ようこそ! アレイスター魔術学園へ〜脳筋令嬢の学園再建奮闘記〜

宵の月

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魔術核強化訓練見学会

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「はぁ~~~……」

 学園に向かう馬車内に落ちた盛大なため息に、ヒースとレオンが顔を見合わせ眉尻を下げた。

「……フィオナ、気持ちはわかるけどそんな顔してていいの?」
「エディさんも引きこもりをやめるよう説得してくれるって言ってたし、悪いが学園に着いたら見学会に集中してくれよ」
「うん、わかってる。でも……」

 ローランの引きこもりは二日目に突入し、未だ対面は果たせていない。それほど傷つけたのかもしれないと思うと、日に日に突撃をかます足も重くなっていく。今は突撃するのにものすごく勇気がいるようになってしまった。

「まあ、ため息をつきたくなる気持ちはわかるよ。成功確実って思い込んでいた魔術核強化訓練の失敗に、ローラン教授の引きこもり。ふふっ……なかなかうまくいかないね?」
「なんで嬉しそうなのよ……」
「あ、ごめんね。顔に出ちゃってた?」
「思いっきりな。ヒース、人の不幸を眺める時に最高に輝くのマジやめろ」
「ごめんね。騎士団が宣伝を頑張ったみたいだけど、何人来てるか見ものだなって」

 悪びれる様子もなくにっこり笑ったヒースに、レオンとフィオナは顔を引き攣らせた。
 成功間違いなしと思っていた魔術核強化訓練には、完全に見逃していた欠陥があった。あまりにも脳筋すぎる訓練内容が、ものすごい不評だったのだ。
 かと言って訓練内容を緩和することもできない。脳筋訓練でしか、魔術核強化という成果は得られないから。とは言え大人気になると思い込んでいたので、あの内容でもやりたいという人がどれだけいるか把握しなくてはならない。黒字化計画の要として期待していたのだから。

(うまくいかないな……)

 黒字化計画もローランとの和解も。多少の失敗程度では全くへこたれないフィオナでも、父親との確執には流石に楽観的にはなれない。まるで死刑宣告を受けに行く囚人のような気分で、フィオナは窓の外を眺めた。

「……う、そ……でしょ!?」

 トボトボと向かった学園の訓練場に詰めかけている群衆に、フィオナは目を見開いた。

「え? え? なんでこんなに人がいるの?」
「騎士団、よっぽど頑張ってくれたんだね。あとで特別ボーナス支給しないと、かな……」

 驚くフィオナ応えるヒースも、ちょっと圧倒されたように呟いた。

「いや、落ち着けフィオナ。肝心なのは訓練を見たあとだから……」
「そ、そうよね……わかってる」

 レオンの冷静な声に、必死で頷きながらフィオナは深呼吸する。てっきり誰も来ないと思っていたからうっかり喜びかけたが、確かに見学したあとの反応こそが大切だ。ぬか喜びしないようにと、フィオナは気持ちを落ち着かせる。

「……おかしいな、なんか女の子が多い気がするんだけど……」

 ヒースが不思議そうに辺りを見回し、フィオナも周囲を確かめてみる。言われてみると確かに同い年に見える女性の姿が多く、フィオナは首を傾げた。

「ヒースと……レオン効果……? でもそれなら……」

 フィオナも最初は二人の美貌を余すところなく利用するがために、宣伝活動に大いに活用させてもらった。思った通り二人の美貌は素晴らしい成果を上げてくれたが、でも二人が目当てに来たのなら訓練内容を見れば、あっという間にいなくなってしまうだろう。いつものように前向きになれる気分ではないフィオナが、しょんぼりと肩を落とす。その隣でレオンが考え込むように顔を顰めた。

「多分……違う気がする……」
「だよねぇ……見てみなよ」

 興味深そうに見学者たちを観察するヒースとレオンに促され、フィオナは顔を上げて辺りを見回した。

「……どうみてもヒースとレオン目当てじゃない……」

 こちらにチラチラと投げかけられる女性たちの視線に結論を下した。今日も無駄にキラキラ輝くヒース。鋭利な刃物のようにシャープなレオン。見学にきた女の子たちは、二人をみると顔を赤くし嬉しそうに目を伏せながら、何やらコソコソと言葉を交わしている。見慣れた光景だ。

「ふふっ、確かに僕とレオン目当てでもあるだろうね。持って生まれた美貌は隠しようもないからね。どうしても人目を惹きつけてしまうんだ。だけど、よく見て。フィオナの方が注目されてない?」
「私?」
「それと騎士団のリリアーナ嬢とかな。確か宣伝に協力してくれたんだよな?」
「うん。宣伝には女性団員が一番多い、第二騎士団に協力してもらったんだ。すごく評判が良かったって聞いてるよ。やっぱり女性がいると親しみやすかったのかな?」
「……親しみやすいか?」
「筋肉マッチョよりは、ね?」
「……まあな」

 短く認めたレオンに、ヒースが笑みを浮かべる。フィオナは自分と同じように注目されていると言うリリアーナを見つめた。
 キリッと結い上げた長い茶色のポニーテールが、鍛え上げられた体躯のまっすぐ伸びる背筋を際立たせている。レオンの言うように親しみやすさより、スラリとしたカッコいい立ち姿は見学にきている女性たちの視線を集めている気がした。その視線は熱烈で、憧憬すら感じるほどだ。

(なんだろ……? リリアーナさんって有名な騎士、とか?)

 だがリリアーナの徽章を確かめても、特段の特徴は見当たらない。入団三年目の団員を示す一般的なものだった。フィオナは首を傾げつつ顔を上げる。

「……キャッ!」

 目が合った女の子が小さな声を上げた。びっくりして固まったフィオナの目の前で、女の子は周囲の友達に何事かをコソコソと耳打ちし、フィオナを挟むヒースとレオンを見て顔を赤くした。そして最後にフィオナに視線を戻すと、気合いの入った表情で頷き合うと何故だか拳を握っている。

「え、何……?」

 その反応の意味がわからずフィオナが戸惑っていると、訓練場をつんざく笛の音が鳴り響いた。ざわざわと騒がしかった会場が、静まり返り一斉に訓練場に注目が集まる。

「はじまるな……」

 レオンが緊張に固くなったつぶやきをこぼすと、訓練場の入り口が開け放たれた。すぐに高齢とは思えないリブリー教授が、注目を楽しむようにドヤ顔で入場してくる。その後ろを絶望感を漂わせた在校生たちがゾロゾロと入ってきた。

「ダニー!?」
「え? ダニーさん?」

 在校生の後に入場してきた人物に、レオンが驚いたように身を乗り出す。声が届いたのかダニーと仲間が顔を上げ、驚愕しているレオンを見上げる。緊張し切った顔色はよくないのに、強がるように口元を緩めて親指を立ててみせた。

「ダニー! へばんなよー!」
「エンツォー、なんだその面は! ビビってんのかー!」
「うるせー! お前らこそ訓練を見学した後で逃げんなよ!」

 見学席から揶揄うような声に、ダニーと同じく訓練プログラムに協力してくれたエンツォが怒鳴り返す。

「ダニーさんたち、来てくれたんだ……」
「バカにしてた貴族に負けるのが嫌だったのかな? それとも周りに煽られたのか……ふふ、どっちにしろ根性あるね」
「……あいつら……負けず嫌いだから」

 俯いて落ちた黒髪に表情を隠しながら、絞り出すレオンの声には感謝と誇らしさが滲んでいる。グッと熱い気持ちに満たされたフィオナは、無言でレオンの背中をバシバシと叩きヒースが肩に手を乗せた。
 ダニーたちへの感謝の気持ちを噛み締めていたフィオナが、訓練場に駆け寄りビシッと整列した騎士団に表情を変えた。

「え? 待って。なんで騎士団が……」

 フィオナの呟きにレオンが顔を上げた。訓練場ではリリアーナ嬢も含めた騎士団が、リブリーに敬礼しリブリーも重々しく頷いてみせる。どう言うことかと振り返ると、ヒースは悪びれた様子もなくにっこりと笑みを浮かべてみせた。

「あ、宣伝活動がすごく評判良かったみたいなんだ。だからこのまま騎士団のイメージアップもしようかなって、見学会の訓練に参加させることにしたんだよね」
「は? なんで勝手に決めてるのよ!」
「騎士団も加えたら、訓練が過酷になるだろ!」
「でもやることはどうせ変わらないんだし、宣伝活動を頑張ってくれた騎士団の優秀さを知ってもらういい機会だろ?」
「やるなら王宮が主催して別でやりなさいよ! なんのために強化の幅を調整して見学会を開いたと思ってるのよ!」
「あー、次からそうするね」

 利益となるや否やちゃっかり便乗してきたヒースの腹黒さに、レオンと二人がかりで詰め寄ったが全く反省のそぶりもない。天使の微笑みを向けながら、にっこりと笑顔を輝かせた。

「ああ、ほら、はじまるよ」

 今更宣伝に協力してくれた騎士団を追い出すこともできず、思った以上出足上々の魔術核強化訓練見学会が始まった。


 
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