めして更新いたします。今年中に完結までは書き上げたい……もうちょっとお待ちください。
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